第37話 まいて、まいて

 クリスマスのイベントに莉帆は加奈子を誘ったけれど、加奈子は同期にセッティングしてもらった合コンがあるようで残念ながら断られてしまった。合コン相手は警察という職業を理解していて顔面偏差値も高いと同期から聞いていて、加奈子はかなり期待しているらしい。

『まぁ──今のとこ私の中で一番のイケメンは高梨君やと思ってるけど』

「え……また……」

『大丈夫、取れへんから。同じ仕事は嫌やし』

「はい……。加奈子さん、良い人つかまえてきてくださいね」

『もちろん!』

 準備時間には間に合わないけれどイベントが始まるまでには到着する、と勝平に伝えていた。そして予定どおりの時間に到着し、一番前ではないけれど、ステージに立つ人の姿が一番見やすい場所をとれた。

 気温は少しだけ高く風もそれほど強くはなく、過ごしやすい天気だった。温かい飲み物も買ってきて、準備は万端だ。

 出演している人は去年とだいたい同じだったけれど、今年は座れているのもあってゆっくりと楽しめた。クリスマスにちなんだ劇をしている子供たちがいて、思わず感動して泣いてしまった。もしもイベント自体をずっと前から知っていれば、佳織とも毎年来ていたかもしれない。夕方になり空気は冷たくなってきているけれど、心はとても温かかった。

 そして最後に出てきたのが、悠斗と勝平だ。莉帆は既に見慣れてしまったけれど、稀に見るイケメンが二人も並んで登場したので客席の一部から黄色い声がする。

 二人とも、特に勝平は出てきてすぐに莉帆を見つけたらしい。歌いながらもときどき莉帆のほうを見て、笑顔を向けてくれた。定番のクリスマスソングから最近のものまで、全世代が楽しめる選曲で会場は良い雰囲気だった。

 アカペラで数曲を歌ったあと、悠斗がマイクを持った。去年はなかったことだ。

「実は俺たちは、今年が最後の出演になります」

「えー……」

 イベントに毎年来ていた人たちから悲しむ声が聞こえたけれど、悠斗はそのまま続けた。

「これまでの感謝の気持ちと、誰もが持っている特別な日へのお祝いに──」

 悠斗は一旦ステージから下がり、ギターを持って再び現れた。最後の曲はアカペラではなくギターが入るらしい。

「人前で弾くの初めてなんで緊張してます……」

 優しいイントロから始まって、穏やかに流れるメロディを勝平が歌い始めた。


 出会ってくれて ありがとう

 生まれてきてくれて ありがとう

 僕は行かないといけないから

 直接言えるのは 今日が最後

 だけどいつまでも変わらない

 君のことは忘れないから

 遠くから幸せを祈っています

 Happy Happy Birthday to you……

 and a Merry Christmas to you……


 歌い終わると拍手が沸き起こった──もちろん莉帆もそうしていたけれど、涙で滲んで前が見えなかった。ハンカチで拭ってから顔を上げると、勝平と悠斗は何度も客席に向かって礼をしていた。莉帆は二人が見えなくなるまで拍手を続け、その後すぐに荷物を持ってステージ裏へ行った。

 控え室になっているテントから莉帆の姿が見えたようで、莉帆は中に呼んでもらえた。悠斗が外にいるスタッフにお願いしてくれたらしい。

「悠斗さんっ、ありがとうございます!」

「ううん。……勝平やろ? あっち」

 悠斗に言われたテントの隅で勝平は休憩していた。莉帆が客席にいるのは見たけれど、ここまで来ることは考えていなかったらしい。莉帆が声をかけると、勝平は盛大に驚いていた。

「うわっ、どうした?」

「さっきの、なに? 最後の……」

「ああ、あれな……そういえばタイトル言ってなかったな……」

「あれはオリジナル」

 後ろから悠斗の声がした。

「勝平が、莉帆ちゃんと誕生日一緒やった、しかも今日や、って喜んでて……作った。ははっ」

「やっぱり……。勝平、何回泣かしてくれるん?」

「いや、泣かすつもりはないけど……」

「泣くわぁ」

 莉帆は勝平をポコポコ叩くけれど、彼はびくともしない。むしろ莉帆を捕まえて抱きしめようとする。

「はいはい、お二人さん、続きは後にして」

 今年はまだイベントが続くようで、控え室も予定が入っているので三人は追い出されてしまった。いつも手伝っていた片付けも今年は不参加らしい。テントの近くにベンチを見つけ、そこに移動した。

