5話で垣間見える魔王の片鱗編

05.ウチ、泣く

 ムッチッチ王国は海に面している。

 沿岸部には巨大な橋があり、とある場所と繋がっている。


 学園都市チムチム。

 かつて大賢者チムチムが建設した人工島である。


 この島は王国各地の子息令嬢が通うチムチム学園の為に存在しており、学園の関係者以外は足を踏み入れることが許されない。


 検問を抜けた後、ウチは心を無にして案内に従った。

 そして、いつの間にかパーティ会場みたいな場所に立っていた。


「おめでとう。君達は選ばれた者達だ」


 誰かが良く通る声で言った。

 ウチは声が聞こえた方に目を向ける。


 見つけた。赤いカーペットが敷かれた豪華な階段の踊り場。制服を着た若い男が一人、どこか誇らしげな表情で新入生達を見ている。


「私の名は、マタシターガ・ムッチッチ。我が国の第一王子であり、君達と同じ新入生でもある。此度は新入生の主席として、このパーティを運営する栄誉を賜った」


 ウチは吐きそうだった。

 あいつ知ってる。聖女ノエルの愉快な仲間一号だ。


 前世のウチは記憶力ダメダメだったけど、このゲームは毎日プレイして、千回以上クリアした。重要な人物とイベントくらいは覚えている。


 チムチム学園は三年制。

 ウチがぶっ殺されるのは三年生の時。


 ゲームのイーロンは、三年間を通して聖女ノエルと愉快な仲間達に喧嘩を売り続けていた。思うに、彼は向上心が強かったのだ。弱肉強食の貴族社会で成り上がるため、がんばったのだ。


 でもやり方が悪かった。

 彼は敵を作り続け、最後はぶっ殺される。


 ウチは深く息を吸い込んだ。

 それから震える手を握り締め、頭の中にキーワードを思い浮かべる。


 目立たない。関わらない。生き延びる。

 主人公達に嫌がらせをする悪役ではなく、有象無象のモブとして、無事に卒業する。それがウチにとって最も重要なことだ。


 作戦を考えた。

 題して、図書籠り大作戦。

 

 貴族は力こそパワーだけど、知恵のある者が全く評価されないわけではない。利益を生み出す研究者は、そこそこ丁重に扱われる。


 ウチは図書室の妖精になる。

 研究者志望であることをアピールして、野蛮な世界から遠ざかるのだ。


 ふふ、完璧。

 今のウチは賢いのだ。


「最後に、彼女を紹介させて頂きたい」


 王子が階段の上に目を向けた。

 ウチは彼の視線を追いかけて、そいつを見つけた。


(……聖女ノエル!)


 銀髪白眼の悪魔。

 絶対に関わっちゃダメな相手。


「知っての通り、魔力には色がある。基本は赤青緑の三色。扱える色は、生まれ持った才能によって決まる」


 悪魔がゆっくりと階段を下りる間、王子は語る。


「最も希少な色は白。我々の文明が大きく発展する時、その影には必ず白魔法の存在があった。白魔法の使い手は百年に一度、女性にしか現れない。白魔法の使い手は、いつしか聖女と呼ばれるようになった」


 へぇ、そんな設定あったんだ。

 ウチは沢山の本を読んだけど、白魔法に関する記述は一度も見たことが無い。気になる。後で図書館に行った時、調べてみようかな。


「紹介する。彼女はノエル。平民だが、白魔法を扱うことができる。だからチムチム学園に入学することを許された」


 悪魔は王子の横に立ち、上品な一礼をした。

 それからゆっくりと頭を上げ、新入生達に微笑みを見せる。


 一瞬、目が合ったような気がした。

 違う。自意識過剰。ウチがビビってるだけ。


 聖女ノエルはウチのことを知らない。

 大丈夫。関わらなければ勝ち。ぶっ殺されることはない。


 目立たない。関わらない。生き延びる。

 目立たない。関わらない。生き延びる!


「王室は聖女を迎え入れることにした」


 王子が呟くような言葉を口にした。

 その直後、パーティ会場はざわついた。


「今ここに宣言する!」


 王子は声を張り上げた。

 とても迫力のある声を聞き、パーティ会場は静まり返った。


 ウチは、なんか涙が出た。

 赤ちゃんに戻る前、ぶっ殺された時のことを思い出したからだ。


 逃げるウチ。迫り来るノエル達の足音。

 そして、殺意ムカ着火インフェルノな王子の叫び声。


『逃げても無駄だぞイーロン・バーグ! 私は貴様を絶対に許さない! 地の果てまで追いかけ、必ずその首を落とす!』


 大丈夫。今回は大丈夫。

 目立たない。関わらない。生き延びる。目立たない。関わらない。生き延びる。目立たない。関わらない。生き延びる!


「あらためて、宣言する」


 王子は静かな声で言い直す。


「この私、マタシターガ・ムッチッチは、聖女ノエルと婚約する」


 パーティ会場から「おぉぉ」という感嘆の声が上がった。

 王子は満足そうな表情を見せる。


「そして!」


 声を出したのは聖女ノエル。

 彼女は王子と打ち合わせをしていなかったようで、王子は不思議そうな表情を彼女に向けた。


「聖女ノエルは、この婚約を破棄します!」


 パーティ会場は静まり返った。

 きっと誰もが王子のようにぽかんと口を開ける中、聖女ノエルは満面の笑みを浮かべ、なぜかウチの方を見た。


「わたくしには、心に決めた殿方がおります」


 こんなイベント知らない。

 もちろんウチが忘れてるだけかもしれないけど……いや、流石にこれは忘れない。こんな衝撃なイベントを千回以上も見て、忘れるわけがない。


「ノエル? 何を言って……」


 彼女は王子の言葉を無視して歩き出す。


「おいっ、待て!」


 王子は彼女を追いかけた。

 しかし、まるで見えない壁にぶつかったかのように仰け反った。


 彼女はウチの方を見ながら真っ直ぐ歩いた。

 新入生達は「関わりたくない」というオーラを発しながら道を開ける。ウチも皆に倣って道を開けた。


 トンッ、と足音がした。

 聖女ノエルがウチの目の前で足を止めた音だ。


「ずっと、お会いしたかった」


 違う。違う。ウチのことなんか見てない。多分、後ろに誰か居る。

 

「イーロン・バーグ様!」


 なんで手を握られたの?

 やめて。待って。噓だと言って。


「いいえ、イッくん様!」


 ウチは刹那の瞬で理解した。

 イーロン・バーグを「イッくん」と呼ぶ者は、この世界に二人しか存在しない。母上さまと、そして……。


「……ノエルは、金髪の貴族じゃなかったっけ?」

「まぁ! わたくしのことを覚えていてくださったのですね!」


 目立たない。関わらない。生き延びる。

 その言葉を頭に思い浮かべながら周囲を見る。


 唖然とした様子の新入生達。こちらを睨み付けているマタシターガ・ムッチッチ王子。そして、満面の笑みを浮かべた聖女ノエル。


 手遅れだ。取り返しのつかない事態になった。

 ウチは心の中で天を仰ぎ、虚空を見つめながら呟いた。


(……終わりだ)


 拝啓、母上さま。先立つ不孝をお許しください。

 イーロン・バーグは、未知のルートに突入したようです。

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