1話で終わる学園回避編

04.ウチ、ダメだったよ……

 貴族には多くの義務がある。

 例えば、十五歳になった子供を学園に送ること。


 今日は十四歳の誕生日。

 ウチに残された時間は、あと一年しかない。


 厳しい修行を続けた。

 今のウチは結構強いと思う。


 だけど絶対的な自信は無い。

 聖女達にあっさりぶっ殺される可能性を否定できない。


 仲間を作ることはできなかった。

 金髪のノエルとは一回も会えず、他の子供とは仲良くなれなかった。


 ウチは友達作りが苦手みたいだ。

 何がダメだったか分からないけど、いつも相手から壁を感じていた。


 ウチは十歳くらいで仲間作りを諦めた。

 多分これは呪いなのだ。赤ちゃんに戻る前、ウチは三ヵ月の学園生活を過ごした。その間、聖女ノエルにメッチャ媚びた。でもぶっ殺された。


 やっぱり強くなるしかない。

 ゲームバランスが壊れる程の力を手に入れたら万事解決。


 でもそれは、どの程度の力なのだろう。

 分からない。分からないことは恐怖だ。恐怖は精神を蝕み、ウチに悪夢を見せた。


 それは赤ちゃんに戻る前の記憶。

 剣で貫かれた痛み。追われる恐怖。耳に残る怒声。


 嫌だ。マジ無理。死ぬの無理。

 ウチは必死に考えた。そして、革命的なことに気が付いた。


「学園、行かなきゃ良くね?」


 

 *  *  *



 書庫なう。

 ウチは貴族制度や学園に関する書物を積み上げ、片っ端から読んでいた。


 読書めっちゃ好き。

 前世のウチは1ページ前のことを覚えられないから、本を読むとか無理だった。


 でもイーロン・バーグは違う。覚えられる。

 だからウチは、厳しい修行を続けながらも毎日書庫に通っている。本を読み切れることが楽しい。しかも、日々進化してる。最初は印象的な部分しか覚えられなかったのに、今は一回読めば全部覚えられる。


 ウチが住んでるのはムッチッチ王国。

 ムッチッチ。かわいい響きだけど意味は「偉大なる国」とかそんな感じ。初代国王ムッチと初代女王チッチの名前が使われている。


 ウチが知ってる名前は、イーロンとかノエルみたいに、前世でも違和感が無い音をしている。でも昔の人はムッチッチ。実は当時の言葉は「古代語」と呼ばれている。長い歴史の中で言語に変化があったようだ。


「……ふふっ」


 ウチ、今うんちく語ってる。これは前世でやりたかったことのひとつ。そのうち、お友達を相手にも語ってみたい。……お友達、一人もいないけど。


 さておき、ウチは今がんばって考えている。

 貴族制度の成り立ち。目的。そして、この世界について。


 この世界は物騒。

 母上さまが言った通り、死因の九割が他殺。


 おかしくない?

 人類どうして滅ばないの?


 答えは貴族制度だと思われる。

 貴族制度が現れたのは三代目国王ムチムッチの時代。


 当時、ムッチッチ王国は魔族と戦争を繰り広げていた。

 魔族めっちゃ強い。魔力と寿命が人族の三倍くらいあるっぽい。


 一番の特徴は、赤い瞳。

 うっ、なんだろ。頭が痛い。


 不思議な記憶が脳裏に浮かんだ。

 母上さまの瞳が、赤色だったような……。


 違う。母上さまはウチと同じ黒髪黒目。

 多分ウチの記憶が混濁しているだけだ。


 話を戻す。

 

 この世界における戦闘は、魔力によって勝敗が決まる。

 幼児がグーパンで岩を砕ける世界なのだ。筋肉なんて飾り。


 人類は魔族に勝てない。

 だけど、たまーに例外が現れた。


 例えば、大英雄メッチッチ。

 彼女は魔族の大群に匹敵する力を持っていた。


 魔族は逃げた。

 メッチッチの寿命が尽きるのを待つことにしたのだ。


 三代目国王のムチムッチは考えた。

 やばいじゃん。メッチッチ死んだらウチら滅ぶじゃん。


 ムチムッチは何らかの制度を生み出す必要があった。

 それが貴族制度。下剋上ウェルカム。強い者が上に立ち続け、富を貪る。仮に平民が不満を覚えたならば、貴族に決闘を挑み、ぶっ殺せば良い。決闘は国が管理する。要するに、推奨されている。


