3-09.アクアちゃんと生命の真理

 最近、なんだか良い感じだ。

 スカーレットさんに続いてライムさんとも仲良くなれた。


 そんな風に気分良く廊下を歩く途中。

 ウチは、たまたま擦れ違ったアクアさんに挨拶をした。


「こんにちは」 

「ひぃっ!?」


 怯えられちゃった……。

 ショック。ウチそんなに怖いかな?



 ──本来のアクアは、楽園の代表としてチヤホヤされる間に、自信に満ちた性格を手に入れる。しかし今回は性格が変わる前にノエルが現れ、自慢の「青魔法」が全く通用しなかった。育ち始めたばかりの自信は粉々に砕かれ、ノエルの上位者として君臨するイーロンに対して恐怖を覚えるようになっていた。



「……殺さないで」

「殺さないよ!?」

「ひぃっ、怒鳴らないで……」

「……ごめん」


 ん-、嫌われちゃったのかな。

 ほとんど会話したこと無いのに……なぜ。


 なんか悔しくなってきた。

 今日、意地でもアクアさんと仲良くなりたい。


「アクアさん、この後の予定は?」

「お仕事ですぅ……」

「何するの? 良かったらウチにも手伝わせてよ」

「……え、えへ、えへへ」



 ──アクアは過剰な恐怖によって壊れた。

 圧倒的な上位者からの頼み事。断れるわけがない。そもそも、なぜ手伝いを申し出たのだろう。もはや自分は用済みなのか。今日これから消されるのか。嗚呼、楽園に帰りたい。短い人生だった。……と、考えていた。


 果たしてアクアは一日中イーロンと過ごすことになる。

 その結果──


 *  *  *


 翌日、アクアはいつものように仕事を始めた。

 バーグ家にはアクア達の他にも古参の使用人が働いている。


 とある部屋を掃除する途中。

 アクアは先輩の使用人に近付き、問いかけた。


「あなたは生命の真理をご存知ですか?」

「……はい?」


 アクアに謎の質問をされた使用人は、困惑した様子で首を傾けた。

 アクアは祈りを捧げる修道女のように両手を握り締め、柔らかい笑みを浮かべる。


「あなたは生命の真理をご存知ですか?」

「……あはは、ごめんね。ちょっと私、忙しくて」


 使用人は逃げた。

 アクアはやれやれと息を吐いた。


 窓辺に移動して、その場に跪く。

 それから空を見上げ、恍惚とした表情で言う。


「このアクア、生まれた意味を知りました」


 アクアはとても影響されやすい。

 良くも悪くも年齢相応に素直な性格なのだ。


「主さまの教えを、もっと広めなければ」


 アクアは集中し、青の魔力を高める。

 その練度は昨日までとは別人のように高い。


 アクアは実時間にして一分で全ての仕事を終わらせた。

 生命の真理を知る以前は二時間以上かかっていたことを思えば異常な成長……否、もはや覚醒である。


「……これが、生命の真理」


 アクアはイーロンの言葉を極限まで曲解した。

 その結果、青魔法の才能が開花したのである。


「……ふふ」


 アクアは外出することにした。

 全ては、主から賜った素晴らしい教えを広めるために。



 *  *  *



 ムッチッチ盗賊団。

 それは、大陸で最も恐れられる裏組織である。


 頭目の名はシーフ・オブ・ムッチッチ。

 その名から分かる通り、彼らの背後には王家の存在があった。


 今は無い。数年前に突如として援助が打ち切られた。それどころか、盗賊団を討伐するために騎士団が派遣されたこともあった。


「──全ての元凶は、ノエルとかいう女だ」


 シーフが言った。

 今、彼の前に全ての盗賊が揃っている。


「王国は当然潰すとして、こいつも必ず殺す」


 この数年間、彼は辛酸を舐め続けた。

 しかし無抵抗でやられ続けたわけではない。


 報復を誓い、情報と戦力を集め続けた。

 そして今日、その両方が揃ったのである。


「あの、キングはどうするんですかい?」


 一人の盗賊が質問した。

 王国にキングあり。盗賊団は、彼の脅威をよく理解している。


「あいつには手を出さねぇ」

「見逃すってことですかい!?」

「……あ?」


 シーフはその盗賊を睨み付けた。

 明確な殺気が放たれ、アジトは静まり返る。


「……テメェの疑問は分かる。悔しいが、あいつの魔法を攻略する術は無い。だが、目的を見失うな。俺達はキングを殺したいわけじゃねぇ。王国を潰し、俺達に屈辱を与えたノエルとかいう女を殺す。それ以外はどうでも良いんだよ」


 シーフは溜息を吐き、にやりと笑う。


「舐められたままじゃ、終われねぇよなぁ?」


 腹の奥が震えるような低い声。

 その怒りに呼応するかのように、盗賊達は声をあげた。


 その直後、違和感。


「あぁ? テメェら、どこ見て――ッ!?」


 シーフは飛び退いた。

 額には汗が浮かび、手足は震えている。


(ありえねぇ。気配が無かった)


