第15章 “終着点”
突如として始まった、邪神ラガルと覆面人間の戦い。
両者共に『雷光』を操り、真下で人々が悲鳴をあげ避難している中。宙を舞って激烈な死闘を繰り広げる。
「お前は、オレが絶対に――」
「『貴様は、我が必ず――』」
その体に、拳に、雷を纏って。
「殺す!」
「『殺す』」
激しく衝突する。
▽ △ ▽
――『雷光』とは、端的に言ってしまえば雷を操る能力だ。
自身の体から雷を発生させ、それを放つことが可能。纏って鎧のようにし、それで直接的な打撃をすることも可能。
かなり自由度がある神能だが、もちろん欠点もある。
それは体力だ。この能力は一度放つのにかなりの力を使うため、何度も連発はできない。
1日に雷を使える回数は決まっているし、無制限に戦えるわけではない。
とある例外の、『体質』を持った者を除いて。
そして今この場で戦っている2人は、奇跡的にその『体質』を持ち合わせており――。
「はぁぁッッ!」
「『はッッぁ!』」
この5000年間起こりうることのなかった、あまりにも激しい神能の激突が勃発する。
▽ △ ▽
「死にやがれェッ!」
覆面が手の平から雷を放ち、それをラガルはすんでのところで回避する。
そうして一度全速力で空を駆け、覆面の後ろへ回り込むが。
「読めてんだ――よ!」
すぐさま覆面は振り向き、拳を当てる。
ラガルの顔面へ全力の殴りを入れ、それにより邪の王は背後へ吹き飛ぶ。
「『ぐッ』」
吹き飛んだ先にはビルがあり、その中へラガルは入り込む。
建物内に置かれてあった数々の机や椅子を押し退けていき、入り込んだところとは反対側の窓を突き破る。
ビル内を縦断し、もう一度外に放り出されたラガルは体勢を立て直そうとするが、
「はァァッッ!」
先回りしていた覆面によって腹部を蹴られ、地面へ向かって吹き飛ぶ。
「『確かに貴様は強い。威勢をほざくだけのことはある』」
しかしラガルは覆面の足を掴んでおり、そのまま体ごと振り回す。
「『だが、我は今自らにハンデを課している状態なのだぞ? たった7分の1の力で戦い、7つ使える神能の内1つしか使っていない』」
回した挙げ句、掴んでいた足を勢いよく離す。
そうすることで覆面は強引に飛ばされ、地面に激突。大地をかち割り、コンクリートの道路に亀裂が入る。
「『そんな我を追い詰めたところで、何も貴様の野望は果たされん』」
「……んだと?」
上空で宙を舞い続けるラガルは威圧感を放ちながら言い、地面にて立ち上がる覆面はそれに対して睨みを放つ。
「『結局のところ、我はまだ7分の1にしか過ぎん。力もそうだが、魂もだ。なればこそ、この我を倒したところで貴様はあと6人の我も倒さなければならない』」
「――――」
「『それができるのか? たった7分の1の我に追い詰められている、貴様ごときが』」
「……だとしても、オレはやらなきゃなんねぇんだよ」
「『ほう?』」
「あいつに託されたんだ。オレを信じて、あいつは託してくれたんだ。だからオレもお前に託す。慎次キセイ、お前にな」
覆面はそう言い放ち、ラガル――否、その
「慎次キセイ! 聞いてるんだろ!? 起きてるんだろ!? なら目覚めろよ! お前しかいないんだ。お前しか、あいつを救えねぇんだよ!」
叫ぶ。何度も叫び、自身の声を届かせようとするが。
「『無駄だ。奴はもう起きんぞ。何故なら、我が起こさせないからだ』」
ラガルはそれだけを言い、再び手に雷を溜め始める。
対する覆面も同じように溜め、互いにある程度の威力を蓄積させると、
「戻ってこい、キセイ!」
『雷光』と『雷光』が激突する。
同じように威力の溜まった雷同士がぶつかり、辺り一面はその衝撃波に包まれる。
「うぉォォッッ!」
「『……ふん』」
鬩ぎ合いだ。
自身が放った雷を相手に届かせようと、互いに全力で力を振り絞る。
「はぁぁッッ――!」
「『……む』」
その鬩ぎ合いは十数秒間続き、かと思えば。
「いけぇぇェェッッ!」
覆面の雷が前へと進み、ラガルを飲み込む。
邪の王の体へ丸ごと雷を浴びさせ、衝撃によって土煙が生まれる。
「へへっ。どうだ、見たか」
覆面は満足気に笑い、膝に手を当てる。
息を乱し、かなりの汗をかいている。
「やっぱ疲れるな……こんだけ一気に放つと」
例外の『体質』を持った覆面だが、限度が全く無いわけではない。
もちろん、あまりに強大な力を使いすぎると体力も消費する。
しかも、人間であるなら尚更だ。
