第5話



 孤児院の広場で向かい合う2人。


 天気は曇りで今にも雨が降ってきそうだった。


「2人とも準備はいい?」


 体も心も。

 今日この日のために1ヶ月前から準備をしてきた。最高のコンディション。


「初めての勝負だから…ちょっと楽しみ」


「僕も」


 ドキドキと高鳴る胸を深呼吸をして落ち着かせる。


「ふふっ、ワクワクだねっ、本当に…今日が待ち遠しかった…!」


「…?」


 どこかいつものゼロお姉さんではなく…少し怖いなと思った。

 だけどそれもすぐに切り替わった。


「…くらいついてね」


 メリルが優しい笑顔でそう言ってきた。


「……」


 何かがおかしかった。

 2人ともいつもの感じじゃない。

 肌もなぜかピリピリとひりつくしメリルから目を離せなかった。


 どういうことかわからない。

 けど、やることは一つだったから。


 沈黙が続いて、雨がポツポツと降り始めた。


(雨だ)


 意識が空中に向き、少しだけ頭の整理ができた。


 剣を振った年月が何ヶ月、何年だろうと何も変わらない。


 いつものように鋭く、速く、力強い剣を想像し、当てるだけ。


 最初の一突きに全てをかける。


 そして、目前の『剣士』を倒す。


 これが最強への一歩目

 ナニモノにも変え難い一歩目


 僕の努力が


 今日実り


 この先の未来へと続く


 ーーー……その一歩目


「それじゃぁ…始めっ!!」


 合図とともに僕は素早く…力強く一歩を踏み出し…全力の突きを放った。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 雨が降りしきる中、少年は立っていた。


 ただただ立っていた。


 手に持った木剣は根本から折れていて、刀身は少し先の地面に転がっていた。


 何分、何時間そうしていたのかわからない。

 だけど、何もする気が起きなかった。


 家の中に入り、他の子供たちを無視して自室に入る。

 思い出すのは昼間の出来事。





 僕は敗北した。


 ただの敗北ならまだ良かった。


 僕は


 心と剣を折られた



 開始の合図とともに踏み出した足と突きの構え。

 それは今までの努力が実った鋭く、綺麗な最高の剣だった。

 それがメリルを捉えた時…スカした。


 メリルがいたところには誰もいなかった。

 そして真後ろから声が聞こえた。


「速かったよ」


 少し後ろを向けばそこにはメリルがいて…居合の構えをしていた。

 そして

 その瞬間に放つ闘気のようなものにあてられ、僕の体は硬直した。


 恐怖したんだ


 メリルの瞳に


 忘れられない。

 瞳が光ったんだ。

 そして繰り出される居合の技。


 メリルは目を見張るほど綺麗だった。

 戦いの最中なのに僕は魅了された。

 素晴らしすぎるその才能に、嫉妬した。


 あぁ…ここまでか…そう思った時、僕の脳裏にはある言葉が浮かんだ。

 それは洗脳のように…呪いのように酷く頭を刺激した。



『英雄』



 気づけば僕はメリルの剣を鞘から抜かれる前に後ろ足で押さえていた。


 負けたくないっ!

 その意志が沸々と湧き上がり、対人経験がないにも関わらずその芸当を可能にした。


「……!」


 しかしメリルの輝きは失われなかった。


 足をどかされてまた居合の構えをとった。

 そして放たれた一閃。


 どうにか剣を間に入れたが…


 ばきっ


「え…?」


 木剣は根本から折れ、メリルの剣が僕の頬に届くと思った時、ギリギリで止まった。


 どうすることもできない。

 なんて声を出したらいいのかもわからない。


 僕は負けた。


 そしてすぐに心の奥からクソみたいな感情が湧き上がった。


 あいつは天才だ


 怪物だ


 凡人が敵わないのはしょうがないと。


 ただの負けたやつの言い訳だった。

 だけど、それを覆すのが英雄という僕の憧れた人たちなのだ。


 本当に出来うることは全部したのか?

 この環境に甘えてたんじゃないのか?


