2-10.何も知らない

 世界が爆ぜた。それを引き起こしたのが自分自身だと気が付くよりも速く、ウチは国王に向かって拳を突き出していた。


 確実に当たるタイミング。

 しかし拳は当たらなかった。


「素晴らしい速さだ」


 後ろから声が聞こえた。

 振り向き様に拳を振り抜く。


「だが、余には届かぬ」


 繰り返す。

 ウチは衝動に身を任せ、拳を振り抜き続けた。


「王都の全てを破壊しようと構わぬが、いつまで続けるつもりだ?」


 彼を睨み、呼吸を整える。

 その際、体感時間を元に戻した。


 そしてウチは気が付いた。

 燃え盛る炎と、泣き喚く民衆の声に。


「何を驚いている? 貴様がやったことではないか」

「……ウチが?」


 ふと子供の泣き声が聞こえた。

 お母さんと叫んでいる。目を向けると、崩れた家屋に挟まれた女性と、彼女を引っ張り出そうとする少年の姿が目に映った。


 ──楽しいな?


 ウチは歯を食い縛る。


 ──壊せ。もっとだ。


 大きく息を吸い込む。

 そして、国王を睨み付けた。


 状況は何も分からない。

 全く現実感が無い。だけど……あいつだけは、一発殴らないと気が済まない。


「まだ続けるのか?」


 うんざりとした態度。


「無駄なことだ。余の魔法は因果を操る。貴様の攻撃は当たらず、それどころか」


 彼は無造作に手を振った。

 何をしているのかと疑問に思った直後、頬に殴られたような衝撃を感じた。


「余の攻撃は、必中となる。理解したか? 貴様に勝ち目など無いぞ」


 口の中に不快な感覚が生まれる。

 それを吐き出すと、血と一緒に折れた歯が出た。


 ──代われ。


 うるさい。


 ──俺が、あいつを殺してやろう。


 うるさい。


 ──何も知らぬガキは、黙って大人に任せておけ。

 

「……ああ、もう、うるさいなぁ」


 ウチは──母上さまとの約束を破った。


「待て、なんだそれは」


 黒魔法を全力で行使すること。

 体の負担が大きく命に係わるからと禁止されていた。


 でも今のウチは白魔法を使える。

 ノエルの魔法を参考に練習したら、なんかできた。


「それもバーグ家の秘術か!? だが、まさかこんなっ、ありえぬ!」


 彼がピーピー騒いでる。

 でも、知ったことじゃない。


 これ疲れるんだよね。

 だから、さっさと終わらせよう。


「なぜ魔法が使えぬ!? なぜ貴様は、白と黒を同時に扱える!?」


 黒魔法は、他の魔力を減衰させる。

 白魔法は、他の魔力を増幅させる。


 相反する属性を持った魔法を同時に行使するのは大変だ。でも、その分だけ絶大な効果を発揮できる。


「一発だけで許してあげる」


 ウチは彼の懐に入り、拳を引いた。

 この一撃には極限まで練り上げられた赤の魔力が込められている。


 その一方で、彼は魔力を練ることができない。要するに生身だ。そんな相手に岩をも砕く拳をぶつけたら何が起きるのかなんて、流石に分かる。


 でもやる。

 ウチは拳を強く握り、真っ直ぐに突き出した。


 彼は音もなく弾け飛んだ。

 その後、ウチはしばらく空を見上げた。


 ──満足か?


 また、この声だ。


 ──暴力は、気持ちよかったか?


 なんなんだろうね。ほんと。

 今迄、色々と分からないことを無視して、まぁ何とかなるでしょ、みたいな気持ちで生きてきたけど……流石に、ちょっと、これは、頭が痛いかも。


 だから……だからこれは頭痛のせいだ。


「……あは」


 燃え盛る王都。

 崩れた建造物、逃げ惑う人々。


 全部、ウチがやった。

 ウチ以上に何も知らない人達の生活をメチャクチャにした。


 それが──


「違う」


 歯を食い縛る。


「気持ちよくなんかない」


 これは、あれだ。なんだっけ。サブリミナル的な奴だ。

 壊せ壊せみたいな声がいつも聞こえるから、きっと錯覚的なアレなんだ。


「……ノエル」

「ここに」


 ダメもとで彼女を呼んだら直ぐに返事があった。

 相変わらず、凄いね。ほんと。


「……どうして、こんなことになった?」


 我ながら意地悪な質問だった。

 彼女は何も悪くないのに、まるで責任を追及しているかのような言い方だ。


 悪いのは、何も知らないウチだ。

 どうしてこんなことになったのか、ウチだけが何も知らない。


「まだ、可能性はあります」

「……可能性?」


 ウチはノエルを見た。

 彼女は純白の瞳にウチの姿を映して、どこか寂しそうな表情で言った。


「バーグ家の秘術を使いましょう」

「……バーグ家の、秘術」


 国王も同じことを言っていた。

 何それ。知らないよ。そんなの。


「時戻りの秘術です」

「……時戻りの」


 ……あっ、


「……そうか」


 二度目の人生が始まる前の出来事。

 ウチはゲーム世界のイーロン・バーグとなり、ノエルにぶっ殺された。


 その後、なんか、よく分からないけど赤ちゃんになった。

 あの時だ。あの瞬間に、時戻りの秘術が発動したのだろう。


「……全部、やり直せば」


 今、使える?

 ……できる気がする。


「……何か、変わるのかな?」


 

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