第38話 変わらない想い

 年が明けて少ししてから、悠斗が退職したと勝平から聞いた。大きな荷物は実家へ送り、マンションからは徐々に物がなくなっていっているらしい。ときどき片付けを手伝いに行っている勝平は、悠斗が使わなくなったものをもらったり、莉帆にどうかと聞いてくることもあった。

「私がもらっても、悠斗さんのやからだいたい男目線で選んだ物やん……それに、そのうち一緒に暮らすんやし、勝平が持ってて」

『ああ、そうか……。そうやな。……あっ、悠斗、これ』

 勝平が電話をかけてきているのは、莉帆が仕事で昼休憩の時間だ。先輩たちと昼食をとっていたときにかかってきたので席を外したけれど、興味津々な先輩たちはときどき莉帆のほうを見ている。

 勝平は悠斗の部屋で何かを見つけたらしい。

『これ……莉帆にもらったやつ?』

『ん? ああ、そう。向こう寒いし、助かるわ。勝平も何か貰ったんやろ?』

『ああ……同じや、マフラーやった』

 勝平は嬉しそうに話を続けているけれど、それが莉帆の手編みだったことは秘密にしているらしい。クリスマスイベントの夜、勝平は莉帆をマンションに送り届けるまで食事中以外はずっとマフラーを着けてくれていた。莉帆は勝平のものを使っていたので返そうとしたけれど、次に会えるまで代わりに持っていてくれ、と預けられてそれから会えていない。

『莉帆、悠斗の見送り来れそうか?』

「うん。もしかしたら連休取れるか、もっかい確認せなわからんけど」

『それ、できたら取って。飛行機、夜遅いらしくてな。帰ったら日付変わるかもしれん。連休無理やったら、仕事終わりでも見送り間に合うやろうから、休むなら次の日やな』

「え──わかった、聞いてみる」

 それからすぐ電話を切って、休憩に戻ってから先輩たちに話すと快く連休を取らせてもらえた。悠斗を見送ってから勝平がどんな予定にしているのかはわからないけれど、時間によっては莉帆がマンションまで電車で帰るのは無理だ。空港の近くに泊まるか、勝平が送ってくれるのか、あるいは──。

「赤坂さん、入籍日は決まったん?」

「三月末です」

「何か良い日あるん? どっちかの誕生日とか?」

「いえ……付き合いだした日です。誕生日は二人とも十二月やし、同じ日に何個も記念日作るのもどうかと思ったんで」

「祝える日数を増やしたんやな? 結婚式は?」

 まだ決まっていないけれど秋になりそうだと言うと、先輩たちは『が詰めかけるとうるさい』だとか『莉帆の上司を差し置いて行くのか』とか笑いながらも出席の方向で話を始めてしまった。

「行かな損やん、イケメン拝めんねんで」

「そこ? 確かに見たいけど」

「しかも警察やから絶対豪華な式場やで。あっ、赤坂さん、仕事は続けるん?」

「そのつもりやったんですけど、もしかしたら……辞めます」

 好きにして良い、と勝平は言っていたけれど本音はそうではないようで、仕事から帰ったときに莉帆が家にいてくれたほうがいろいろ安心だ、と聞いた。彼は三交代で働いているので、莉帆がフルタイムで働けるのは週に二日ほどしかない。絶対にいて欲しいとまでは言っていなかったけれど、激務から帰った彼にはできるだけ家では休んでもらいたい。

「あと、もしかしたら異動って言ってて」

 勝平は上司から呼び出された時にすぐ動けるように警察署の近くが良いと言っていた。他県に出ることはないので莉帆も通えないことはないけれど、場所によっては交通の便が悪いので通勤に時間がかかる。

「ふぅん。なんかさぁ、ときどきニュースで警察が悪いことしたとか聞くやん? でも赤坂さんの彼氏、ほんまに正義感強くて素敵やわぁ。そんな若者、おれへんで」

「ほんまやなぁ。もし仕事辞めても、結婚式呼んでな?」

 先輩たちは何がなんでも出席したいらしい。覚えているうちに、と全員から招待状の送り先を聞くことになった。


 悠斗がつ日、勝平は非番だったので、午後に彼のマンションの近くのカフェで待ち合わせた。二月中旬でちょうどバレンタインと重なったので、今年はちゃんと渡すものを用意してきた。

