第17章 “絶対に勝つ”

「ミライ!」「キセイ!」


 互いに互いの名を呼び合い、2人は前へと突き進む。

 拳に『雷光』を溜め、手に『氷剣』を持ち、アツマを倒さんと同時に走り出す。


「来いや、慎次キセイ! 決着をつけようぜ!」


 するとアツマも両拳に炎を纏い、『炎拳』を突き出す。

 それはキセイの拳と激突し合い、雷と炎が交差する。


「「うおぉぉぉ――ッッ!!」」


 両者共に全力を出し、神能が鬩ぎ合う。

 以前、キセイはこの鬩ぎ合いに負けた。押し負け吹き飛ばされたのだが、


「ぉぉォォ――オオッ!」


 雷の威力は以前よりも遥かに上がっており、互いに負けじと良い勝負になる。

 ほぼ同じ程度の力が込められた神能がぶつかり、拮抗した衝突を続けていると。


「私もいるわ、よ!」


 ミライがアツマの背後へ回り込み、『氷剣』にて攻撃を仕掛けようとする。

 だがそれを察知したアツマは片足を上げ後ろに突き出し、ミライの『氷剣』を蹴る。


「っく」


 蹴られたことで手元から武器が離れたミライは悔し気な顔を浮かべ、それでも勢いよく邪神を殴ろうとするが。


「甘ぇんだよ!」


 アツマはキセイの拳を掴み、振り回す。

 そのまま背後で殴りの姿勢を取るミライをも巻き込み吹き飛ばそうとしたのだが、キセイは足に力を込め大地を踏み、振り回しを阻止。そして掴まれていない方の拳でアツマの顔面を殴り、隙を突いて自身も離れる。

