<28> 社交パーティー

「要は陰謀で潰されないよう、味方が必要なのでしょう?

 でしたらそれが公王国の、お偉い方でも構いませんわ。

 平和節のお祭りはあと二日ですけれど、その余熱の社交シーズンはまだまだ続きますわ。特に今年は50年ぶりに勇者選定の儀がありますので、それまで皆さん王都にいらっしゃるでしょう。

 そして、セラニアの王女と人脈を得たい方は、いくらでもおりますのよン」

「確かに……」


 地球に居た頃のヒミカはバリバリに庶民で、こちらに来てからも(身体だけは姫だが)上流階級のお付き合いなどろくに見る間も無く流浪の身となってしまった。

 だから社交界なんてものはよく分からないのだが、お偉いさん方は仲間内だけのムラを雲の上に作り、そこで甘い汁を回し飲みしているのだろうとは思っている。


 そして現代の地球ならともかく、この世界では、大勢の人が集まる機会はまあまあ貴重だ。お祭のために人が集まるこの季節を利用し、上流の皆さんはパーティー三昧で人脈を増やしたり、結婚相手を探したりするわけだ。


「ただし、あなたが勝手に公国へいらした以上、公的な身分保障はございませんわね」

「そうなのよねー。今のとこ私、自分をアンジェリカ姫だと思い込んでる一般美少女だわ」

「早い話、裸一貫で社交界に殴り込みを掛ける必要がありますわ。

 まずはこの街の一等地に家を借りて、そこでパーティーを開くことからですわね。

 そんな格の無い、金だけのパーティーに集まるのは、最初は成金や、成り上がりを目論む中流階級の方々だけでしょう。

 ですが、そんな皆様にも確実に人脈はございますのよ。噂を広めるため、まず『我はここに在り』と名乗りを上げるのですわン」


 人脈を広げるためのパーティー……

 話を聞けば納得はできるが、ヒミカにはまだ、何から何まで未知だ。


「フワレちゃん、それってどれくらい必要?」

「高い安いの前に、もう我々にお金はありませんよ。

 持っていた金貨は全部、ヤシガニ用デコイトラップに使って爆発四散しましたから」

「本当にどんな戦いだったんですの?」


 ヒミカとヤシガニたちは戦いの中で、やがてお互いを認め合ったものだ。

 かの英雄とは、どこか別の場所で出会っていれば友達になれたかも知れない。美味しかった。


 ともあれ、お金が無いのは動かせぬ事実だった。


「ワタクシ、お金でしたらありますけれど、投資をするには回収の見込みが必要ですの。

 何か、成功の見通しはあるのかしらン?」


 カノンはまたも、怜悧な面差しでこちらを見ていた。

 さあどうする? と問いかけていた。


 彼女の顧客は上流階級。金もたっぷり毟っていることだろう。

 だが、いくらフワレが友人とは言え、タダでは助けぬ。

 それは、なるほど、頼もしくしっかりした態度だとヒミカは思った。


 つまりヒミカは、企画プレゼンをする必要がある。

 幸いにも、その経験はあった。


「我に妙手あり、です。

 私にはちょっとした得意技があるんですよ。前世って言うか、前職って言うか、その経験がね」


 * * *


 かくしてカノンの手配によって、パーティーの招待状はばら撒かれた。


 幸いにも、公王国の王都ともなれば、大抵のものが金で買える。

 パーティーのための家も、パーティーの運営要員となる一夜限りの日雇い使用人も。

 会場の飾り付けも、料理も、衣装もだ。

 すべてカノンからの借りだ。ヒミカは金額を計算するのも恐ろしかった。だが、どんな大金を払おうと目的は達成しなければならぬ。


「内装も、パーティーのお誘いも。

 何から何までセラニア王国様式だと、教養ある人が見れば分かりますよ、これは」

「私自身がちんぷんかんぷんだわ」

「私もそこまで詳しくないですが……公王国ではパーティー会場の壁にタペストリーを飾ったりはしないそうですね」


 ヒミカが着ているのは、引きずるほどに長いスカートと、肩口の大きく開いたイブニングドレスだ。髪は短く切っていたのだが、正式な場では結った方が良いとのことで、今はウィッグを使っている。

 フワレは七五三の衣装みたいな黒服姿でヒミカに付き従った。


 壁の中は土地が限られるので、普通、庭は無く通りに面している。

 やがてパーティーの開始時間が近づくと、ある者は馬車で、ある者は使用人を従えて歩きで、紳士淑女の皆々様がやってくる。とは言えカノンが言ったとおり、客の格もそれなり止まりで、たとえば公爵夫人やそのご令嬢みたいな超級のVIPは居ない。

 平和節の最終日は特別な日だ。方々で気合いの入ったパーティーが開かれているだろうから、それでもヒミカの所へ来てくれる者は、あぶれ者が多いのだろう。

 ヒミカは客を一人一人、入口で挨拶して出迎えた。


「お、おお……?」

「なんだこれは……?」


 そうして招き入れられた先で、誰もが面食らって一瞬立ち止まるのだから、ヒミカは『してやったり』だ。


 社交パーティーというものは、参加者同士が挨拶を交わし、主催者に挨拶をして、軽食や酒を楽しみ、男女が相手をとっかえひっかえして上品なダンスを踊るものだ。

 そのため、まずダンスホールがあり、休憩室や軽食室が付随する形が多いらしい。


 その全てにヒミカは、ダイエットと健康の知識を詰め込んだ。


 最も力を入れたのは、料理を用意した軽食室だ。

 サンドイッチからアイスクリームまで、用意した食品の全てに、栄養素解説のパネルを添えた。

 この料理に含まれる主要な栄養素。その体内での役割。一日における必要な摂取量までグラフ化してある。

 この世界で栄養学の知識は未発達だ。ヒミカは小学生に説明するつもりで、簡にして要を得る初歩的な説明を心がけた。


 一方ダンスホールにも、博物館か郷土館の企画展の如く、展示物を用意した。

 画家を呼んで、ヒミカ自身をデッサンさせた絵が何枚も飾ってある。

 全て、筋トレをしている光景だ。

 スクワット、腕立て伏せ、各種ダンベル体操、バーピージャンプ、その他諸々。

 隣室の料理と同じように、解説も添えてある。トレーニングの種類、鍛えられる部位、そして、そのトレーニングを実行して鍛えることによる、日常生活へのメリットを。


 パーティーの飾り付けとしてはあまりにも常軌を逸しているものだ。

 ……他のパーティーをヒミカは知らないが、多分そうだろう。

 参加者たちは戸惑った様子だったが、しかしすぐに興味深げに、周囲と挨拶を交わすことすら忘れた様子で見入り始めた。


 だいたいこんなもんだろう、というくらいに人が集まったところで、ヒミカはダンスホール奥の壇上に立つ。

 部屋全体の照明の光量が抑えられ、スポットライトがヒミカを照らした。


『オホン。えー、皆さん……』


 ヒミカが話す声は魔法によって拡声され、ホール全体に響いている。

 これはフワレの魔法……ではなく、『拡声杖マイク』というマジックアイテムによるものだ。声を響かせるくらいなら、簡単な魔法で可能らしく、このマジックアイテムも買い求めることができた。


 ヒミカに視線が集まった。

 己を落ち着けるように、一呼吸。そして。


『健康になりたいかぁーっ!』


 雇われピアニストの情熱的なピアノ演奏が、ヒミカ自身で弾いて教えたラジオ体操第一の伴奏に変化した。

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