「やったぁ、サンキュー。……これ、酒入ってない?」

「ん? うん。普通の、何も入ってない甘いやつ。あ、ナッツとかやったら入ってるのもあるけど」

「それはいける。酒入ってたら運転できへんから」

 カフェで軽く食事を済ませたあと、店を出てから勝平は包みを開けてチョコを一つ食べた。本当に嬉しかったようで、彼につられて莉帆も笑顔になってしまった。

 とりあえず彼のマンションに入り、準備するのを待ってから悠斗を迎えにいった。彼は少し前に住んでいた部屋を解約して実家に戻り、昨夜からは近くのホテルに泊まっていた。

「ごめんな莉帆ちゃん、わざわざ休み取ってもらって」

「いえ、私も見送りたかったから……それより勝平のほうが疲れてると」

「大丈夫、勝平は体力オバケやし」

「はあ?」

「莉帆ちゃんのためなら何でもするやろ?」

「誰が体力オバケや?」

 運転しながら勝平は、後ろに座る悠斗をバックミラー越しに見た。助手席に座る莉帆は、二人を見て笑う。

「何でもするのは否定せーへんな? 良かったわ、二人が幸せそうで。莉帆ちゃんも、みたいやし。……勝平、いろいろ、ありがとうな」

「ああ……」

 やがて空港に到着し、三人でゆっくり夕食を取った。荷物になるけれど、と莉帆が渡したのは、勝平のとは違ってビターなチョコレートだ。

 食べ終わってから席を立ち、悠斗が最初に伝票を持ったけれど。

「先に荷物預けに行っとけ、俺が払う」

「いや、送ってもらったのに悪い」

「良いから。安いけど餞別と思え。また今度──」

 勝平が悠斗に何か言ったけれど、それは莉帆には聞き取れなかった。男同士の約束だと思い、聞かなかったことにした。

「勝平、莉帆ちゃん泣かすなよ」

「泣かすかっ」

 勝平の強気な言葉に莉帆は思わず笑ってしまった。ふと彼を見上げると、照れ臭そうに頬を膨らませてそっぽを向いていた。

「莉帆ちゃん、バーベキューのときも言ったけど、いつでも遊びに来て。英語はまぁ、ドイツ語も、わかる勝平が助けてくれるやろうから」

「うぅ……、ん?」

 その悠斗の言葉に莉帆は聞き覚えがあった。

「それ、どっかで……あっ──ああ! 思い出した! 最初に言ってた!」

 旅行から帰って最初に四人で会ったとき。

 莉帆は外国語が苦手だという話の中で、悠斗は『そんなに深く考えんでも良いんちゃう? わかる人に助けてもらったら』と言った。

「よく思い出したな」

 隣で勝平が笑っていた。

「ええっ、あの頃から、そういうつもりやったん?」

「そう」

 勝平と悠斗は笑い、莉帆は悔しくなった。また勝平をポコポコ叩くけれど、彼は楽しそうだ。

「それじゃ、行くわ」

「おう。元気でな」

「……また会えますよね」

 悠斗は手を振りながら保安検査を受け、出国ロビーへ入っていってしまった。

 莉帆は泣きそうになるのを堪えているけれど、どうしても顔は歪んできてしまう。またすぐに会えると信じているけれど、それでも寂しくて涙がこぼれてしまう。

 涙で視界が滲んでしまったので、勝平に引かれながら駐車場に戻った。何度か涙を拭ったけれど、なかなか止まらない。

「今日もう──うち来い」

 奈良まで帰れるか分からないと聞いていたので、念のため着替えとメイク道具は持ってきていた。時計を見ると二十四時前──帰るのは無理だ。というより、帰りたくなかった。泣きすぎて目は痛いし、眠気も襲ってくる。

 部屋に着いて動いているうちに少しだけ目が覚めた。先に入浴を済ませて布団に入っていると、勝平があとから潜り込んできた。

「莉帆には俺がいるからな」

「うん」

「他のやつのこと考えんな」

「はぁい。勝平、大好き……ん?」

 隣にいたはずの勝平が、いつの間にか布団を退けて馬乗りになって莉帆を見下ろしていた。彼の顔ははっきりとは見えないけれど、をしているのは声色で分かる。

「莉帆──今から抱いたらしんどいか?」

「ううん……良いよ」

 莉帆は拒否はしなかったけれど、勝平は莉帆を見つめて動かない。

「──眠いやろ?」

 莉帆が勝平への本音を漏らすのは、だいたい意識が飛んでいるときだ。

「眠いけど……勝平は?」

「俺だって眠いし。でも、もう──ははっ、俺オバケやからな──任せてくれるか? なるべく無理はさせへんから」

「うん……」

 そのあとのことはぼんやりとしか記憶にないけれど、胸元につけられた複数のキスマークと体の火照りが事のあらましを物語っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る