第16章 “キセイ”と“ミライ”

 記憶が甦った。

 数十分前までの記憶が鮮明にキセイの脳内へ入り込み、端的に言って死にたくなった。


 生まれ育った街を壊したのだ。

 たくさん人を殺したのだ。

 覆面の男――自分キセイを殺したのだ。


 何故、あの覆面がキセイと同じ顔をしていたのかは知らない。そんなことは、どうだっていい。

 今の慎次キセイにとって必要なこと。それは。


「オレが殺した」


 瞬間。キセイは自身の手の平に強力な『雷光』を溜め始める。

 未だかつてない威力の雷を駆使し、そのまま自分の心臓を貫こうとした――その時だった。


「ダメっ!!」


 突如として真横から聞き覚えのある声が響き、意識が逸れたタイミングで。


「ぐっ」


 腕を捕まれ、一時的に身動きが取れなくなる。

 自身の胸に向けていた手の平が即座に空へ向き、『雷光』はキセイの心臓ではなく満点の青空に放たれる。


「なにをしようとしてるの! ダメよ、そんなこと!」


 キセイの自決を止めた存在。それは、清神のミライだった。

 突如として現れた彼女がキセイの腕を掴み、その愚行を阻止したのだ。

 だが、


「余計なことしてんじゃねぇ!」


 キセイからしてみればそれは『余計なお世話』で、すぐにミライから離れる。

 地面を蹴って一定の距離を取り、再び雷を手の平に溜め始めるが。


「絶対にさせない!」


 それよりも先にミライが手の平から『氷剣』を出現させ、投擲を決める。

 刃の先端をキセイへ向けて投げ、狙い通りそれは自決しようとする愚者キセイの手の平に刺さる。


「が、ァっ、くそ!」


 痛みを感じ、咄嗟にキセイの『雷光』は納まる。

 雷を溜めることができなくなって、結果的に自殺行動はまたも阻止された。


「ごめんね。痛いでしょうけど、あなたが死ぬのを止めるためよ」


 冷や汗をかきながらそう言うミライに対し、キセイは『氷剣』が刺さった手の平を押さえながら――。


「……んでだ」


「――え?」


「なんで、止めようとするんだ!? お前も分かってるだろ!? オレは、このオレは死んだ方がいい人間だって!」


 叫び始める。キセイは、喉が枯れるほど全力で思いの丈をぶちまける。


「っ、そんなこと!」


「そんなことあるんだよ! お前もどうせ見てたんだろ!? オレが人を殺しまくる姿を! オレが街を破壊する姿を!」


「それはあなたのせいじゃない! ラガルのせいなのよ!? そんなこと自分でも理解してるでしょ!?」


「違う! あれはオレのせいなんだ! オレがあんなやつに身を任せちまったのが悪いんだ! オレが負の感情を出しちまったのが全ての元凶なんだ!」


 慎次キセイは、片想いしていた真文ユリンを殺され気が狂った。

 正気を保てなくなり、そこをラガルに漬け込まれた。そこで、邪神の王に身を委ねてしまった。


「これはオレの『弱さ』が招いた結果なんだよ! オレが……オレがもっとしっかりしていれば。オレがあんなやつに意識を任せるなんてことしなければ……」


 人が死んだ。ここにいた人間を、慎次キセイの体が何人も殺した。

 何人も、何十人も。


 キセイがしっかりと意識を保っていれば、こうはならなかったかもしれない。

 ラガルに漬け込まれ、街を破壊することも無かったかもしれない。

 大事なのは、死んだ人間の『数』ではない。『命』だ。例え1人だろうと、それは人の『命』を奪ったことに変わりなく――。


「オレが生きてたって、周りの人間を不幸にするだけなんだ」


 真文ユリンは、キセイの家で殺された。2人で住んでいた地下で焼き焦がれた。

 全ては、慎次キセイのせいだ。キセイのせいで人が死ぬ。キセイのせいで周りが不幸になる。

 自分だけが生き残り、他人が死んでいく。


「ずっと勘違いをしてた。家族や大事な人を殺したのは邪神なんだと、そう思ってた」


 だが違う。

 真に、本当の意味で皆を殺しているのは。


「オレなんだ」


 慎次キセイが、邪神よりも凶悪な目に見えない力で皆を殺しているのだ。