「悠斗、今年はこれから──」

「今年も、帰るわ。新婚さんの邪魔できへん」

「いや、まだ籍入れてないから」

「どうせもうすぐやろ? 俺は良いから、二人でどうぞ」

 悠斗は去年と同じように笑いながら駐車場へ向かおうとするので、莉帆は呼び止めた。

「悠斗さん、これ。クリスマスプレゼントです」

「え──良いん? 勝平は? ……後ろで変な顔してるけど」

「……勝平にもあります」

「そう? 俺、何もないけど」

「いえ、良い歌を聴かせてもらったのと、今までのお礼です」

 それなら、ありがとう、と言って悠斗はプレゼントを受け取った。

「莉帆ちゃんと会うのは今日が最後かなぁ?」

「どうやろう……行く日、平日ですよね。仕事休めるか確認します」

「はは、ありがとう。それじゃ、まだ最後じゃないんやな」

 悠斗は少し安心してから、今度こそ駐車場に向かった。悠斗は歩きながらプレゼントを開けたようで、中身のマフラーを出して着けているのが遠くのほうに見えた。

「……で? 俺のは?」

 ほんの少し不服そうな声が後ろから聞こえた。

「悠斗さんのことまだライバルやと思ってんの?」

「いや──それはないけど……」

「欲しい? プレゼント」

 莉帆は〝用意していない〟という顔で聞いた。そのままじっと勝平を見つめていると、彼は悲しそうな顔になった。

「ないん? 俺にもあるって、さっき」

「そう言わな、受け取ってくれなさそうやったもん。勝平には──はい、これ」

「……なんや、あったんか」

 莉帆が鞄からプレゼントを出すと、勝平はやっと笑顔に戻った。莉帆は、ごめん、と謝りながら、包みを渡した。

 クリスマスプレゼントは勝平にしか考えていなかったけれど、悠斗のことをギリギリで思い出した。彼にもバレンタインに渡せていないし、送別会も手ぶらになってしまったし、お礼もできていなかった。何が良いかと悩んだ結果、日本より寒い国に行くことを考えてマフラーを選んだ。

「これは──悠斗と一緒?」

 勝平にも、同じくマフラーだ。

「一緒やけど、勝平のは……」

「ん? これ、もしかして──編んでくれた?」

「……うん」

 莉帆はあまり編み物は得意ではないので、時間があれば実家に帰って母親に教えてもらいながら編んだ。派手すぎず、ボリュームも控えめにして、勝平の服装に合いそうなデザインで、全体は濃紺にして両端に黒いボーダーを入れた。

 勝平はマフラーを持っていたけれど、莉帆が編んだものをさっそく着けた。照れ臭そうにしているけれど、それ以上に嬉しそうだ。

「手編みって、温かいな。あっ、莉帆──これ巻いとけ」

 勝平は持っていたマフラーを莉帆の首にかけた。莉帆はハイネックのセーターにフードのついたコートを着ていたので、マフラーは着けていなかった。莉帆の服装に男物のマフラーは合わないけれど──気にはならなかった。

 去年は帰り道で食事をしたけれど、今年はレストラン街に寄った。勝平がステージにいたときに黄色い声を出したと思われる女性たちが近くにいて声をかけようとしていたけれど、勝平が莉帆と一緒にいるのを見て諦めて離れていった。

「あっ、ごめん、俺、莉帆に何も用意してなかった……今から──」

「貰ったよ」

「え?」

「さっきの歌。歌ってるとき、こっち見てくれてたし。それに、いつも助けてくれてるし。勝平に会えたら、それでじゅうぶん」

「そうか……? でも、何か」

「ううん。指輪も貰ったし……良いの」

 それでも勝平は何か贈りたいと言うので、食事のあと車に乗る前にルームソックスを買ってもらった。値段が違いすぎる、と勝平は言うけれど、冷え性の莉帆には最高のプレゼントだ。

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