第26話


「どうだった首尾は」


 膳屋籐兵衛ぜんやとうべえ雷白らいはくに尋ねる。

 期待した目を雷白らいはくを見ている。その横で籐八郎とうはちろうは腕組みをしたまま答えるように促した。雷白らいはくは嬉しそうに答える。


「いやぁ、いい女をあてがわれまして、氷雨ひさめとかいう女でした。たっぷり一刻かけて堕としてやりましたよ」


 昨日の余韻が残っているのか、目は遠いところを見ている。籐兵衛とうべえは目を見開いて喜びを口元に表した。


氷雨ひさめだって? 

太夫たゆうじゃないか。そしたら氷雨ひさめはもう使い物にはならないということか?」


 籐兵衛とうべえが嬉しそうに動き回る。


「あれだけやりゃぁ、もう駄目でしょうな。今頃は対応に追われている頃でしょう。けへへへへ」


 雷白らいはく下卑げびた笑い声を出す。完全に成功したという顔をして、籐八郎とうはちろうの方を見る。

籐八郎とうはちろうは無表情で黙っている。

雷白らいはくがうれしさを押し殺し、真剣な顔つきになる。


籐八郎とうはちろうの旦那、何か問題でも……」


 無表情で座っている籐八郎とうはちろう雷白らいはくが近づいて行く。

表情を崩さずに籐八郎とうはちろうは答えた。


喜瀬屋きせやは混乱はほとんどしていない。前回の件で対応がうまくなっている。早朝居合わせた客には相当、金を握らせたようだ。

いまだに江戸の噂にはなっておらん。

それに医者が入ったのも確認した。以前暴れさせた女を検死した医者だ。奉行所直轄の医者だな」


 そこで一息ついた。

雷白らいはくの顔は真っ青になっていた。

失敗したのかという焦りの表情が浮かび、その後の自分の運命を想像しているようだ。

籐八郎とうはちろうはふっと笑って雷白らいはくに声を掛けた。


「安心しろ、雷白らいはく。別に失敗したわけではない。

今、配下の者達がそれとなく江戸中に噂をばらまいておる。今日の夕刻には瓦版になるだろう。

それより雷白らいはくにはやってもらうことがある」


 籐八郎とうはちろう雷白らいはくへ近くへ来るように手招きをした。そして何かを耳打ちする。

雷白らいはくは頷くとすくっと立ち上がり、急ぎ足で外へ出て行った。


膳屋ぜんやさん、約束通りここを拠点として、動けるようにすること、お忘れなきようお願いします。

それと手下達にあてがう女達の手配もお願いしますよ。器量の良いのをお願いします。また駒として使いますので」


いつもの商人の姿に変装すると、籐八郎とうはちろうは頭を下げて膳屋ぜんやを後にした。


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 時雨しぐれ氷雨ひさめが幽閉されている座敷牢ざしきろうの中にいた。

 氷雨ひさめは今、眠っている。

時折身体をきむしろうとするが手足を縛られているのでごろごろと身体を動かすだけだ。時雨しぐれ氷雨ひさめの髪を撫で、うなじの辺りを撫でた。

一瞬違和感が走る。

時雨は氷雨の手足の戒めを解き、着物を脱がせる。遣手婆やりてばばや若い者達から非難の声が上がる。


「うるさいなぁ、対処はするから黙ってくれないかい」


 時雨しぐれの雰囲気が変わり、遣手婆やりてばばと、若い者達が後ずさる。

 一人の若い者が上に駆け上がってゆく。

その様子を気にも留めず、時雨しぐれは全裸になった氷雨ひさめの身体をじっくりと観察する。

何カ所かに手を当て、うんうんと頷いている。

そこに勘左衛門かんざえもんが降りてきた。


時雨しぐれ、何をしている?」


 勘左衛門かんざえもんを見た時雨しぐれは手招きをする。

また、そのまま氷雨ひさめの身体に目を落とす。

 勘左衛門かんざえもんはやれやれという感じで座敷牢ざしきろうの中へ入り、時雨の横に腰を下ろした。

 時雨しぐれは、首筋と大腿の内側、そして乳房の先端を指さした。しかし、勘左衛門かんざえもんには特に変化はないようにしか見えなかった。


「いったい何だと言うんだい?」


 勘左衛門かんざえもんは分からないという表情を浮かべた。

時雨しぐれ勘左衛門かんざえもんの手を取り氷雨ひさめの首筋と大腿の内側をそっと、ゆっくりと撫でさせる。そこで、勘左衛門かんざえもんの顔色が変わった。


「針……か?」


時雨しぐれは黙って頷いた。

それは普通に見ただけでは分からないほどの針の痕だった。


「先生を呼び戻せ!」


勘左衛門かんざえもんが大声で若い者に指示を出す。

若い者達の一人はすぐに外へ走り出した。勘左衛門かんざえもんはもう一度針の痕に触れ、他にもないかを時雨しぐれと共に確かめていった。


 

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