 不を、大勢に招いているのだ。


「それにようやく気づけた。気づくのが遅すぎた。……いや、もしかしたら最初から薄々気づいてたのかも。だから、『手紙』も見れてなかったのかも」


 俯き、地面を見つめる。

 自身のせいで瓦礫まみれと化した地を眺め、目蓋をも閉じようとすると。


「――。いいえ、違う。違うわ。そんなことはない。あなたのせいなんかじゃない。絶対、絶対にそれだけは違う」


 ミライは強い口調で言い切り、確かな眼差しを向ける。


「……お前に、オレの何が分かる。そりゃ見てるだけのお前はそう言えるだろうな。オレもオレのことを端から見てたら、お前と同じことを言ってたかもしれない。『悪いのはキセイじゃない』、『ラガルのせいなんだ』って」


「その通りよ。それが正解で――」


「だけど、オレが悪いんだ」


「っ!?」


「オレだから分かる。直接自分の手で人を殺したオレだから言い切れる。『慎次キセイが、周りの存在全てを不幸にしてる』ってな」


「そ、そんなこと……」


「あるんだよ。悲しいことに、な。これが現実だ。これがきっと本物なんだ」


「キセイ……くん」


「だからオレは死ぬ。これ以上邪魔するな。というか、むしろお前ら清神からしても好都合だろ? 敵であるラガルの一部が共に死ぬんだから」


「そ、それは……」


「大丈夫。死ぬ時くらいは誰にも迷惑かけねぇ。穏やかに1人で死んでいくから、もう、何もしやいでくれ」


 それだけを言い残し、キセイは『氷剣』が刺さっている手とは別の手で、雷を溜め始める。

 『雷光』を蓄積させ、自身の胸元に当ててから。


「……ごめん、な」


 誰に向けてなのかも分からない謝罪を溢し、雷は放出され――。



「じゃあもう、説得するのはやめるわ」



 直後、ミライがそんなことを言い始める。


「……は?」


 あまりにも唐突に言葉を投げ掛けられ、キセイは『雷光』を放つ前に頭の中を困惑させる。


「だから、もうあなたを説得するのはやめるって言ってるの。なんなのよ、そんな死にたがっちゃって。あなた何様のつもり? 言っとくけどね、あなたなんかが他の色んな人にそこまでの影響を及ぼせると思ってるの? あなたがいるから皆が死ぬって……それマジで言ってる?」


「ま、マジに決まってんだろ。それこそが、変えようのない事実で――」


「ほんっと、おめでたい人ね。じゃあ良いわ。正直なことを言ってあげる」


「しょ、正直な……こと?」


 突然に口調が激変したミライへ戸惑いを覚えつつ、キセイが言葉を反復させると。


「私はまだ、不幸になってない」


「――。――は?」


「言葉の通りよ。私はまだまだ生きてるし、あなたと絡んで不幸になったって感じたことはない」


「な、何を言って……」


「むしろ、助けられた。私がアツマから殺されそうになった時、あなたに助けられた。勇気があって優しさもあるあなたに」


「優しさ、だと?」


「えぇそうよ。それこそが答えなんじゃない? どれだけ死にたいと言っても不幸だと言っても、結局あなたに生きてほしいと思う者もいる。私のように。あなたと関わってきた者たちのように」


「――っ!」


「あなたの家族が、あなたの大事な人が、あなたに『死んでほしい』って言うと思う? 『生きるべきじゃない』、『死ぬべきだ』って……そんなことを言うと思う?」


「そ、それは……」


「結局あなたは自分しか見えてないのよ。生きるも死ぬも、全て自分本意。そりゃもちろん、自分を大事にするのは当たり前よ? 死ねばそこで終わりなんだし。……だけど、だけども」


 言葉の途中。ミライは自身の手で銀に靡く髪を触り、次第にくしゃくしゃとし始める。

 「あぁもう!」と、どこか悔し気な顔も浮かべたと思えば。



「――めんどくさい!!」



 そう、元気よく叫ぶ。


「は?」


「めんどくさいの! もう本当にすっっっごくめんどくさい! 別に『男ならしゃきっとしろ』とかそんなこと言うつもりはないわよ。ないけど、それはそれとしてめんどくさいの! あなた!」


