2-3.バーグ家の秘術

* リリエラ・バーグ *


「……ここは?」


 ぼんやりと意識が覚醒した。

 周囲を見る。狭くて、汚くて、暗い場所だった。


「……あれ?」


 動けない。

 手足に何か抵抗感がある。


「……ああ、そうだった」


 ここは王都の地下にある牢獄。

 私は魔力を封じる鎖に手足を拘束され、囚われている。


 今から半年くらい前のこと。

 息子の「おはよう」が聞けないショックで寝込んでいると、大きな爆発が起きた。何事かと体を起こし、廊下の窓から外を見た。


 私は王国騎士団を見た。

 直ぐに地下室へ向かって大切な資料を鞄に詰め込む。


 私は家族を見捨てて逃走した。

 何も知らない使用人達を考えると心が痛む。だけど、バーグ家の秘密を守ることが最優先だった。


 バーグ家には秘密がある。

 表向きは、魔族の末裔として忌み嫌われながら、王国に貢献することで地位の向上を目指す田舎貴族。だけど本当の顔は全く違う。


 私は、その秘密を息子に話せなかった。

 だってだって可愛いんだもの。あんなに純粋で真っ直ぐな子に、こんな運命を背負わせるなんて、そんなことできない!


 私は思ったの。よく考えたら使命とかどうでも良いんじゃないかしら。ご先祖様達が必死に頑張ったみたいだけど、彼らはもういないじゃない。無視しても怒られることは無いはずよ。


 ──だから、これは罰なのかもしれない。

 バーグ家の秘密は無視できる程に軽いものではない。


 でも私は息子の方が大事。

 息子の幸せは世界の命運よりも重いのだ。


(……あの子は、元気かしら)


 この牢獄に囚われる前のこと。

 私は潜伏先を割り出され、一生懸命に抵抗したけど、一人で国を相手にするのは無理だった。多勢に無勢。私は七日目に力尽き、囚われた。


 あの子が本気になれば、ムッチッチ王国を簡単に滅ぼせる。

 でも、この国はまだ滅んでいない。だから息子は狙われていないはず。


(……もしも、あの子に何かあったら)


 不安に思った瞬間、音がした。

 私は顔を上げる。そして、懐かしい顔を見た。


「久しいな」

「……あら、大きくなったわね」


 華美な服装をした男。息子には遠く及ばないけど、まあそれなりに女の子を泣かせそうな容姿をしている。その姿には、幼い頃の面影が残っている。


「王様の仕事に疲れて、盗賊に転職したのかしら?」

「ふっ、その減らず口も相変わらずだな」


 キング・オブ・ムッチッチ。

 その古代語が意味するのは、偉大なる存在の頂点。


「バーグ家の秘術を教えろ」

「……特製ハンバーグの作り方かしら?」

「余は気が短い。貴様の戯れに付き合うのは、今のが最後だ」

「へぇ? 次にふざけたら何をされるのかしら?」


 彼は胡散臭い笑みを浮かべる。


「貴様が最も嫌がることをしよう」

「……やめて。私、人妻なのよ」

「イーロンだったか? 中々に愉快な青年だった」


 ……。


「良い顔になった」

「あの子に手を出したら許さない」

「貴様の態度次第だ」


 ……。


「……何が聞きたいの」

「ふっ、くふふ、くふふふ」


 何こいつ急に笑い出して……。


「あのリリエラ・バーグが、随分と子煩悩になったものだ」

「あなたにも子供ができれば分かるわよ」


 彼は私の嫌味を聞き流し、ひとしきり笑った後で言った。


「時を戻る魔法」


 私には、その一言で十分だった。


「……どうやって知ったの?」

「余を歴代の愚王達と同じにするな。手段など、いくらでもある」


 お互いに先祖を軽んじているのね。

 そんな軽口を呑み込む程度には衝撃だった。


 私は口を閉じて思考する。

 この場における最善の手は何か。


「構わないわよ。全部教えてあげる」

「……ほう?」


 その表情に微かな驚きの色が浮かぶ。

 私は彼に考える時間を与えず、選択を迫ることにした。


「私、息子が幸せなら他のことはどうでも良いの」


 彼は何も言わない。

 顎に手を当て、何か考えている。


「あなたがバーグ家の秘術を使えば、今の歴史は固定される」


 表情ひとつ動かない。

 どうやら時戻りのデメリットを知っているようだ。


「私にとっては、息子との日々を永遠に繰り返せるということ。万々歳よ」

「異世界の魂を使う」

「っ!?」


 しまった、驚きが顔に出た。

 彼はそれを見逃さず、嫌味ったらしい表情をした。


「時を戻る魔法は、記憶さえも元に戻す。故に、歴史を改変することは難しい。だがその副作用は、この世界に生まれた魂にだけ作用する」


 ……こいつ、一体、どうやってその知識を。


「余は全て知っている。貴様が、息子の体に異世界の魂を入れたこともな」

「入れてないわよ」


 本当に入れてない。

 誰がするかそんなこと。


「彼は我が愚息に決闘を仕掛け、聖女を奪い取った。だから余は彼に問うた。聖女を得て、何を為すのかと。彼は言った。何も変わらない。実に愉快な回答だったよ」


 それはきっとあれね。

 成り行きで決闘することになっちゃったけど、その先なんて考えてなかったのね。


「貴様、余の秘密をどこで知った?」

「知らないわよ」

「いつ知った、と聞いた方が良いか?」

「だから知らないわよ」

「とぼけるな。貴様が息子に教えたのだろう」

「だから知らないと言っているでしょう」

「何も知らぬ者が、あの言葉を口にできるわけがない」

「ただの偶然じゃないかしら」

「ふむ、あくまで白を切るか。まあ良い。ならば口を軽くしてやるだけだ」


 彼は踵を返した。


「待ちなさい。息子は本当に何も知らないわよ!」


 彼は私の声を無視して歩く。

 そしてドアを開けると、去り際に言った。


「貴様の公開処刑を宣言した。喜べ。近いうちに、息子と会える」

「だからあの子は何も! ……話を聞きなさいよ!」


 彼は私を無視して部屋を出た。


「くっ、この!」


 息子に危険が迫っているかもしれない。

 何も知らない息子を守れるのは、私しかいない。


「もう!」


 しかし、魔力を封じられては、何もできない。


「……どうなってるのよ」


 彼は息子が何か知っていると確信している様子だった。

 それはありえない。だって私は何も教えていない。あの子は無邪気で、純粋で……。


「そう思っていたのは、私だけなの?」


 呟かれた言葉に返事は無い。

 それは狭い牢獄の静寂に吸いこまれ、不安だけを残して消え去った。



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