第17話 都会に出る時は…知り合いがいれば心強いものですよね? 3
「ふぁー...たまらんなぁ」
日の出から営業している風呂屋で久々の感覚を満喫する。流石にまだ客は僕一人だ。
普段はエクスチェンジを応用して衣類や身体の汚れを落として済ましている。だが身綺麗にはなってもストレスは解消されない。
(自分はもっと合理的で環境には鈍感な方だと思ってたけど...なかなかどうして風呂に入るだけでこんな気分になるとは...自分で考えているよりもずっとストレスを感じていたんだな)
今は外してチェーンで首から掛けているモノクルを眺めながら考える。
(コイツはオーバーテクノロジーの結晶で、
今は風呂屋の上空で周辺警戒をしてくれているミネルヴァは双方向インターフェースが疑似構築した人格だ。しかし...
(此処まであらゆる場面で助けて貰ってるし、既に自分の中では親友と言っていいポジションなんだよなぁ。出来れば元の世界も見せてやりたい所なんだが...まあ現状ではなにを考えても絵に描いた餅か...)
「さあ、名残惜しいが宿に戻るか」
脱衣場で余計な水分を“エクスチェンジ”で乾かす。砦のワグナー分隊長が転移魔法を御伽噺級の魔法と言っていたが...ドライヤー替わりにしていると知ったらどう思うだろう?
清浄化した服を着る。清潔に保ってきた元の世界の服(因みにごく一般的なデザインのジャケット・パンツにポロシャツと革のショートブーツ)だが、そろそろ此方の服も入手したほうがよさそうだ。
{主殿、周辺には問題ありません}
{ありがとう。これから宿に戻って朝食にするよ}
{転移は?}
{いや、いい天気だし歩いて帰ろう。少しでも王都の地理を把握しておきたいしな}
{了解いたしました}
と言って定位置の僕の右肩に止まった。因みに彼女にはデフォルトで周辺のマッピングと更新をお願いしている。そのおかげで僕自身が見ていない場所でもマッピング済みの場所には“ムーヴ”や“エクスチェンジ”が使える。
そうこうする間に[黒鉄の車輪亭]に戻って来た。ドアを開けると
「お帰りなさいませ」
相変わらず完璧なアルフレートさん(セバスチャンではなかった...orz)に声をかけられる。
「只今戻りました。もう朝食に伺っても大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
「では先に朝食にさせていただきます。それと後程で結構ですので数泊追加の手続きをお願いします」
「ありがとうございます。ご満足頂けます様に努めて参ります」
「宜しくお願い致します」
アルフレートさんと別れて食堂に入る。昨日の給仕の少女がいるかと思ったが予想は外れた。其処にいたのは青白い顔色をした痩せた青年(僕と同年代に見える)だ。
「おはようございます。席についてお待ち下さい。朝食はサンドイッチとミルクです。サンドイッチのハムは鳥肉と豚肉が有りますがご希望は御座いますか?」
意外と言っては失礼だが明瞭な説明に少し驚く。イメージとしては先に朝食を勧めたくなるほどの顔色だがどうも平常運転のようだ。
「...鳥肉でお願いします。因みに貴方がお造りになっているのですか?」
「ハハ、厨房仕事は全て僕の担当です」
「そうですか。昨晩の食事は堪能させていただきました。朝食も期待させていただきます」
「ありがとうございます。お席にどうぞ」
席について暫くすると彼がサンドイッチとミルクを運んでくる。見るからに旨そうなサンドイッチが食欲をそそる。
「ミルクのお代わりは自由です。サンドイッチのお代わりは銅貨3枚で承っております」
「昨夜給仕して下さった子は今日はお休みなんですか?」
「ああ、妹は午前中は学校に通ってます」
なるほど...修学環境があるのか。少々意外だった。以前ミネルヴァに聞いた所この世界の識字率は国によって差はあるが、概ね3割前後と聞いていたからだ。
「宿の業務には読み書き計算は必須ですからね」
そして彼女の兄らしい厨房係の青年が僕の思考に先回りして答えてくれた。どうやら頭の回転も早いようだ。
「もしかしたらアルフレートさんもご家族ですか?」
「ええ、祖父です。この[黒鉄の車輪亭]のオーナーでも有ります」
「なるほど...ああ、お仕事の邪魔をして申し訳ありません」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
彼が厨房に戻ると同時にサンドイッチを食べ始めた...
「旨い」
家族経営の小規模な宿だが食事も旨いし居心地はすこぶる良い。一泊だけだがすっかり気に入ってしまった。
「是非、王都での問題を解消して常宿にしたいが...」
小さく呟くと厨房にお代わりを頼みにいった。
――――――――――
朝食の後、宿の予約を3日分追加して外出する。
目的は王都の地理を把握して一部の日用品を入手する事。
勿論マッピングを進めて非常時の脱出先を確保したり、万一敵対した場合にも地の理は非常に重要だ。
そして僕たちは現在、王都の中心である王城前広場に来ている。
アルフレートさんお薦めの観光スポットである。
何か重要な発表が行われる時にあの王城の端にある高台に国王が立って演説するのだそうだ。
「なるほど。王都の都市計画は同心円上に区画配置されて時計廻りに番地が進んでいくのか。ダーツの的みたいだな」
王城前広場に設置してある建国の歴史と番地を示した区画地図(当然だが重要な機関の配置などはない)を眺めて呟く。
番号が若いと中心、つまり王城に近い区画となり、一定の数字が過ぎると次の同心円上の区画に数字が移っていく。
「覚え易いな。これなら18番地区も10番地区も分かりやすい」
その時頭上で旋回していたミネルヴァが音もなく肩に舞い降りた。
{エコーロケーショ・ピンガー・視覚画像分析の併用で王都の屋外に付いてはマッピングを完了しました}
{何時もながら仕事が早いな}
{恐縮です}
{一度宿に戻ろう。ビットナー伯爵邸に訪問する前に幾つか準備が必要だし。最悪そのまま王都を離れる場合に備えて荷物をまとめておく必要がある}
{了解いたしました}
ビットナー伯爵との会見がどのような形に終わるかは分からない。昨日の様子からは心配はないと考えて良さそうだが.....必要ならある程度は力の証明は必要だろう。
なにしろ自分には貴族階級のメンタリティを理解する為のサンプルが極端に少ない。(ほぼグルム砦の司令官であるヒルデガルドのみだ)貴族や王族の拠って立つ精神風土、それが自分とは決定的に合わない可能性も否定は出来ない。
そんな時は平和的に離別するべきであり、その為の判断材料として戦力の提示は必須だ。せめて“手札”と“奥の手”位は持って行かないと交渉のテーブルに着く前から負けている。
「さあ、行こうか.....待たせたら失礼だろうしな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます