2-7.本人不在の作戦会議

「イロハ様はお眠りになりました」


 スカーレットの用意した簡易拠点。

 会議室に入室したノエルは、空席に座った後で言った。


「お忙しい中、無理に来て頂いた。お疲れだったのかもしれません」

「あるいは、この先の戦いに備えているのかも……」


 スカーレットが深刻な様子で答えた。

 その言葉を聞き、ノエルの表情にも緊張の色が浮かぶ。


「状況の報告を」


 ノエルが言った。

 スカーレットは頷き、隣に座っていたルビィに目を向ける。


「ルビィ達……いえ、私のチームは、魔族の保護活動を行っていました。その途中、騎士団に襲われている集落を発見。交戦になりました」


 最初は冷静だった言葉。

 しかし、徐々に苦々しい色が滲む。


「戦闘は、こちらが優勢でした。……あいつが出てくるまでは」

「それは、最後にイロハ様がお投げになった方ですか?」


 ルビィは力なく頷いた。

 その様子を見て、スカーレットが補足する。


「彼は、ユビサキーガ・ムッチッチと名乗ったわ」

「ムッチッチ?」

「それだけじゃない。あたしが到着した時は、キングも一緒だった」

「キングが!?」


 ノエルは声をあげた。

 それは会議室に集まっていた構成員達を驚かせた。


 彼女は組織の幹部。その特徴的な外見は、末端の構成員にも知られている。

 さらに、イロハがあまり口を出さないことを考えれば、事実上のトップである。


 彼女は常に冷静沈着である。

 しかし、スカーレットの報告を聞き、大きな声を出した。


 それほどの事態が起きている。

 会議室は重たい緊張感に包まれた。


「……まさか、イロハ様がお眠りになったのは」

「ええ、キングと戦う可能性を考慮してのことでしょうね」


 ノエルは目を閉じた。

 そして何か考え込むような表情を見せる。


 他の者は、ただ静かに待った。

 やがてノエルは目を開き、その純白の瞳をスカーレットに向ける。


「キングについて、何か情報を得ることはできましたか?」

「彼が操る魔力の色はロイヤルブルー。本人は、三色混合と言っていたわね。効果は因果を操ること。例えばあたしは逃走を試みたけど、なぜか彼の方に向かって走ったことになっていた」

「とんでもない力ね」


 ノエルは黙考する。

 仮にイロハが戦った場合、どうなるだろうか。


 ……ふっ、愚門ですね。

 そんなものイロハ様が勝つに決まっているかしら。


「私とイロハ様が到着した時、キングの姿は無かった。なぜ?」

「分からないわ。ただ、何かもっと優先することがある様子だった。それから、彼はイーロン・バーグを探していた」

「……なるほど」


 なぜ、とは聞かなかった。

 リリエラ・バーグの公開処刑、そしてイロハの捜索。二つの情報があれば、ノエルがキングの目的を察するには十分だ。


(……狙いは、バーグ家の秘術でしょうね)


 しかし、ノエルはそれを口に出さなかった。

 それを不自然に思われないように意識して、彼女は話題を変える。


「スカーレット、あなたはムッチッチの名を持つ者と戦いました。如何でしたか?」

「強かったわね。勝てないとは思わないけど、もっと強くなる必要がある」

「魔力の色は?」

「分からないわ。緑に近いけど、その効果は猛毒だった。彼の指先から放たれた酸を浴びて、ルビィは手足を溶かされたわ」


 その報告を耳にしたルビィは、当時の感覚を思い出して自らの肩を抱いた。

 

 構成員達は息を呑む。

 いつも強気なルビィが、あんな風に震えるなんて……。


 しかし、実は真逆であった。

 ルビィは「イロハの力で生えた腕」に触れたことで、歓喜していた。


「しかし」


 そのルビィが発言する。


「イロハ様の敵ではなかった」


 ノエルとスカーレットは得意げに頷いた。


「質問、よろしいでしょうか?」


 一人の構成員が手を挙げる。


「報告書によると、イロハ様は敵を投げたとのことです。その場で始末するか、捕縛して拷問することが最適だと思われるのですが……」

「ユビサキーガ・ムッチッチは話が通じる相手ではなかった」


 スカーレットが言う。


「恐らく、ノエルが過去に話していた薬の影響と思われるわね。アレから話を聞くのは不可能よ」


 ルビィが納得した様子で頷いた。

 実際に戦った二人の見解を聞いた構成員は、捕縛しなかった理由に納得した。


「投げた理由は?」

「あたし、実は血が嫌いなのよ」


 構成員は目を丸くした。

 スカーレットが戦闘を行った場合、血も涙も残らない。文字通り、彼女は血も涙もない存在なのだと思っていた。


 もちろん不敬なので口には出さない。


「だからいつも敵を消し炭にしているのよ。血を見なくて済むから」

「……なるほど」


 構成員は考えることをやめた。


「イロハは優しいのよ。敵を投げたのは、血を見せないため。あいつがどこに落下したのかは分からないけど、きっとグチャグチャになっているでしょうね」


 スカーレットは嬉しそうな様子で言った。


「なるほど! 理解いたしました!」


 構成員は何も理解していなかった。

 ただし、彼女は他の者と同様にイロハを崇拝している。その行動に深い慈悲があったことを感じ取り、納得した。


「リリエラ・バーグ様は?」


 ノエルが別の話題を口にする。


「不明よ。一般に公表されている以上のことは何も分かっていないわ」

「……後手に回っている状況ね」

「ごめんなさい。あたしの能力不足で」

「謝罪は不要です。あなただけの責任ではありません。ただ、反省は次回に生かしましょう」

「……次回?」


 スカーレットは少し違和感を覚えた。

 単純に考えれば明日以降の行動を示す言葉だ。しかし、それにしてはノエルの様子が楽観的に見える。


「本件は、もう終わったも同然です」


 ノエルは言う。


「だって、彼が動くのですから」

「……ああ、そうだったわね」


 ノエルの言葉に意を唱える者は居なかった。

 

「きっと、既に全てを終わらせる用意があることでしょう」


 ノエルは言った。

 その瞳には一点の曇りもなかった。


「……流石ね」


 スカーレットは言った。

 自らの力が及ばなかったことを悔やみながらも、それ以上に、頼れる上位者の存在に安心感を覚えていた。


 他の構成員達も次々と頷いた。

 既に直前までの緊張感は消えている。


 一方その頃。

 イロハは、すやすやと眠っていた。


 もちろん何も考えていない。

 それどころか、現状について何も知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る