 短刀を構え、突如として現れた人物を睨み付ける。

 そのただならぬ雰囲気を前に、手下達も声を出すことができなかった。


 多くの視線が侵入者に集中する。

 彼女は、ただ一言、シーフに問いかけた。


「あなたは、生命の真理をご存知ですか?」


 シーフは発言の意味が全く分からなかった。


「……ご存知ない」


 彼女は落胆した様子で言った。


「待てっ!」


 シーフは本能的に危険を察知していた。

 この女はイかれてやがる。目がヤバい。


 最初の接近に気が付けなかった時点で戦っても勝ち目は無い。相手がその気なら、とっくに殺されている。


「……あー、あれだろ。生命の真理」


 シーフは自分の命を最優先に考えている。

 舐められる屈辱よりも、靴を舐めて生き延びる生を選ぶタイプなのだ。


「テメェらァ! 知ってるよなァ!?」


 シーフは問いかけた。

 盗賊達は空気を読み、次々と声をあげる。


「……ああ、なんと、素晴らしい」


 彼女は歓喜に震えた。


「このアクア、人の気配を感じて洞窟に入ったのですが、まさかこんなにも多くの同士と出会えるなんて……これも主さまの導きですね」


 シーフは必死に考える。

 

 こいつの目的はなんだ。

 ただ宗教を広めたいだけ?

 それなら穏便に済ませて帰らせたい。


「協力、して頂けませんか?」

「……協力、だと?」

「はい。生命の真理を布教するのです」

「それは良い。お前らもそう思うよなァ!?」


 盗賊団は喝采した。

 アクアは小刻みに震え、落涙する。


「早速、参りましょう」

「そうだな。アイツラの中から、好きな奴を選んで連れてってくれ」

「……あなたは?」

「俺にはやることが」

「あなたは、来られないのですか?」

「お、俺は……」


 アクアの全身から青い魔力が溢れ出る。

 青。それはキングを知る者にとって恐怖の象徴であり、目に見える全てを包み込むような魔力の放出など、死刑宣告に等しい威嚇行為だ。


「テメェら支度しろ! 全員で出るぞ!」


 こうしてアクアの布教活動が始まった。



 *  *  *



 とある小さな村。

 定期的に盗賊の襲撃を受け、ヒトやモノ、カネを奪われている。


 若い者は次々と村を脱出した。

 残っているのは、この村を捨てられない一部の者と、先が短い老人だけである。


「おじいちゃん、お腹空いたよぉ」

「……すまない。もう、食べるものが無いのだ」


 そんな会話が繰り広げられる中、

 ──数百人の盗賊が、村の遠方に現れた。


「……あぁぁ、あぁぁぁ」


 見張り役の男は絶望した。

 見間違いであってくれ。そんな祈りは届かない。


 盗賊達は、どんどん近付いてくる。

 ひとり、またひとり、村人が盗賊の姿に気が付いた。


 しかし逃げる者は居なかった。

 それは勇気ではない。大勢の盗賊を見て、諦めたのだ。


 トンッ、と音がした。

 見張り役の村人は、盗賊が自分の前に到着したことを理解した。


 恐る恐る顔をあげる。

 そこには、天の使いかと思う程に見目麗しい女性が居た。


 自分は、死んだのか?

 呆然とする村人は声を聞いた。


「あなたは、生命の真理をご存知ですか?」

「……は?」


 村人は呆然とした様子で呟いた。


「テメェこらァ!? 聴こえてんだろォ!?」


 盗賊Aが胸倉を摑み上げる。


「知ってんのか知らねぇのか!? どっちなんだァ!?」


 盗賊Bが耳元で叫んだ。


「ひぃっ、し、知らないですぅ!」


 村人は涙を流しながら言った。


「おやめなさい」


 アクアが言った。

 その一言で、盗賊は後ろに下がる。


「申し訳ありません。痛かったですね」


 アクアは手を伸ばす。

 村人は青い魔力に包まれ、そして──


「……ずっと前から続いていた痛みが、消えている?」


 アクアは微笑む。


「知らないのであれば、知れば良いのです」


 悪漢を黙らせ、傷を癒す。

 そして優しく微笑む姿は、まさしく女神であった。



 ──三日後。

 アクアの前に、数千人が集まっていた。


 全て、人生に絶望していた者達である。

 ある者は強制的に、ある者はアクアに癒され、ここに集まった。


「皆さまの前でお話できること、嬉しく思います」


 アクアは両手を握り締め、天を仰ぐ。

 それはまるで、神に祈りを捧げるかのような姿であった。


「生命の真理をお伝えします」


 アクアは語り始めた。

 それは二時間にも及ぶ大演説であった。


 途中、アクアの声に青の魔力が宿った。

 それは人々に心地良い感覚を与えると同時に、傷を癒し、病を治した。


 白魔法のように、本人の魔力を増幅させる力は無い。

 しかしアクアの中に眠る青魔法の才能が開花したことで、本来は他人に影響を与えないはずの魔法によって、聖女の如き力を発揮したのである。


 その後、鼠算のように信者が増えた。アクアの「教えを広める」という純粋な想いが、世界最大の宗教を作り上げたのである。



 *  *  *


「ただいま戻りました」

「アクアちゃん。おかえり。どこか行ってたの?」

「……少々、教えを広めに」


 イーロンは思った。

 先生でもやってるのかな?


「偉いね。お疲れ様」

「……あぁ、ありがたき幸せ。このアクア、今以上に精進いたします」


 ──かくして。

 イーロンは楽園を代表する三人と仲良くなった。

 その結果、世界にとてつもない変革が起きたことなど、知る由もない。

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