時雨太夫(通常版)

第20話

　真之介（しんのすけ）達三人は早足で歩いていた。

　亜紀（あき）は気丈にも音を上げることはない。

　何度か廊下を曲がった時、塀の上に立つ四人の人影が見えた。四人が矢をつがえ、次々に放っている。それは途切れることはない。そして庭先では矢の方向に進む、先程の曲者達と同じ格好をした者達が走ってゆく。

暮色（くれいろ）の装束を着た者達は十名を越えていた。

そして一人だけ巨大な長刀（なぎなた）を持った男がゆったりと歩いて行く。長刀（なぎなた）の刀身だけで二尺以上はある。

　真之介は二人の動きを片手で制した。このまま進むと弓で狙い撃ちされる。暫く様子を見るしかなかった。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

　離れでは兼房（かねふさ）の正室である豊（とよ）を中心に攻防が続いていた。側仕えの護衛の者はまだ健在だったが、屋敷自体の警護の者はほぼ討ち死にしていた。

特に弓が強力だった。

　当たれば即死に近い。明らかに即効性の毒が塗られていた。屋敷警護の者は次々と討ち取られた。また素破と思われる集団もかなりの手練れだった。特に目を引いたのが大長刀を持つ男だった。

　槍術の手練れ数名が一瞬にして葬られた。時任（ときとう）家の若侍でもかなり腕の立つ者ばかりだった。

　もう、戦力と呼べるのはお豊とその周りにいる六人の女中のみである。飛んでくる矢はすべてお豊（とよ）が斬り落とし、近づいてくる者は女中達が二人一組で対応していた。

（う～ん、手詰まりだな。それに兼盛（かねもり）の方も気がかりだ。どうしたものか……）

　お豊（とよ）は飛んでくる矢を捌（さば）きながら状況を整理していた。正直、お豊（とよ）にとっては六人の女中が邪魔だった。一人なら話は早いと思っている。

（身体動くかな？）

　お豊（とよ）は首を鳴らした。一人を撃退した女中二人に声を掛ける。

「討たれた者達の短刀を集めてまいれ……」

　二人の女中はすぐに数振りの短刀を持ってきた。

お豊は長刀（なぎなた）を片手に持ち替える。

「みな、下がれ！」

　その声と同時に短刀を持つ女中以外が、お豊の後ろに引いた。ここぞとばかりに四本の矢と三人の曲者がお豊（とよ）に迫る。

長刀（なぎなた）が一回転したとき、矢はすべて逸れ、三人の曲者達は斬り倒されていた。

　片手で女中のもつ短刀の刃を掴み投げる。短刀は、矢を放っている先頭の男の首に突き刺さった。続けて二本目が眼、三本目が肩に刺さる。一人が塀の上から落下した。

　「次っ！」

　女中が慌てて抜き身の短刀を持ってくる。それを掴むと同じ要領で弓を持つ曲者達を次々と仕留めていった。

あと一人となったとき、短刀が尽きた。

　目の前に残っている曲者は大長刀（おおなぎなた）の男と弓使いが一人、刀を持った者が五人となっていた。

　その時横から短槍が飛び、弓使いの身体を貫いた。弓使いは身体を震わせ　ばたばた　と身悶えしながら塀から転げ落ちた。そのまま動かなくなる。槍が飛んできたところから、桂真之介（かつらしんのすけ）が飛び出してきた。

そのまま大長刀（おおなぎなた）の男に肉薄する。

　真之介（しんのすけ）の打ち込みを大長刀（おおなぎなた）の男が軽く受け流す。これにはお豊（とよ）も【ほぅ】という驚いた顔をした。

真之介（しんのすけ）は時任（ときとう）家の武術指南役でもある。その男の横からの不意打ちを長物（ながもの）で軽く受け流したのだ。

　それを見たお豊（とよ）は庭先に降り立った。

　曲者で残っていた五人が一斉に飛びかかる。五人はまとまって塀に飛ばされていた。漆喰（しっくい）の塀にひびが入る。立ち上がろうとする五人を、残った六人の女中たちが長刀（なぎなた）で切り倒し、毒の刀で止めをさす。

　真之介（しんのすけ）と大長刀（おおなぎなた）の男はすでに打ち合っていた。真之介（しんのすけ）の方がやや不利のようだ。

大長刀（おおなぎなた）の斬撃に防戦一方となる。

（なにやってるんだか、これが終わったら稽古でもつけてやるかな）

　お豊（とよ）は無造作に二人に近づいて行った。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

　二人は楽しそうに打ち合っていた。だが徐々に真之介（しんのすけ）は押し込まれていた。

「はっは、あんたすげぇなぁ。この大長刀（おおなぎなた）にその刀でここまでやるとは！」

そう言いながら上下左右、石突きと斬撃と打撃を打ち込んでくる。真之介も自分の持つすべての技を出し、応戦していた。

「得物がでかいから見切りやすいんだよ！」

　真之介（しんのすけ）は減らず口をたたきながら自分の持つ刀をちらりと見る。耐久力が限界にきていた。それは刀身だけではなく柄の方にも影響がでていた。

「桂様、助太刀は！」

真之介（しんのすけ）が出てきたところから右手を失った亜紀（あき）が、兼盛（かねもり）をかばうように出てきた。

（まずい！）

　真之介（しんのすけ）は二人に出てこないように指示していたが、苦戦しているとみられたようでしびれを切らし出てきてしまったようだ。

「奥へお引きください！」

　真之介（しんのすけ）が視線を逸らした瞬間、刀が折れた。当たり所が悪かったらしい。

次に襲ってきたのは強烈な打突だった。石突（いしづ）きが真之介（しんのすけ）の鳩尾（みぞおち）に喰い込んだ。そのまま、縁側まで吹き飛ばされる。

「おぉ、標的がのこのこ出てきてくれたか、これなら兄貴を呼ばなくて済むなぁ」

　大長刀（おおなぎなた）の男はそのまま三人に近づいてゆく。慌てて六人の女中達が兼盛（かねもり）の方へ走り出した。

　突然中庭にぬるい風が起こった。

それは瘴気を含んだように吐き気を催すような空気だった。大長刀（おおなぎなた）を片手に兼盛（かねもり）達に近づいていた男の足が止まった。女中達も足を止める。正確には動けなくなっていた。

その瘴気（しょうき）の中央にはお豊（とよ）が立っていた。