「な、なにを」


「一度ハッキリさせてみたら!? 結局あなたはどうしたいの!? 心の底から死にたいの!? 本当に死んでしまいたいと思ってるの?」


「いや、それは……」


「じゃあ分かった。聞き方を変えてあげる。あなたはもう、『生きたくない』の?」


「――っ!」


「『生きたくない』と『死にたい』は同じようで結構違うわよ? あなたはどっち? どっちの気持ちの方が強い? 正直に言って」


「正直に……だと?」


「そうよ。あなたが本当の本気で『死にたい』と思ってるなら、もう私はそれを尊重するわ。自殺しようが、止めることはしない。だけどもし『生きたくない』の方が強かったり、そのどちらでもないのなら……私があなたを生かす」


「――――」


「あなたには生きていてほしいから。あなたには死んでほしくないから。あなたの意見は否定するけど、あなた自身は肯定したいから」


「――。な、なんで」


「え?」


「なんで、オレにそこまでしてくれるんだ? なんで、ここまでオレを気にかけてくれるんだ? どうしてなんだ?」


「――――」


 ミライはその問いを投げ掛けられ、数秒間だけ黙り込んで、


「理由なんてないわよ」


 そう、堂々と言い放つ。


「相棒に死んでほしくない理由なんて特に無い。強いて言うなら、『生きてほしいから』。ただこれだけよ」


「――っ!」


 その発言に、その想いに、キセイは衝撃を覚える。

 殴られるよりも、傷つけられるよりも、遥かに強い衝撃をその身に感じて。



「ヒヒヒ。ようやく追い付いたぜぇ」



 瞬間。キセイとミライの目の前に、1つの人影が出現する。

 それは聞いたことのある声と笑い声で。


「っ、アツマ!」


 ミライは目前に現れた邪神の名を叫び、戦闘態勢に入る。


「ラガルよぉ、ま~じで早すぎんだろ。いったいどこまで飛んでいくのやらって感じだぜ。なぁ、ボスさ……お? もしかして、戻ったのか?」


 すると、アツマはキセイの体を見て嬉しそうな表情を溢れさせる。

 ラガルではなく、因縁の敵である人間キセイが戻ったことを知り、歓喜する。


「良いぜ良いぜ! 戻ってきたのかオマエ! ヒヒヒ、よくやった! さぁ、戦いの続きをやろうぜぇ!? お互いが死ぬまで、今度こそな!」


 その両手に炎を宿し、『炎拳』を露にさせる。

 人間キセイ清神ミライと相対し、狂気的な笑みを浮かべ、


「……オレはさ」


 途端に、次はキセイが口を開く。

 既に自分以外の神2名が戦闘態勢に入る中、キセイだけが悠長に立ち上がって口を開け。


「正直言うと、死にたくねぇんだ。だけど、生きたいかと言われるとそうでもねぇんだ」


「――あ?」


 その発言にアツマは眉をひそめ、ミライは表情を変えずしっかりと聞いていて、


「だけど、それはあくまで『オレ』だけを考えた場合だ。いつでも、『オレ』は『オレ』のことしか考えれてなかった」


 悲しみも、楽しみも、怒りも、なにもかも。

 全てはキセイがキセイの中で思うだけの感情だった。そこから誰かに伝染することがなく、どこまでいってもキセイはキセイの気持ちのためだけに戦っていたのだが。


「なぁ、


「――。――――え?」


 あまりにも突然すぎる名前呼びに、ミライは一瞬呆気に取られる。

 しかしすぐさま気を取り直して、


「なに? 


 笑いながら、『氷剣』を構えて問う。


「オレさ、お前のために戦いてぇ」


「うん」


「オレさ、シンタのために戦いてぇ」


「うん」


「オレさ、オレのためにも戦いてぇ」


「うん」


「オレさ――皆のために戦いてぇ」


「うん」


「だから、力を貸してくれ」


「うん。もちろん」


 そして、『雷光』を構える。

 手の平に雷を溜め、今度は自殺をするためにではなく、戦うために使おうとする。


「……ヒヒヒ。よく分んねぇけど、覚悟は決まったようだな?」


 アツマは『炎拳』を構え続け、遂には口を開く。

 全力でキセイと戦うためにこの時を待っていて、ようやく――。


「お前も覚悟しろ。オレはもう、二度と逃げねぇ」


 慎次キセイは、決着をつけることを望む。

 アツマとの因縁。そして、これまでの自分自身に。

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