 一度邪神と距離を取り、体勢を立て直そうとする。


「っ!」


 しかしそんな余裕を邪神あくまが与えるはずもなく、アツマは顔面に傷を付けたまま再び『炎拳』を構えて走り出してくるが、


「させない!」


 ミライが割って入り、新しく生成した『氷剣』で盾代わりとなる。

 だがその盾も長くは保てない。氷が次第に溶けていき、防御すら不可能な形に変化していくが、


「はぁァァ!」


 突如としてミライの真後ろからキセイが出現し、『雷光』の拳でアツマをもう一度殴る。

 腹部めがけて殴りをかまし、流石のアツマもこれには痛みを負う。


「ぐほッ」


 唾液を溢し、背後に吹き飛ぶ邪神。

 そこへ追い討ちをかけるようにキセイとミライも大地を蹴り、走る。

 そうして、己の神能を何度もふりかざしていく。


「「はぁぁぁァァ――ッッ!!」」


 『雷光』と『氷剣』を当て、当て、当て続け、まさに防戦一方。

 アツマはただ攻撃を受け続けるだけで何もできず、体に傷を付けられていく。

 いくら自然再生する神とはいえ、負った傷は一瞬で元に戻ったりなどしない。

 攻撃を与えられたらしっかりと痛みは伴い、血も出る。


「ぐ、ッ!」


 だからこそ、アツマは反撃を仕掛けようとするのだが。


「「うォォォぉおおッッ!!」」


 キセイとミライの脅威的な連携に隙を見出だせず、『炎拳』を繰り出す暇も無い。

 ただただ殴られ傷を付けられ、その身に負の痕が刻まれていく。


「くそ、ッ、クソが!」


 邪神は、何もできていない。

 アツマは、キセイとミライに勝つ算段が見えずにいる。


 1対1なら勝てるのだ。

 キセイやミライ。どちらか1人相手にならアツマは勝てると思っている。絶対に打ち勝てる自信しかない。

 しかし、こうして息のあった連携を仕掛けてくる2人には、流石の邪神であるアツマも成す術無くやられ――。


「こんな、ところでッ」


 終わりたくない。

 その想いが、アツマの胸中を駆け巡る。

 約束が。大事な約束があるのだ。同じ邪神であるタナトとの約束を、アツマは共に叶えなきゃいけない。

 友人であり邪神軍団現首魁のタナトとの約束を、人間たちを殺した先にある約束を、叶えるため。

 そのために――負けることなど許されない。


 だから、だからこそ。


「絶対に勝つ」


 瞬間。アツマの拳を覆っていた強力な炎が突如として広がっていき、次第に体全体を覆っていく。


「「っ!?」」


 これには攻撃を続けていたキセイとミライも驚き、咄嗟に背後へ後退るが。


「――オマエたちを殺す」


 これまでよりも遥かに速度の上がった邪神の突破に対応できず、キセイたちは吹き飛ばされる。

 速度だけではない。威力までもが向上した『炎拳』に腹部を殴られ、2人ともが強烈な痛みを負いながら瓦礫の壁に激突する。


「な、なんだ。急に力が……上がった!?」


 キセイは腹を押さえながら口元の血を拭い、混乱の様子を見せる。

 だがそれに対してミライは何か閃いたような表情をしていて、同じように血を拭いながら言う。


「……もしかして、『覚神かくしん』したの?」


 眉をひそめ、嫌な目付きをして問う。


「かくしん?」


 キセイはその聞いたことのない言葉に疑問を感じ、ミライの方を向く。

 するとミライは口を開き、じっとアツマの動向を眺めながら説明しだす。


「覚神っていうのは、いわゆる覚醒状態のことよ。何かのキッカケで急激に神能の威力が向上することを言うわ。……そしてその覚神に至った者は、『覇王神はおうしん』と呼ばれるようになる」


「……覇王神、だと?」


「文字通り、絶対的な強者。本来の神なら到達し得ない領域に達した者の名」


 ミライは固唾を飲み、説明を終える。

 顔を強張らせ、手足を小刻みに震えさせながら言い終える。


 ――そう。アツマは覚醒した。

 この土壇場で強くなってみせたのだ。

 数刻前まで拳にのみ纏っていた炎が体全体にまでいき渡り、今やアツマの全身は炎そのものへと変貌している。

 全身真っ赤な炎に移り変わり、顔が見えない。その表情すら、見ることができなくなっている。


「っ! んだよ、それ!」


 キセイはそんなアツマを見て、ミライと同じように固唾を飲む。

 冷や汗をかき、目の前の邪神を見つめ、


「だけど、オレたちだって負けてらんねぇんだ!」


 そう言って突っ走る。


「キセイ!」


 背後からミライが声をかけてくるが、それでも前へと進む。

 進んで、アツマの顔面へ殴りを入れようと構えながら、


「喰らえぇッッ!」


 叫び、腕を突き出す。

 かと思えばその瞬間にアツマも腕を突き出し、『炎拳』を当てようとする。


「へっ!」


 だがそれをキセイは避け、その上で再び腕を突き出す。

 もう一度傷を与えるため、『雷光』の拳を近づけるのだが。


「――っ!」


 その拳は当たらなかった。否、当てられなかった。


「熱っ!」


 そう。拳が当たる前に、アツマの全身から放たれる炎に腕を焼かれたからだ。


「あァ、がぁ、っくそッ!」


 熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 キセイの右腕は見事に焼き焦がれてしまい、使い物にならなくなる。


「あァァッッ、ぁぁ――!」

「キセイ!」


 炎が燃え広がっていく右腕を押さえ苦しむ中、ミライが助けるために急いで駆け寄る。

 駆け、キセイの右腕に氷を纏わせることでなんとか炎の拡散を阻止する。しかし、


「ぐぅ、あァ、こんな、っ!」


 悲痛な喘ぎ声を溢し続けるキセイの右腕は、もはや機能すらしていない。

 自分の意識下で動かすことができず、元々は黒く染まった1本の肉の塊へ変貌。

 痛みはあるにも関わらず、感覚が無い。『熱い』と『痛い』が交差してキセイを襲う。


「はぁ、っ……はぁっ、は!」


 ミライの氷に包まれているお陰でこれ以上の傷は付かずに済むが、それでもかなりの致命傷だ。


「どうだ。熱いだろ?」


 ふと、アツマが声を発する。

 踞るキセイに向かって挑発的な言葉を呟き、そしてそのまま更なる拳を突き出して――。


「ダメっ!」


 またしても2人の間にミライが割って入り、『氷剣』で防御をする。

 『炎拳』をなんとか受け止めるが、炎の温度が上がったものを先程より長く止めきれるはずもなく。


「ギャッ――!」


 キセイと同じように体に傷を付けられ、更には燃やされる。

 腕に炎が伝わり、ミライも苦痛にまみれ踞る結果へ。


「は、ぐッ、あ、ぁぁァァッッ!」


 なんとか咄嗟に氷を纏わせることで、キセイよりかは致命傷にならない。

 しかしそれでも腕を自由自在に操ることは不可能で、状況は絶望的に。


「――無様だな」


 先程までとは違ってかなり冷静になり落ち着いた様子のアツマは、そんなことを言いきってみせる。

 目前で踞る人間と清神を見て、相も変わらず体に炎を纏わせ続けながら口を開く。


「……キセイ、大丈夫?」


 ミライは心配の声を投げ掛け、相棒の無事を確かめる。


「っぐ」


 しかしキセイはマトモに返事をすることすら難しく、右腕を押さえ続けたままだ。

 そこから動くこともできず、本当にただ踞っているだけ。


「ど、どうすれば……」


 ミライは悩む。この状況を打開するにはどうすれば良いのか、ひたすらに脳を動かす。

 逃げたくても逃げられない。激痛が体を襲い続けてるし、なによりアツマに追い付かれる。

 今、戦いを制しているのは間違いなくアツマだ。たった数十秒で戦況を上書きされた。


「ほんと、なんでこんなタイミングで覚神なんか!」


 本当に意味の分からない力の上昇だが、起こってしまったものはどうしようもない。

 ミライがどれだけ愚痴を吐いても過去は変わらないし、この戦況をひっくり返すことは不可能。


「もう、こんなのって……」


 『諦め』という単語がミライの脳裏を過る。

 逃げることも抵抗することもできない今、ミライとキセイの2人にできることは『諦め』ることであって――。


「ふざ、けるなッ!」


 その時、真横からキセイの声が響く。

 意地になって力を沸き出させ、無事な方の腕を使ってなんとか立ち上がろうとする人間の声が響く。


「まだ、だ。まだ終わってねぇぞ!」


 己の足で勢いよく地面を蹴り、立つ。

 右腕の代わりに左腕へ『雷光』を纏わせ、彼は進む。

 醜かろうと、情けなかろうと、諦めずに進み続ける。


「オレはもう、逃げないし諦めないって決めたんだ! ……ミライ、お前も同じだろ!」


「っ!」


 ――これまで、慎次キセイの人生には『逃げ』や『諦め』しかなかった。

 どんな逆境に立とうと、どんな苦難に合間見えようと、毎回最後には『諦め』てきた。

 楽な方、楽な方へと『逃げ』続けてきた。


「オレは……っ!」


 しかし、今は違う。


「オレは慎次キセイ! 邪神おまえたちを倒して、皆に希望を与える人間そんざいだ!」


 望のは、今度こそ『逃げ』ない。今度こそ『諦め』ない。

 横に、自分を見てくれる未来なかまがいるから。

 前に、倒さなきゃいけない絶望てきがいるから。

 そのために――負けることなど許されない。


 だから、だからこそ。


「絶対に勝つ」


 喉を枯らし、片腕を焦がし、体を傷だらけにしながら立ち向かう。

 他の誰でもない。希望に溢れる未来を、守るため。

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