第4話



 ある日、孤児院の裏庭からメリルの声がして僕はこっそりとその様子を伺った。


 どんな修行をしているのだろうかと。


 1ヶ月後の勝負。

 メリルはやっぱりすごい。

 僕が何年もやってることをすぐにできるようになってしまう。


 今なら大人たちの言ってたことがわかる。


 あの子は『天才』だ。


 生まれながらにして全てを与えられたのだ。

 だから、少し焦る。


 彼女の技量は僕とそこまで変わらない。

 だけどもしゼロお姉さんが素晴らしい指導者だったら?

 1ヶ月もあれば彼女は僕の知らないことを吸収してものにしてしまう。

 それだけ早い速度で成長している。


 だけど、もし強くなれる要素が一つでもあって、それを見れるなら見てみたいと思い、様子をしばらく伺った。


「………っしっ!!」


「ほいっ!」


 メリルがやっていたのは居合というものだった。


 鞘は自分で作ったのだろう。

 不恰好なものが腰に刺さっている。


「うーん。対人は2人とも初めてだからね。勝負っていうのは何事も速く攻撃した方の勝ちなんだよ。いくら剣の技量がすごくてもさ、先に攻撃しちゃえば関係ないわけ!だから!らいとくんに勝てるのはこの居合!ふふふっ!楽しみぃ!」


(…たしかにそうだよね。速く当てればいいんだ)


 どこかモヤが晴れた雷兎は裏庭から離れて木剣を振った。


(居合は横薙ぎ…間合いを考えると……突きだ)


 僕はその日からひたすら速く、力強く突きの練習を始めた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「もういいよ」



 ゼロお姉さんがそう言った瞬間、メリルは目前から消えて背後にいた。

 そして放たれた鋭い居合。


 ゼロはそれを指一本で止める。


 いとも簡単に止められたメリルは少し不服そうだったが、剣をしまって疑問を投げかけた。


「これでよかった?」


 鈴のように響く透き通った綺麗な声。


「うん、満点!」


「でも…隠してていいの?」


「いいのいいのー!勝負の世界は残酷だからね!まぁ…らいとくんにはちょっと悪いかなぁって思うけどね。でも技量が同じぐらいなら違うこと教えないと勝てないんだもーん」


 ゼロはこの天才を認めていた。

 そしてらいとのことも認めていた。


 子どもながらにしてあの剣筋、そして胆力。

 憧れを持続させるその魂は、なかなかいるものじゃあない。

 しかし、選んだのはメリルだった。


 この子は正真正銘の天才。

『英雄』の器。


 勝負しようと言い出した2ヶ月前からこの子には縮地という移動方法を教えていた。

 そして準備をした。

 この子の一歩目をどうするかいっぱい考えて…私の脳にはもうメリルしか写っていなかった。


 しかし、どういうわけからいとくんがそこに入ってくる。

 あの子には何も感じないけれどいつの間にかそこにいる。


 もしかしたらあの子もちゃんと教えれば化けるかもしれない。

 だけど………ここにとんでもない化け物がいる。

 私は、一目見た時、運命を感じた。

 この子なら私と張り合えるかもしれない。

 最強になれるかもしれない。


 メリル自ら剣を教えて欲しいと言ってきた時は興奮のあまり少し失禁したほどだ。

 らいとくんには感謝しても仕切れない。


 メリルに剣が楽しいと伝えてくれたこと。

 それがきっかけとなり、この子の才気が解放されたこと。


 ーーー次代の『英雄』の誕生ーーー


 まだまだ先の話ではあるがきっちりとステップを踏ませ、いつかは……


 私と対等な存在になってもらう


 そのための一歩目。

 そして踏み台は



 ーーーもう見つけたーーー




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昔から何をしても人より速くできたし要領もよかった。客観的に見ても容姿だって恵まれており全てが完璧だった。


 だけど私には何もなかった。

 なんでもできてしまうから、何をしても続かなかった。


 好きだったテニスも優勝したら気持ちがプツンと終わってしまった。


 毎日楽しくなくて、でもみんなは私を褒めて輪の中心に迎え入れる。


 あの子は1人でいいなってずっと思ってた。


 同い年のらいとくん。

 話したことはないけど、その日は何も考えずに話しかけた。


「剣って楽しい?」


 ーーー楽しいよーーー


 実際に輝いていた訳じゃない。

 でも眩いほどの光を放っていたらいとくんの姿にあてられ、私もやってみようと思った。


 そう遠くはない過去の記憶。

 その時のらいとくんの顔が忘れられない。

 私は一目惚れした。


 何かに必死に取り組む姿、おもちゃを見つけてはしゃぐような……だけど本気で強くなろうとしている姿に胸がキュンとなった。


 可愛かった。

 抱きしめたい。肌に触れたい。

 いっぱいそういった感情が溢れた。


 けれど…憧れも強かった。


 ある時、孤児院に1人の冒険者がきて、私はすぐに弟子入りを志願した。

 その人が剣を使うかもわからないのに。

 結果としてはいい方向に進んでいった。


 私の全力をらいとくんに


 私も、剣を好きになったから


 あの時の恩返しのために


 私は本気で剣を振る


 一歩目が砕けてもあの子ならいつか



 肩を並べて戦える

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