2-9.公開処刑

 王都の中央にある城。

 国王は野暮用を済ませた後、ユビサキーガ・ムッチッチの帰りを待っていた。


 ──衝撃。

 爆音と共に、城の一部が倒壊した。


 何事かと兵士が集まる。

 国王も窓辺へ移動し、外を見た。


「余は、この日を待ちわびていた」


 状況を理解した後、国王は呟いた。


「この所業、イーロン・バーグで間違いあるまい」


 ほんの半年前にも同じことがあった。

 王国が誇る最強の騎士団の長、ソケーブガ・ムッチッチが城に投擲されたのだ。


 百歩譲って彼の敗北を認めたとする。

 しかし投擲する意味が分からない。そもそも、それを可能にする魔法にも心当たりが無い。仮に国内で最も赤の魔力に優れた者を呼び、自壊を厭わず投擲させたとしても決して届くような距離ではない。


 だが魔法は日々進化している。イーロン・バーグが秘術によって未来を知っていると仮定すれば、ありえない話ではない。


 国王は騎士団長と話をした。

 騎士団長は錯乱しており、会話は要領を得なかった。


 国王は半信半疑だった。

 しかし二度目が起きた。

 

 予感は確信に変わる。

 国王は、笑みを我慢できなかった。


「誰か、誰か居るか!?」


 国王は大きな声を出した。

 直ぐに一人の男が現れ跪く。

 国王は彼に告げた。


「公開処刑の日時を三日後の正午とする。リリエラ・バーグを広場に移し、大々的に喧伝せよ」


 男は頷き、姿を消した。

 国王は再び窓の外を見て、嗤う。


「バーグ家の秘術。必ず、余の手中に収めてみせよう」



 *  イロハ  *



 ウチ、現着。

 初めての王都です。


 現在、王都では黒髪に対する風当たりが強いらしい。

 だからウチはノエルの魔法によって髪色を白に変えている。


 なんか普段よりも目立っている気がするけど、いきなり襲われたりしてないから、多分きっと大丈夫なのだろう。


(……なんか、ざわざわしてる)


 ウチは騒がしい方へ向かった。

 

(……なんだろう)


 心拍数、やばい。

 何かとても嫌な予感がする。


 でも、普通だよね。

 母上さまが処刑されそうになってるのに、平常心を保てる方がおかしいよ。


(……どうやって助けようかな)


 ノエル達はウチに合わせると言った。

 よく分からないけど、視線を感じるから、離れた場所で見てるっぽい。


 正直めっちゃ助けて欲しい。

 でも今はウチが動くしかない。


「……ぁ」


 それを目にした時、思わず声が出た。

 広場の中央。とても目立つ場所。黒い十字架があった。


 十字架は大きい。高さは三メートルくらい。

 その上部に、母上さまが鎖で固定されていた。


「……」


 拳を握り、歯を食い縛る。

 ウチは呼吸を整えながら周囲を見た。


(……大きな魔力が、八つ)


 母上さまを救出して王都から脱出する。

 極限まで体感時間を圧縮すれば、実時間で一秒もかからない。


 でもそれは、妨害が無かった時の話だ。

 王都は大陸の頂点。あのムチムチな王子とは比べ物にならない化物達が居るはず。ウチが探知した八つの魔力は、間違いなくヤバい連中だ。


(……どうする?)


 もう少し人が減るのを待つ?

 いやでも、その間に処刑が始まったら……。


(……母上、さま?)


 目が合った。

 母上さまは半開きだった目を見開いて、慌てた様子で口を動かした。


 ──逃げなさい。

 それが、母上さまの遺言となった。


「……え?」


 広場が静まり返る。

 飛び散った赤い液体が雨のように降り注ぐ。

 ウチは頬を伝うそれを拭うこともせず、ただ一点を見つめていた。


「さて」


 耳元、男の声。


「どうする? 秘術を使うか?」


 体感時間が圧縮されている。

 それなのに、はっきりと声が聞こえた。


 直ぐに理解できた。

 彼は、ノエル以上に青魔法の制御が上手い。


「……お前か?」


 ウチは空中で静止している《頭》を見ながら、問いかけた。

 それは、あまりにも衝撃的な光景で……だけど、どういうわけか、不思議なくらいに頭が冴えている。


 ──壊せ。


 内側から声がした。


 ──抗うな。


 今迄に聞いたどの声よりも大きい。


 ──お前は、自由に生きるのだろう?


 ウチは、


「答えろ。お前か?」

「……そうだと言ったら?」


 その声に、身を委ねた。

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