3-10.ハッピーバースデー 前半

「イーロン、誕生日おめでとうございます」


 その日、部屋から出た途端にお祝いされた。

 先頭に母が居て、周囲に使用人達が控えている。


 父とノエルの姿は無い。

 最近忙しそうだったから、今日も仕事なのかな?


 ちょっと残念。

 でも、とっても嬉しい。


 こんなにも多くの人に祝って貰えるのは、初めてだ。

 よく分からないけど、なんかどんどん使用人の方々が増えてるんだよね。


「ありがとう。嬉しい」


 こうして、ウチの誕生日が始まった。



 *  朝  *



 スカーレットさんとルビィちゃん。

 ウチは、この二人と一緒に屋敷を出た。


 これから「とっておきの場所」まで案内してくれるそうだ。

 よく分からないけれど、きっと誕生日を祝ってくれるのだろう。


「到着しました」


 移動の体感時間は一瞬だった。

 ウチは周囲を見て……ダメだ。さっぱり分からない。


「ルビィの村です」


 ルビィちゃんが言った。

 ウチは二度見、三度見してから返事をする。

 

「めっちゃ変わったね」


 初めて見た時は、ほぼ焼野原だった。

 今は完全に復興したというか、もはや別物だ。


 村というか、要塞?

 目の前には高い壁があって、恐らく村全体が囲まれている。


「……魔力伝導体?」

「はい。ライムの研究が成功しました」


 ウチが呟くと、スカーレットさんが答えてくれた。

 その言葉を聞いて思い出した。そういえば実験を手伝ったことがある。


(……こんな風になるんだ)


 魔力伝導体。

 本でチラっと見た程度の知識だったから、とても驚いた。


「目的地は、もう少し先です」


 スカーレットさんの声。

 ウチは頷いて、移動を再開した。


 そして数分後。

 辿り着いたのは、綺麗なお花畑だった。


「わぁ、すごい」


 語彙力が無くて悲しい。

 でも、本当に綺麗。絶景だ。


 花の色と場所を工夫することで、虹が表現されている。よく見ると虹の中に一本の道がある。あの場所を駆け抜けたら楽しそうだ。


「ノエルから聞きました。あなた、お花が好きだとか」

「……うん、結構好きな方だよ」


 なんというか、とても照れる。

 こんなに綺麗なお花畑、わざわざウチの為に用意してくれたのかな?


 まぁ、そんなわけないよね。

 きっと良い感じのお花畑が完成したから、見せてくれてるだけだ。


「ルビィ、良かったわね。嬉しそうよ」


 スカーレットさんがルビィちゃんの頭を撫でた。

 小柄でまだ幼いルビィちゃんは、嬉しそうに笑った。


「はい! イーロンさまの為にがんばった甲斐がありました!」


 ……照れる~!



 *  昼  *



 一生忘れられない思い出がひとつ増えた。

 ちょっぴり申し訳なく思う程に歓迎されたのは、村を助けたお礼なのだとか。ウチは今後も積極的に盗賊を退治しようと心に決めた。


 さておき、村での時間はお昼までみたいだ。

 ウチは名残惜しい気持ちでさよならをした。


 今度はスカーレットさんが一人で案内してくれるそうだ。

 ウチとしては、心も体も満たされて、もう今日を終わりにしても良い気分だけど、まだ一日は半分しか終わっていない。幸せ過ぎて、少し怖いかもしれない。


「満足して頂けたようで、何よりです」

「なんだか申し訳ない気分だよ。ウチ、何もしてないのに」

「そんなことないわよ。あなたが人を助け、助けられた人がまた別の人を助けるの」


 スカーレットさんは誇らしげな様子で言った。

 ウチにはピンと来ないけど、きっと彼女は助け合いを繰り返しているのだろう。


 かっこいい。

 そんな風に思っていると、彼女は少し慌てた様子で言った。


「ごめんなさい。雇い主に向かって、失礼な口の利き方を……」

「全然良いよ。むしろ、友達みたいに話してくれると嬉しい」

「……それは、恐れ多いです」

「そんなことないよ。ウチはスカーレットさんのこと友達だと思ってる」


 とっても驚いた顔。


「もちろん、無理強いはしないからね」

「……なるほどね」


 なるほど? 何がなるほど?

 ウチが疑問に思っていると、彼女はクスッと笑った。


「ノエルの気持ちが少し分かった。それだけよ」

「ノエル?」


 さっぱり分からない。

 そんなウチの反応が面白かったのか、彼女はまた笑った。


「さて、あたしの役目はここまでよ」


 彼女は足を止め、少し遠くを見て言った。

 ここが目的地なのかな? 何も無い場所だけど……


「うん、時間通りだね」


 上空からライムさん!

