3-10.ハッピーバースデー 後半

 *  夕方  *



 陽が沈み始めた頃、ウチはライムさんから解放された。

 最近は学園に対する恐怖とか薄れていたけど、完全に思い出せた気がする。


 今日はもう寝たい。

 でも、まだ次があるみたいだ。


 ウチは憂鬱な気持ちで指定された場所に向かった。


 人里離れた場所にある洞窟。

 なんかもう入る前から嫌な予感がするよ。


 ……せっかく祝って貰えるのに、こんな気持ちじゃダメだよね。


 ペチッと自分の頬を叩く。

 ウチは気合いを入れ直してから歩を進めた。


 ……気合いを入れて祝ってもらう誕生日とは。


 哲学的な疑問を胸に洞窟の中を歩く。

 一本道だから、多分このまま奥に向かえば良いはず。


 開けた場所に辿り着いた。

 ウチは人の気配を感じて顔をあげる。

 

「お待ちしておりました」


 アクアちゃん!

 彼女は空間の奥にある少し高い場所に立ち、ウチのことを見ていた。


(……ん?)


 突然、彼女は青の魔力を放出した。

 そして物凄い速度で普通に歩いてくる。


(……アクアちゃん、急に成長したよね)


 初動が全く見えなかった。

 彼女の動きが見えたのは、五メートルくらいの位置まで近づかれてから。ウチの体感としては、瞬間移動の後、ゆっくりと歩き始めたみたいな感じだ。 

 

「あぁ、主さま。今日も凛々しいお姿です」


 体感時間を極限まで引き延ばした世界。

 この状態で普通に言葉を発することができるのは、ウチが知る限りノエルとアクアちゃんの二人だけだ。


 ウチは身振り手振りで「喋れません」と伝える。

 彼女はハッとした様子で青の魔力を霧散させた。


「失礼しました。お会いできた喜びで、思わず」


 彼女は恥ずかしそうな様子で言った。

 なんだか、ほっこり。少し前まで怯えられていたのが噓みたいだよ。


「本日は、活動の成果をお見せしたく思います」

「活動の成果?」

「はい。このアクア、主さまから賜った教えを、世界に広めております」

「……へー?」


 全然ピンと来ないけど、多分がんばってるんだよね。


「楽しみ」

「……あぁ、そのようなお言葉を頂けるなんて。このアクア、感激しております」


 全然キャラが違う。

 でも、打ち解けてくれた証拠だよね。


「早速、参りましょう」



 *  *  *



「ご覧ください。こちらが生命真理教の第一特区です」


 ……なにこれ。

 それがウチの第一印象だった。


 一見すると、普通の街だ。

 外敵から自衛する為の防壁の内側に、そこそこ栄えた家々が建ち並んでいる。


 人通りも多い。

 老若男女、幅広い世代の姿が見える。


 でも……なんでみんな同じ服装なのかな。

 白装束……いや、そういう民族衣装なのかも?


 それにアクアちゃんが不思議なこと言ってた。

 生命真理教……? 何それ。初めて聞いたよ……?


 何より気になるのは、アレだ。

 門を通り抜けた先。街の中心部分かな? なんか、生えてる。


「全ての生命は、おちんちんから始まる」


 アクアちゃんが答えを教えてくれた。

 そっかぁ。あの巨大な物体、そうなのかぁ。


 なんか取り囲まれてる。

 たくさんの人が祈りを捧げてる。


 どうしよう。

 この街、怖いかも。


「主さま、何か気に障ることでも?」

「ううん、そんな、気に障ることなんて、何も……」

「造形でしょうか!?」

「……えーっと?」


 グッと顔を近づけられた。

 一歩下がる。一歩迫られる。


「このアクア、一生の不覚です。主さまの主さまを存じ上げないばかりに、イメージだけで、あのような物を作ってしまいました」


 ……ちょっと待って凄いこと言われてない?