 ーーー僕は、英雄にはなれない




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふふっ」


 ゼロは興奮していた。


 メリルの輝き。

 それは今、目前に立ってなくともわかる。


(らいとくんも感じたんだね)


 勝負中の彼の表情は完全に魅入っていた。


(勝負あったかな)


 しかしその思惑は外れることになる。


「…ぇ」


 らいとくんがメリルの剣を止めたのだ。


「くふっ!!」


 あぁ。本当に彼は…素晴らしい。

 どこまでもメリルを高めるスパイスになってくれる。

 本物ではない彼が、ここまで縋れる英雄は本当に…かっこいいね。


 偽物と本物の物語。


 もしかしたら、ここに生まれてこなければ彼は大成する人間だったのかもしれない。

 もしまともな師がつけば最高の英雄へと昇華したかもしれない。だけど、


 ここでの主役は彼女だから



「うんうん!らいとくんもよく頑張ったよ!最後のなんてなかなかできることじゃない!だけどね?この子は『本物の天才』なんだよ」


 勝負が終わった後に言われた言葉


 メリルは本物だと。


 じゃぁ僕は…


「いい線いってるよ。でもさ、世の中は本物と偽物にわかれるの。君たち2人は類稀な才能と心を持って生まれてきたんだと思う。だけど同じ孤児院にいたのが運命の分かれ道だったね」


 ……勝って前に進める者と進めない者がいるんだよ


 その言葉で確信した。


 初めて現実を見た。


 ずっと、英雄のように強くなりたいと思っていた。

 信じていた。


 しかし、僕はこの天才の踏み台で


 ーーー偽物だったんだ


 メリルはもっと遥か遠くに進み、僕はいつまでも越えられない壁を抱えて生きていく。


「……ははっ」


 乾いた笑みしか出なかった。

 感情と理性が決壊して大粒の涙が溢れてくる。


 たった一度の失敗。

 挫折。


 しかしあまりにも大きいものだった。


「ごめんね。でも目的のためには仕方ないことなんだよ。本物っていうのはね?」


 とても我儘なんだ



 ゼロお姉さんの顔を見て、本性がわかった気がした。

 自らのためなら周りをいくらでも傷つけられるゴミクズだと。

 こんな奴が本物?


 どうして世の中はこんなにも不平等なのだろう。


 真っ当に生きている人間が、努力している人間がバカを見る。


 まだ14歳。

 これからたくさんの未来がある。

 いろんな道がある。

 剣じゃなくていい。


 希望を抱くこと。

 それのなんて愚かなことか。


 こんなことなら最初から剣など握らずに、友達と遊んでたほうがよかった。


 もう何もかもがどうでもよかった。


 僕は、剣士には


『英雄』には


 なれ……


「なれるよ」


「……ぇ…」


 綺麗な声が僕の心を優しく包む。


「うぎゅっ」


 頬を両手で挟まれ、ぼやけた視界にはメリルの顔があった。


「なれる!」


 間近で見るのは初めてだった。

 だからよくわかる



 僕はこんなに可愛くて華奢な腕をした子に負けたんだと。

 その事実がどうしても彼女の言葉を受け入れない。


「むりだよ…っ…!もう…どっかにいっちゃった…」


「むぅぅ…!らいとくんは強いから!なれる!」


 聞きたくない


「大丈夫!一緒に英雄になろう!」


 もういい


「まずはランクアップを目指そう!」


 だめなんだ


「一緒に行こう?」


「むりだっ!!なにが……なれるっ…だ!!お前はいいよな!?昔からなんでも出来て!みんなから認められて…!さぞ気持ちよかっただろ!?考えたことあるか!?僕はお前に…!君に追いつきたくて…いろんなことをした!でも…どれもうまく出来なくて…!ようやく見つけた…剣を…!お前は…また…!!」


 惨めだった。

 でも一度言ってしまったら止まらなかった。


 情緒の不安など言い訳にもならない。

 ただ未熟だっただけ。


 実力が、努力が足りなかったのに、八つ当たりをして。


 本当に


 惨めだ



 この時のメリルの顔は一生忘れないだろう。

 戸惑ったような、哀れんだ顔は。




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