第7話 驟雨

 駅に向かう私と、会社に戻る雪間さんは方向が逆だった。


「夜まで働くってことですか? ご飯はあるの?」


「カップラーメンを買ってあるので大丈夫です」


「それじゃ駄目だって」


 顔をそむけて咳こむ雪間さんを前に頭を抱える。二軒先にあるコンビニの青い看板が目に入った。


「ちょっとだけ、つきあってください。そこのコンビニに行くだけだから」


 訝る彼を無理矢理つきあわせ、コンビニの中で待っていてもらう。


 手早く買い物をすませて、雪間さんのところに戻る。彼はキャンペーンのくじで当たるキャラクター商品をぼんやりと見ていた。


「お待たせしました。これ、あげます」


 コンビニを出たところで、大きなナイロン袋を渡した。袋の中を覗き込んだ雪間さんが、驚いた様子で私を見た。


「豚汁、うどん……」


「とりあえず、目についたものですけど。ゼリー飲料も入れたから、そっちでも。あっ!」


「な、何ですか」


「電子レンジってあります?」


「給湯室にあります」


「良かった。ある前提で買っちゃったから」


 雪間さんはなぜか呆然としていた。


「……お金、払います」


「いりません。私が勝手にやったんだから」


「でも……」


 言いかけて、体を折り曲げて咳こんだ。憮然とした表情で、肩で息をしながら苦しそうにつぶやく。


「……迷惑です。返します」


「私は風邪ひいてないし。いらなければ、職場の人にあげてください。難しいのかもしれないけど、一番は、できるだけ早めに帰って。熱が出たって嘘ついたっていいと思います。仕事が終わらなくたって、雪間さんのせいじゃないし。病気の人を無理に働かせる上司はおかしいですよ。そのおかしさに、巻き込まれちゃいけません。うさこちゃんを好きなことを馬鹿にする上司なんて、放っておけばいいんです」


「でも……」


「仕事は一緒に伊豆には行ってくれませんよ。体は大事にしなきゃ」


「何であなたが僕の心配をするんですか」


「雪間さんだって、さっき、私の心配をしてくれたじゃないですか」


 無言になった雪間さんに軽くお辞儀をした。


「それじゃ、本当にお大事に。早く家に帰ってください」


 私は駅に向かって商店街を歩き出した。雪間さんが何か言った気もしたが、よく聞こえなかったし気のせいだと思う。


 和菓子屋のおじさんが、軒先のベンチを店内に運んでいた。これから雨が降るのだろうか。朝見た天気予報は曇りだったのけど。


 駅のホームに降りた時だった。あたりが暗くなり風景が煙ったような気がした直後に、雨が降り出した。ぽつりぽつりとしか人のいないホームで、屋根に叩きつける雨音が響いていた。

 傘は持っていなかった。電車が降りる駅につくまでに止めばいいけど。

 雪間さんは傘を持っていただろうか。あの状態で雨に打たれたなら気の毒だ。雨が降り出す前に、会社に戻れていたらいい。


 余計なお世話だろうが、あの人が雨に濡れた姿を想像すると、痩せこけた犬を目にした時のような、居てもたってもいられない感じがした。

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