「よろしければ、実物を! 是非!」


 ……なるほどね。

 ウチの下半身に隠れてるものが、街の中心に聳えて、皆が祈って……。


「ごめん、絶対やだ」

「そんなぁ!?」


 その後、泣き喚くアクアちゃんを三十分くらいかけて宥めた。

 どうにか諦めてくれた後、普通に持て成された。


 美味しい料理と謎の出し物。

 最初はどうなることかと思ったけど、お祭りみたいで、とても楽しかった。



 *  *  *



 楽しい時間ほど一瞬で終わる。

 前世から持ち込めた数少ない記憶の中に、こんな言葉がある。


 前世では、ちっとも実感できなかった。

 もしかしたら一瞬だけは感じられたのかもしれない。だけど、その記憶が翌日まで残ることは一度も無かった。ウチには前世の楽しい思い出がひとつもない。


 だけど、この世界に生まれ直してからは、思い出が増えてばかりだ。


 忘れられない一日が、また増えた。

 ウチは入浴など済ませた後、心地よい疲労感を覚えながら寝室に入る。


 そして布団を捲り──


「……何してるの」


 ノエルと目が合った。


「お誕生日、おめでとうございます」

「……ありがとう」


 ノエルはベッドで横になったまま言う。


「スカーレット、ライム、アクアからのプレゼントは、如何でしたか?」

「……もしかして」


 今日のお祝い、ノエルが皆に声をかけてくれたの?

 ウチは直前で言葉を呑み込んだ。それを口に出すのは、野暮だ。


「すっごく楽しかったよ」


 だから、代わりに感想を言った。

 ノエルは満足そうに頷きながら言う。


「それでは、最後はわたくしの番です」


 ウチはホッとした。毎年ノエルが誕生日を祝ってくれていたから、今年は無いのかなって、少しだけ残念な気持ちだった。でもそれは勘違いだったみたいだ。


「わたくしが用意したプレゼントは……」


 ノエルは体を起こす。

 そして、どういうわけか服を脱いだ。


「わたくし自身ですわ! さあ! イーロンさまの為に育てたこの身体、どうぞ好きなようにしてくださいまし!」


 うん、いつものノエルって感じだ。


「ひゃわっ、イーロンしゃま!?」


 ごめんね、今日ちょっと疲れてて。


「くぅぅぅっ、お眠りの構えですわ~!」


 今日もノエルは元気だ。

 最近、外出が多くて会う機会が少ないから、こういう姿を見ると安心する。


「何がお気に召しませんの? 我ながら色気が出てきたと思うのですが!」


 今日はぐっすり眠れそうだ。


「むきぃぃぃ!」


 ノエルがウチの上に乗った。

 

「今日はここで寝ますわ!」

「……ん-」

「うぇぇ~、ここまでやっても無反応なんて~!」


 ノエルは今日も元気だなぁ。

 こういうことよくあるけど、何を求められてるのかイマイチ分からないんだよね。


「……はぁ、今日くらいは情熱的な夜をと思いましたのに」


 ノエルが心底がっかりした様子で溜息を吐いた。


「明日から何かあるの?」

「……べつに。何もありませんわ」


 拗ねちゃった。


「ノエルは本当に魅力的だよね。ウチはノエルよりも素敵な人を知らないよ。秘密を共有してくれたら、もっと好きになるかも」

「小旅行を予定しておりますの」

「……そっか」


 ノエルはとても扱いやすい。

 多分、そういう為人なのだと思う。


 彼女は初めて会った時から優しかった。

 とても友好的で、いつも笑顔で……何か、隠し事をしている。


「あんまり危ないことしないでよ」


 昔から、ノエルは旅行に出かけることがあった。

 どこで何をしているのかは知らないけど……旅行から帰る度、彼女の魔力量は飛躍的に増える。普通じゃない。多分、危ないことをしている。


 ノエルはそれを教えてくれない。

 そして、ウチに止めることはできない。


「困ったときは、いつでも頼ってね」


 もどかしいけど、仕方がない。

 何も知らないウチには、何もできない。


「……その言葉だけで十分です」


 ノエルは呟いた。

 顔を見せてはくれなかった。


「……これが最後です。ノエルの活躍に、どうか、ご期待ください」


 言葉の意味は分からない。


「うん、期待してるね」


 だけど、できるだけ笑顔で返事をした。

 ノエルはウチのことをギュッと摑んだ後、笑顔を見せてくれた。


 そして──ウチの前から姿を消した。

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