第16話 都会に出る時は…知り合いがいれば心強いものですよね? 2

 食事を進めながらミネルヴァの報告を聞く。


 因みに...食事の内容は各種パンとサラダ、大きめにカットされた肉(何の肉かは分からない)がホロホロになるまで煮込まれたシチューだ。


 僕は元々一人暮らしが長く、基本は自炊する事が多いが味には拘らない。だからこの世界に来てからの粗食にもさほど苦痛は感じなかったのだが……このシチューは村でした食事以来の“きちんとした料理”でとても満足のいく物だった。


{王都に入った直後から宿まで距離を保って付いて来る人物がいました。この宿に向かっているだけの無関係の人物か判断出来かねていましたが、現在も宿の外で此方を伺っております。如何なさいますか?}


{一人だけかい?}


{はい、今の所他の人間に接触した様子はありません}


{分かった。警戒を続けくれ。食事を済まして部屋に入ってから対処する}


{了解しました}


 相手は何となく想像がついたが……此方の想像通りなら無茶な事はしないだろう。


 宿に迷惑をかけるのも気が引けるし隠密裏に事を処理したい所だ。


 丁度食事も終わったので席を立って部屋に向かう事にした。給仕の少女に声をかける。


「ごちそうさまでした。食器はこのままでも?」


「はい。此方で片付けますので。朝食は如何なさいますか?」


「明日は早朝から浴場に行ってみようと思っているのですがその後でも大丈夫ですか?」


「はい。明朝の7時の鐘がなってから、その砂時計が落ちきる9時迄が朝食の時間です」


「了解しました。また明日よろしくお願いします」


 そう挨拶を交わして部屋に入った。


 モノクルに表示された時刻はPM7:14だ。個人の所有できる携帯型の時計が殆ど普及しておらず、街灯の数もさほど多くないこの世界では人通りもまばらな時刻だ。


「ミネルヴァ、何か非殺傷で行動を阻害出来る魔法と“ムーヴ”の準備を頼む」


「了解しました。ある程度“魔 力エネルギー粒子”のストックは御座いますので何時でも発動可能です」


「では監視している者の背後に転移先の設定を頼む」


「転移座標設定が完了しました。何時でも発動可能です」


「それじゃさっさと済まそうか……“ムーヴ”」


――――――――――


 転移ムーヴを発動して一瞬で監視者の背後に移動する。目の前に灰色のローブを目深に被った小柄な人物がいた。


訪問の連絡アポイントメントは受けておりませんが...どちら様でしょうか?」


 静かに声を掛けると監視者は瞬間的に身を翻して距離を取った。


「流石ですね...どう見ても感づいた様子はなかった筈です。隠蔽魔法を看破された様子も無かったのに」


 驚いた。見た所十代後半位の少女だ。


「視線には敏感な方でして。御用向きをお伺いしましょうか...」


 少女は警戒を崩さず答えた。


「本当は明日にでも正式な使者が伺う予定だっんですが...私はビットナー伯爵の配下です。貴方がグルム砦で事について...詳しいお話を聞きたいとの事です。もちろん此方には敵対の意思はありません」


 なるほど、概ね予想通りだ。ビットナー伯爵とは司令官本人か親族なのだろう。


「わかりました。急な訪問は歓迎できませんが...改まっての使者は不要です。明日にでも伺いますので連絡先を教えて下さい」


「ビットナー伯爵の王都屋敷は北部10番地区にあります。宜しければ迎えをよこしますが?」


「王都の地理にはまだ不案内ですが、散策も兼ねて此方から伺いますよ。午後3時前後で如何です?」

 

「承知いたしました。お待ちしております」


「よろしくお伝え下さい」


 そうして彼女は暗闇に溶け込むように姿を消した。


「やれやれ。グンドルフさんの心配通りか...18番地区に行くのは後日になりそうだな。ミネルヴァ、とりあえず部屋に戻ろう。“ムーヴ”」


 一瞬で元の部屋に戻る。ミネルヴァが此方に向きながら話し掛けてきた。


「王都を離れたほうが良いでしょうか?」


「向こうの出方次第だな。権力者と表立って対立する事は避けるべきなんだが...まあ全ては明日だ。今日はもう寝るから周辺警戒を頼むよ。」


「了解しました。お休みなさいませ」


「よろしく」


 こうして僕らは王都初日から波乱を含みつつ眠りに着いた。


――――――――――


「そうか。お前が最大限に警戒してもなお監視を看破されるとはな...」


 一時間後、ビットナー伯爵の王都邸では先程の監視者がブランデル・フォン・ビットナー伯爵に顛末の報告をしていた。


「不甲斐ない事で御座います」


「かまわん。それで、その男は自ら出向くと申したのだな」


「明日、午後3時に訪問する旨を伝える様にと...」


 なるほど...向こうにしてみれば多少の事は切り抜けられる自信があるのだろう。


 ならば今後の王都での行動を考えて、無碍にするのは得策ではないと考えたか...


「父上、明日は当然私も同席させていただきますが...かの御仁には今後どのような対応をするべきでしょうか?」


「...彼の目的が帰郷であるならば、我々は邪魔をすべきではなかろう。王国に対して忠誠を誓っているならまだしも...想像の範囲だけでも彼の力は大き過ぎる。陛下の言ではないが、下手な手出しは竜の逆鱗に触れるだけだ。求めるなら、此方から最大限の援助を行ってもいい」


「分かりました。穏便に事を収める様に最大限努力しましょう。全く私が不甲斐ないばかりにご迷惑をおかけします」


「お前の対応に非はない。それにな、身分証を渡したのは逆に幸運だったかもしれん、捕捉出来ずに国内を彷徨われるよりはな...」


 親子が話し合いをしているそばで、伯爵家のお抱え魔法使いであるシドーニエは他の事を考えていた。


(彼が背後に現れたのは件の“転移魔法”だったとしても...私の存在に気付くことが出来たのはなぜ? 隠蔽魔法自体を解呪されたならともかく...“意識が存在を認識出来ない相手”でも捕捉可能な魔法を構築してるとでもいうの?)


 自らの魔法の常識では考えられない事態に、冷たい物が背中を流れ落ちるのを止められない。


(彼の魔法理論を一度ゆっくりと聞いてみたいところね。明日その機会があればいいのだけど...)


 こうして各人の思惑が重なりながら王都の最初の夜は更けていった。


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