2-8.決戦前夜

 *  スカーレット  *


 その夜、あたしは眠れなかった。

 今は簡易拠点の外に出て星空を眺めている。


 不意に足音が聞こえた。

 見なくても分かる。イロハが、隣に座ったのだ。


「久し振り」


 あたしは正面を向いたまま言った。

 普段ならば有り得ない言葉遣いだけど、今はあたしと彼の二人だけだ。


「ほんと久し振りだねぇ」


 グレイ・キャンバス結成から間もない頃のこと。

 圧倒的な力を持つ彼は、この組織のトップなわけだけど、あたしには、彼がトップとしての振る舞いを求められ、戸惑っているように感じられた。


 勘違いかもしれない。自分がそうだったから、彼も同じだと思い込んでいるだけかもしれない。ただ、二人で話す機会があった時に、提案してみたのだ。


 あたしと二人の時は、楽にしても良いよ。

 彼は「マジ? じゃあ、そうしようかな」と、まるで子供のような笑みを見せた。


 あれは彼の本心なのかな?

 それとも、あたしに気を遣ってくれただけ?


 答えは分からない。

 ただ、それ以来、あたしと二人で会話する時の彼は、その辺の子供みたいな喋り方をするようになった。


「スカーレット、大丈夫だった?」

「全然平気。むしろ迷惑かけてごめん」

「いいよ、べつに。困った時はお互い様でしょ」


 屈託の無い笑顔。

 きっと演技なのだろうけど、これが本当の彼なのだと思い込みそうになる。でも逆に、完璧過ぎるからこそ、演技だと見抜ける。


 だって、彼の母親が囚われている。公開処刑が周知され、それがいつ行われるのか分からない。明日かもしれない。そんな状況で心から笑えるわけがない。だから彼は無邪気な態度を演じてくれている。あたしの精神的な負担を和らげるために。


 ……負担?

 ああ、そっか、あたし、いつの間に。


「……イロハは、凄いよね」

「ん? 急にどうしたの?」

「……まったく、すぐそうやってとぼけるんだから」


 彼は、あたし自身も気が付いていなかった心の疲労を見抜いた。

 今日眠れないのは、多分そのせいだ。だから彼は今ここに居る。


「ねぇ、どうやったら、イロハみたいになれる?」



 *  イロハ  *



 お昼に寝ちゃったから眠れない。

 なんとなく外を散歩していたらスカーレットを見つけた。


 ウチは彼女が大好きだ。

 理由は、素の状態で会話できる数少ない存在だからだ。


「ねぇ、どうやったら、イロハみたいになれる?」


 急に悩み相談が始まっちゃった。

 まあでも、救援要請とか出してたくらいだから、大変だったんだろうな。

 

 さてさて、どういう返事をしようかな。

 ウチみたいに……多分、戦闘能力の話だよね?


 うーん、正直よく分からない。

 毎日ちゃんとトレーニングをすること以外に、何か方法があるのかな?


「やるべきことをやる」


 だからウチはシンプルに返事をした。


「雨の日も、風の日も、ちょっと憂鬱な日でも、決して怠ってはならない」


 なんか硬い喋り方になっちゃった。

 ノエルのせいだ。灰色画布のリーダー的な喋り方が染み付いちゃった。


「……やるべき、ことを」


 彼女は神妙な面持ちで呟いた。

 多分これは大丈夫な奴だ。彼女は頭が良いから、ウチの言葉を良い感じに解釈してくれる。


「ありがと。イロハも辛い時なのに、変なこと聞いてごめんね」


 ウチ何か辛い時だっけ?

 ……ははーん、またノエルがあることないこと言ったな?


「うん、いいよ。またいつでも相談してね」


 とりあえず返事をする。

 無理に否定してもノエルがかわいそうだからね。


「んー! よしっ、あたしはそろそろ寝るね」


 スカーレットは伸びをした後、立ち上がった。

 なんか全然眠そうな動きじゃないけど……ん?


「何か落ちたよ」


 ウチはポスターみたいな紙を拾った。


「あっ、それ……」


 あんまり詳しく読む気は無かった。

 でも、うっかり内容が目に入ってしまった。


「……リリエラ・バーグの、公開処刑?」

 

 お母さまと同じ名前だ。

 ウチはスカーレットに説明を求めた。彼女はバツが悪そうな表情で目を逸らした。


「……母上、さま」


 公開処刑を宣言したのは、現国王だと記されている。

 

(……まさか)


 母上さまは怒ると怖い。

 実家に里帰りしている間に家を燃やされ、辺りに王国騎士団の鎧があったはずだ。


(……まさか、殴り込み?)


 ウチは頭を抱えた。

 母上さま、何やってるの~!?



 *  スカーレット  *



 失敗した。

 イロハにポスター見せちゃった。


 せっかく相談に乗って貰ったのに。

 せっかく、辛いことを忘れる演技をして貰ってたのに。


「……イロハ」


 あたしは謝罪の言葉を言いかけて、息を呑んだ。


(……こんな表情、初めて見る)


 怒り、それとも焦り?

 分からない。ただ、何か、強い感情が見て取れる。


「イロハは、どうするの?」


 あたしは勇気を出して踏み込んだ。

 お母さんを見捨てるとは思わない。だけど相手が悪い。表立って敵対すれば、この大陸に住まう全ての者を敵に回すことになる。


 それに、あの国王が持つ力は得たいがしれない。

 イロハなら大丈夫……と思いたいけど、万が一ということはある。


 だから知っておきたい。

 イロハが、どういう策略を考えているのか。


「……行くしかない」


 イロハはポツリと呟いた。


「……どこに?」


 あたしは恐る恐る問いかける。

 イロハは鋭い双眸を、王都がある方向へ向けて言った。


「王都へ」


 あたしは呼吸を止め、思考した。

 そして彼の考えを深読みする。王都へ行く。その言葉の真意を。


「……」


 あたしは彼に跪いた。

 ここから先は、お友達のスカーレットではない。


 グレイ・キャンバスの幹部。

 赤のスカーレットとして、彼の手足となる。


「全ては、あなたが望むままに」


 そして翌日、あたし達は移動を始めた。

 目的地は王都。目標は、リリエラ・バーグ様の奪還!

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