 ウチの貴重な修行仲間だ。

 

「どうして上から現れるのよ」

「跳んだ」

「クレイジーね」

「……そうかな?」


 着地に失敗したライムさんが不思議そうな顔で言った。

 ウチはスカーレットさんの側に着こうと思う。


 ここは岩山と言えば良いのかな?

 森を抜けた先にある場所で、あちこち岩だらけ。ちょこちょこ崖みたいな高い場所も有り、ライムさんは、ちょうどウチの隣にある崖の上から飛び降りたみたいだ。

 

(……高さ、三十メートルくらいかな?)


 前世なら死ぬ。

 緑魔法ってすごい!


「失礼が無いように」

「分かってる」

「失礼って何か分かる?」

「今のスカーレットみたいな態度かな」

「よろしい」


 良いんだ!?

 

「イーロンさま……えっと、またね」


 スカーレットさんは、どこか照れた様子で手を振った。

 友達みたいな態度。ウチは嬉しい気持ちで挨拶を返した。


「さて」


 そして数秒後。

 スカーレットさんの姿が見えなくなった後で、ライムさんが言う。


「お誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう」


 ライムさんは目線を下げた。

 それから、珍しく照れたような様子でもじもじする。


「今日は、いつものお礼をする」


 お礼なんてそんな、という言葉を呑み込んだ。

 ウチはライムさんと毎日のように修行している。むしろお礼を言いたいのはウチの方だけど、それを言うのは野暮だ。


「イーロンさまは、いつもライムさんに痛みを与えてくれる」


 彼女は痛みに貪欲だ。

 きっと今より強固な緑の魔法を求めている。


 痛みを感じるうちは、まだ伸びしろがある。

 それが嬉しくて仕方がないのだろう。見習いたい向上心だ。


「今日は、ライムさんがイーロンさまに痛みを与える」

「えっ」

「ライムさん全力パンチ!」


 ぺちんっ


「……」


 どうしよう。全然痛くない。

 ライムさんの緑魔法は凄い。日に日に成長している。そのうち、どんな攻撃でも防げるようになるのだと思う。でも攻撃の方は……ちょっと、その……。


「ふっ、だよね。ライムさんは攻撃力ゼロ」

「……いや、でも、がんばれば、きっと」

「だから武器を用意したよ」

「……なるほど?」


 彼女は今、研究者っぽい白衣を着ている。

 そして左手に持っていた鞄を地面に置くと、何か小さな箱を取り出した。


「第一号、多分アクアも殺せる毒針くん」

「えっ」

「えい」


 あまりにも躊躇の無い不意打ち。ウチはチクリとした痛みの直後、吐き気や眩暈の他、あらゆる毒っぽい症状に襲われた。


 息が苦しい。

 手で首を抑えると、べちゃりという感覚があった。


 不思議に思って自分の手を見る。

 なんか、どろどろに溶け始めていた。


(……待って。待って。死ぬ。死んじゃう)


 ウチは必死に青魔法を行使する。

 

(……やばい、意識が)


 気合で堪える。長年の修行で培った経験から自分の状態を感覚的に捉え、ヤバそうな部分から優先的に治癒する。でも足りない。毒の進行を遅らせるのがやっとだ。

 

(……白魔法、なら!)


 まだ成功率は低い。でも、ウチがちょっとでも擦り傷とか作るとノエルが使ってくれるから、その感覚は体が覚えている。


(……できなきゃ死ぬ。できなきゃ死ぬ!)


 ウチは最低最悪な誕生日プレゼントに全力で抗った。

 いや、違う。これは素晴らしいプレゼントだ。最近のウチは、来るべき学園生活に向けた恐怖感が薄れていた。修行も頭打ち。今この状況は、ある意味で、今のウチに最も必要な瞬間だったと考えられないこともない。


「……おぉぉぉ」


 ライムさんが感嘆の声をあげた。その理由を問う余裕は無い。ウチは必死に白魔法を行使して、青の魔力を増幅させる。


「……はぁ、はぁ……解毒……はぁ、……できたぁ!」


 ウチは膝に手を付き、呼吸を整える。

 本当に危なかった。久々に汗を流した気がする。


「流石」


 ライムさんはパチパチと拍手をした。

 

「……あはは、ありがとう」


 こんなにも命の危機を感じたのは初めて。

 ……いや、初めてママと一緒に修行した時以来かもしれない。


「次はこれ。きっとスカーレットも消し炭にできる炎」

「えっ」


 ウチは燃やされた。

 とてつもない火力で焼かれた。


「おぉ、無傷。流石」


 咄嗟にガードしたからどうにかなった。

 なんとなく後ろを見ると、ちょっぴり地形が変わっていた。


「次、恐らく王都を消し飛ばせる兵器二号」

「物騒な名前ばっかりだね!?」


 このあと何度も死にかけた。

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