 弱い貴族はぶっ殺される。

 実にシンプルな弱肉強食。


「……うーん」


 魔族と戦争していた。英雄メッチッチが現れ、魔族による侵略が途絶えた。その後に貴族制度が生まれた。それは現代まで続き、国が決闘を管理している。


 以上が事実。

 貴族制度の目的──強い者を生み続けるため──については、ウチの想像である。


「……情報が少ない」


 貴族制度に関する記述が極端に少ない。

 具体的には、三代目の時代に生まれたことしか分からない。


「……魔族に関する情報も少ない」


 なんか違和感がある。

 ウチが考え過ぎてるだけかな?

 

「まあいいや」


 ウチは頭を切り替える。

 次の議題は学園について。


 ゲームの世界では、強くなることが目標だった。

 恋愛とか無い。ひたすら主人公を育成することが目標のゲーム。三年目のイベントで悪役のイーロン・バーグをぶっ殺せばクリア。確かそう。多分そう。覚えてない。


 この世界でも学園は生徒を強くするために存在している。

 例えば、大会という名目の殴り合いが頻繁に開催されるのだ。


 野蛮過ぎる。絶ッ対に行きたくない。

 ウチが身体を震わせた直後、ドンッ、と書庫のドアが開いた。


「イーロン! 探しましたよ!」

「母上さま? どうかされましたか?」


 流石に十四歳。ママ呼びは卒業した。

 ウチじゃない。母上さまの方が卒業した。


「朗報です」


 母上さまは得意気な顔をした。

 年々悪役っぽい顔つきになるウチとは違って、母上さまは老けない。かわいい。


「じゃーん! 学園からの招待状が届きました!」

「えっ」


 マヂ無理。捨てて。要らない。


「母は感動しました。快挙です。バーグ家として初めて子供を学園に送り出せます。これもきっとイッくん、いえ、イーロンの努力が認められたからですね」

「えっ」


 子供を学園に送ることは、貴族の義務じゃないの?

 でも、バーグ家として初めて? それって、つまり……。


「ウチ、本当は学園に通えなかった?」

「そうよ! でもママがいっぱい営業したおかげで……いいえ、あなたを見た大貴族の方が推薦してくれたおかげで、通えることになったのよ!」


 ウチは頭が真っ白になった。


「うふふ、喜びで言葉も出ないのね」


 母上さまは嬉しそうな声で言う。


「学園に通うこと。それは上位の貴族として認められた証。最大級の名誉です。勉強熱心で賢いイーロンのことですから、もちろん知っているでしょうけどね」

「えっ」


 ごめん知らない。

 書庫の本だいたい全部読んだけど、そんな記述無かったよ?


「今夜はお祝いね!」

「待って!」


 ウチは全力で母上さまを止めた。

 既に踵を返していた母上さまは、キキッと床を鳴らしながら振り向いた。

 

「どうしたの? 料理のリクエスト?」


 ウチの脳細胞が活性化する。

 今ここで母上さまを説得できなければ、学園を回避できない。これまで身に付けた知識、思考力、あれこれ総動員して、この窮地を──


「母上さま……?」


 涙。なぜ?

 ウチは思わず思考が止まった。


「あら、ごめんなさい。嬉しくて」


 母上さまはハンカチで涙を拭う。


「イーロンなら大丈夫です。必ず優秀な成績を残せます。しばらく会えなくなるのは寂しいですが、母は、あなたの活躍を心から願っています」


 ……。


「ごめんなさい。あなたが喋る番でしたね」


 ……。


「わーい」


 無理じゃん。


「うれしー」


 こんな嬉しそうなママに学園行きたくないとか言えないじゃん。


「がんばるー」


 こうして、ウチは学園に通うことが確定した。

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