2-4.魔族狩り
* スカーレット *
「……頭が痛い」
救援要請を出してから五日が経過した。
あたしは少しでもイロハが動きやすい舞台を整えようと頑張ってみたけど、状況は日に日に悪化している。
最も大きな頭痛の種は、魔族狩り。
公開処刑が周知されたことで、魔族に対する差別意識に火がついた。
今、黒髪の者が外を歩けば自殺行為となる。
あたしも今回の作戦に参加した黒髪の者には待機を命じた。
その結果、情報収集能力は著しく低下した。
新しく得られる情報は少ないのに、それを知る度に溜息を吐かされている。
「それにしても、この国では魔族イコール黒髪赤目なのね」
あたしの感覚からすれば、むしろその組み合わせの方が珍しい。それは黒の魔力を生まれ持った者の特徴で、魔族の中でも極少数だ。
主に戦闘の担う《赤》には黒髪の者が多いけれど、研究活動が主な《緑》には黒髪の者なんて一人もいない。
「そういえばノエルも驚いていたわね」
過去の会話を思い出した。あたしからすれば、彼女から与えられた情報の方が吃驚仰天だったのだけど……まあ、今はそれどころじゃないわね。
「スカーレット様!」
赤髪の部下が慌てた様子で部屋に入った。
あたしはさらなる頭痛を感じながら、努めて冷静に対応する。
「まずは落ち着きなさい」
「っ!? 失礼しました!」
いけない、声にトゲが出てしまった。
「ゆっくり、端的に話しなさい」
「魔族の保護を行う途中、騎士団と遭遇し、交戦に……」
あたしは思わず頭を抱えた。
「突っ込んだのはルビィ?」
「……はい、ルビィさんです」
「一人?」
「二人残りました。私は早急に報告する必要があると考え、戻りました」
「分かったわ。ありがとう」
ルビィは、あたしの次に戦闘能力が高い。
でも少し……かなり短絡的なところがある。
「戦闘は絶対に回避しろと命じたのに」
部下の前だ。
あたしは溜息を我慢して思考する。
とても難しい状況だ。
でもイロハが教えてくれた。こういう時こそ、シンプルに考えるのだ。
選択肢はふたつ。
見捨てるか、救出するか。
見捨てた場合どうなる?
最悪、ルビィという貴重な戦力を失う。部下の士気も下がることになる。ただし、それ以上の被害は出ない。
救出に向かった場合は?
最悪、共倒れ。そもそもルビィは命令を無視した。助ければ、嫌な前例を作ることになる。
合理的な判断をするならば、見捨てた方が良さそうだ。だけど、イロハなら……。
「……場所を教えなさい」
「スカーレット様?」
「直ぐにバカを回収して戻ります。拠点に残った者、戻った者には、イロハ様が到着するまで絶対に待機しろと伝えなさい。ルールを破った者は消し炭にします」
「はっ! 承知いたしました!」
イロハが到着すれば全て解決する。
あたしはただ時間を稼げば良いだけだ。
* * *
移動中、あたしは何度も唇を噛んだ。
あちこちで黒髪の死体を目にしたからだ。
あたしは拠点で指揮に徹していた。
だから、現場を見るのは今が初めて。
これが魔族狩りの影響か。
報告で聞くよりも、遥かに惨くて、腹が立つ。
死体だけなら良かった。
今まさに、という瞬間も目にした。
「……消し炭になりなさい」
あたしは残酷な光景が嫌いだ。
だから攻撃すると決めた時は相手を消し炭にすると決めている。地も肉も骨も灰に変えてしまえば、胸が痛い光景を見なくて済むからだ。
「ライムが作った武器、すごいわね」
魔力の扱いに長けた者は、自らの体を使って戦うことが当たり前である。その動きに耐えられる武器を作れないからだ。
防具はある。例えば騎士団の鎧。あれは魔力を弾く素材が使われており、ある程度の攻撃を無力化できる。正直、あの鎧だけが懸念だったけど──
「この剣なら、鎧ごと消し炭にできるかも♪」
* * *
「……ここよね?」
あたしはライムが開発した「現在地分かるくん」を見た。
手のひらサイズの魔道具に特殊な波長の魔力を流し込むと三つの値が表示される。これは組織の本拠地にある親機との距離を示しており……要は今居る場所が分かる。
森の中にある村。
恐らく魔族が隠れ住んでいたのだろう。
あちこちに荒らされた形跡がある。
しかし、死体がどこにも見当たらない。
「ルビィ達は、どこ?」
──瞬間、爆発音。
あたしは考えるよりも先に動いた。
青の魔力を制御して体感時間を縮める。
今のあたしは、一分くらいなら、本気のイロハと同じ時間を生きることができる。
(間に合って)
時間にして十数秒。
距離、およそ一キロ。
(見つけた)
ルビィが一人の男と戦っている。
(まずは観察)
鎧は無い。騎士団じゃないの?
魔力は緑……いや、混合魔法か。厄介そうね。
他の二人はどこ?
道中、死体は無かった。別の場所で戦っている?
(ひとまず、止める)
イロハ直伝、瞬間移動。
あたしは足に赤と緑の魔力を込め、一気に爆発させた。
「そこまでよ」
二人の間に入り、敵に向かって剣を振り下ろす。
(……避けられたか)
剣が地面を抉り、土煙を舞い上がらせた。
もちろん狙ってやったことだ。回避された場合に時間を稼ぎたかった。
(さて、どうしようかな)
目的はルビィ達の回収。
しかし相手がそれを許してくれるかどうか。
「ひゅぅっ、速ぇっ!」
土煙の向こうから愉快な声が聞こえた。
随分と余裕ね。とても強そうで嫌になるわ。
「ボスぅ! こいつがイーロンかァ!?」
あたしは即時撤退を決意する。
ルビィの手を引き、全速力で後退した。
「ふむ」
「っ!?」
目の前に誰かが現れた。
咄嗟に足を止め、後ろに跳ぶ。
(……?)
何か違和感を覚えた。
その答えが出ないまま土煙が晴れ、二人の人物が見えた。
「彼女は女性だ。イーロンではない」
「アァンだよォ!? チッゲェのかよぉ!?」
(……最悪ね)
「スカーレット様! あいつが、あいつがぁ!」
「黙りなさい」
背中のルビィに声をかけ、剣を構える。
ボスと呼ばれた男。彼には見覚えがあった。
(……さて、どうやって逃げようかしら)
ムッチッチ王国に潜入する前、ノエルから言われた。
絶対に戦ってはダメな敵が一人だけ存在する。その人物が、目の前に居た。
キング・オブ・ムッチッチ。
こんな場所に居るはずのない存在を見て、剣を握る手に嫌な汗が滲んだ。
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