16 宰相殿は人が悪すぎるのではございませんか


「陛下の純情をもてあそぶとは、宰相殿は人が悪すぎるのではございませんか」


 ラグノール侯爵の『聖杯の儀』が成就した宴が終わってすぐ。


 エルメリスは退出したネベリスを廊下で捕まえ、思わず苦言を呈した。


 が、ネベリスは動じた様子もなく、いつもと同じ何を考えているのかわからぬ無表情で淡々と応じる。


「人が悪い? わたしにとっては誉め言葉以外の何ものでもありませんが。わたしの人が悪くなることでオルディアン王国がよくなるのでしたら、極悪人と呼ばれてもかまいません」


「なんともまあ、宰相殿らしいお言葉ですが……」


 一片の迷いなく答えたネベリスに、エルメリスは、はぁっと思わず吐息する。


「陛下を見出したわたくしには、責任があります。彼があなたの道具として使い潰されるのを黙って見ているわけにはいきません」


 エルメリスが若くして神官長の地位につけたのは、ネベリスの強い後押しがあったからだ。そのことには感謝している。


 だが、だからと言って、アレンディスが不幸になることを見逃すわけにはいかない。


「陛下を、潰す?」


 エルメリスの糾弾に、ネベリスが意外なことを言われたとばかりに湖水色の目をみはる。


「とんでもない。わたしは陛下の安寧を心から祈っておりますよ。陛下には、無事に『聖杯の御幸』を成就させていただかねばならぬのですから。そのためには、取れる手はどんな手段でも取りましょう」


 厳然とした覚悟をにじませ、ネベリスが宣言する。


「……では、『セス』のことも、陛下のためだと?」


 『聖杯の儀』でセレスティアが倒れた時のアレンディスの動揺は、そばで見ていて驚くほどだった。


 アレンディスが前王の隠し子だと見抜いた行きがかり上、二人の事情は多少は知っていたものの、まさかアレンディスがあれほどセレスティアに心を寄せていたとは。想像以上だ。


 低い声で問うたエルメリスに、ネベリスが「もちろんです」と即答する。


「わたしは『セス』こそが、陛下の今後の治世を握る鍵だと、確信していますよ」


 ネベリスがうっそりと笑う。


 細くなった湖水色の瞳の奥で、いったいネベリスが何を考えているのか……。


 エルメリスには、うかがい知れなかった。


    ◆   ◇   ◆


「セレスティア嬢が潜伏している場所はまだ掴めんのか!?」


 イルテンス公爵であるディグロスは苛立ちもあらわにテーブルに拳を振り下ろした。


 ばんっと激しい音が鳴り、テーブルの上に置かれたティーセットがかすかに揺れる。


 大きく身を震わせたのは、報告を上げた若い子爵だった。


 今年で三十歳になるディグロスより五歳ほど若いだけだが、仔鹿のように震える様は格の違いが明らかだ。


「も、申し訳ございません……っ! 屋敷にいないのは確実なのですが、どこに身を隠しているのやら、杳として行方が知れず……っ! マスティロス領に近い神殿から順に、人をやって調べさせているのですが……っ」


 汗を浮かべ、しどろもどろで告げる子爵に、心の中で「役立たずが」と吐き捨てる。


 セレスティアを何としても手に入れなければ、そもそも計画が成り立たぬというのに。


「マスティロス新公爵様に旗頭になっていただくわけにはいかぬのですか……? 彼ならば、警護が厳重であるものの、屋敷にいるようですが……」


 おずおずと問いを発した別の貴族をじろりと睨みつけると、彼もまた、恐縮したように口をつぐむ。


 ディグロスは大仰に吐息すると、仕方なく説明してやった。


「もちろん、ゆくゆくはマスティロス新公爵も手に入れる。だが、まずはセレスティア嬢が先だ。十歳の子どもでは『聖杯の儀』を行おうにも魔力がもたぬ。『聖杯の儀』を行えるセレスティア嬢を手に入れるのが重要なのだ」


 ディグロスは反故ほごとなった前マスティロス公爵との約束を思い出し、内心でほぞを嚙む。


 セレスティアが『聖杯の儀』を行えるということは、彼女の父である前公爵から聞いていた。それゆえ、内密に話を進め、セレスティアをイルテンス公爵領へ派遣させるはずだったのだが……。


 アレンディスが蜂起ほうきしたことにより、頓挫とんざしてしまった。

 まったくもって、腹立たしいことこの上ない。


 だが、ひとつだけディグロスがアレンディスに感謝することがあるのならば――前王と王太子を、始末してくれたことだ。


「草の根をわけてでもセレスティア嬢を見つけろ! 我らがいただくべき正統なる女王を捜すのだ! これ以上、どこの馬の骨とも知れぬ輩に王を名乗らせるな!」


 ディグロスの言葉に、テーブルに着く貴族達が恭しく応じる。


 前王派にとって、セレスティアは唯一の希望だ。


 祖母を王族に持つ正当な血筋の清楚可憐な令嬢。いまは新王派が「希望の新王」とうたわれてはいるが、セレスティアを手に入れて、アレンディスさえ始末すれば、他の貴族も民衆も、こぞってセレスティアを支持するに違いない。


 そして、王冠を戴いたセレスティアの隣に並ぶのは――。


 王配として玉座に座る己を想像し、ディグロスは唇を吊り上げる。


 若く美しい妻と、王配としての権力。


 セレスティアを手に入れ、アレンディスを王の座から追い落とせば、それらがディグロスの手に転がり込んでくるのだ。


 一世一代のこの好機を決して逃したりなどするものか。


「新王がイルテンス領へ来るのは、『聖杯の御幸』の最後だな……。くそ、ネベリスめ。わたしの領を最後に回すとは不届き者め……っ! だが、見ていろ。セレスティア嬢さえ手に入れればすぐにでも……っ!」


 玉座を甘美な未来を手に入れる日を想像し、ディグロスはくつくつと喉を鳴らした……。




※作者より


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました……っ!(*´▽`*)


 何やら更なる不穏の影が……。というところで、申し訳ございませんが、「運命の恋」中編コンテストの応募作という関係上、ひとまずはここまでということで、ご了承くださいませ……っ!(ぺこり)


 コンテストの結果に関係なく、いつかは続きを書けたらいいな~、と思ってるのですが……。

 いつになるかはまったく未定です! 申し訳ございません……っ!(>人<)


 ここまでお読みくださった皆様には、感謝しかございませんっ!

 重ねてになりますが、本当にありがとうございました~っ!(深々)

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