神は産まれた時から神能を保有していて生きてる年数も人間の何十倍とあるため、体力の使い方や効率の良い能力の放ち方、それらを知っている。
だが、覆面は人間であるがために――。
「『貴様、随分と頭の悪い雷を放つではないか』」
瞬間。ラガルは覆面の背後を取り、その手の平にはかつてない威力の雷を溜めていた。
「しまっ」
覆面は急いで体勢を立て直し、反撃を仕掛けようとするが、
「『遅い』」
言葉通り、あまりにも遅かった。
ラガルがゼロ距離で放った雷は覆面の胸を貫き、体に大きな穴を開ける。
「が、ぐ……ッ」
最後の最後に抵抗をするべく、覆面は地面へ倒れながらも手の平に雷を溜めるが。
「『ふん』」
ラガルは神能など使わず、己の拳で地に伏せさせた。
覆面の顔を殴り、新たな亀裂を大地に刻み込む。
「『終わりだな』」
覆面の意識が途切れていく。当然だ。何故なら、心臓を貫かれたから。
人間である以上、心臓が機能しなくなれば息を吹き返すのは不可能で――。
「く、そぉ……」
その呟きだけを残し、覆面は死んだ。
邪の王であるラガルに勝つことができず、ただ破壊だけを残して死ぬ。
「『――――』」
ラガルはしばらくの間、覆面の体を眺める。
息をしていない人間のことを見つめ、次に彼がずっと被っていた覆面そのものを外すと。
「『やはり、そういうことか』」
その覆面の下にあるのは、慎次キセイの顔だった。
口元に大きな傷が付いた慎次キセイの顔面がそこにはあった。目を閉じ、眠ってしまっている男の顔が。
「『ふん。面白いことを考えるものだ』」
現在、ラガルが意識を乗っ取っている慎次キセイの顔とほとんど同じ。体つきも何もかも酷似している。
唯一違うのは、口元にある傷のみ。
「『――――』」
ラガルは再びもう1人のキセイを見つめ、少し経てば。
「『いや、くだらぬな』」
そう言い、破壊した。
キセイの体を、雷を使って完全に破壊しきった。
それによりもうどこにも
「『さて、どうするか』」
ラガルは呟き、再び歩きだす。
すっかり人のいなくなってしまった街を、退屈そうに歩いていると。
「『――は?』」
突如として、足が止まる。
不可思議なことがその身に起こってしまう。
「『……なんだ。なんなんだ、これは』」
進行を止め、行動が完全に停止させられる。
ラガルの意志ではない。別の者の意志によって、歩行が遮られる。
「『まさか、目覚めようとしてるのか』」
その事態を察し、ラガルはなんとか内から溢れ出るものを抑えようとするが。
「『貴様、やめ――』 黙れ! オレの体を返しやがれ!」
その声質は二重に変貌し、人間の声と邪神の声とでひしめき合う。
「『く、何故だ! 何故意識を乗っ取れない!』 んなもん、オレの体だからだよ! 『っ、よく考えれば最初からおかしかったのだ。本来ならば、初めに石に触れた時点で……』 ごちゃごちゃうるせぇ! いい加減出ていきやがれ、このクソ野郎がァ!」
その時、慎次キセイの体に異変が起きる。
感じたことの無い不快感を味わい、かと思うと意識がラガルからキセイそのものへと移り変わり、
「――ぁ」
瞬間。キセイの脳内に、直前までの
自分がかつて住んでいた街を瓦礫の野原に変えたこと、ここに住む人々を無惨に殺したこと、顔が同じの覆面男を殺したこと。
それら全てが鮮明にフラッシュバックし、慎次キセイは――。
▽ △ ▽
走る。ただ全速力で走る。
「どこ! ……どこにいるの!」
相棒を見つけるため、清神のミライは瓦礫の野原を走る。
瓦礫だけではない。所々で無惨な姿へと成り果てた人間たちも倒れていて、そんな場所を駆けていく。
慎次キセイを見つけるため。否、彼を救うため。
「早く向かわないと!」
神界から見ていた。彼が体を奪われ、邪の王としてこの人間界を蹂躙する様を。
一刻も早く助けたかった。すぐにでも彼の元に駆けつけたかった。しかし、無理だったのだ。
そもそも、神という生き物は基本的に許可無く人間界へ訪れることが禁止されている。
それは何千年も昔から定められてある掟で、
そしてミライはここ何日か、その聖神から『人間界への出入り禁止』を言い渡されていた。
何故なら、掟を破ったからだ。破り、勝手に人間界へと訪れてしまったから。
――あの日。邪神ユメルと相対し、慎次キセイと共に戦うと誓った日。あの時だけ、ミライは無断で人間界へ訪れていた。
慎次キセイと最初に出会った日は正当な理由があった。『ラガルの石を探す』という名目で聖神から許可を貰い人間界にいたのだが、あの日だけはその許可を取っていなかった。
反対されると思ったからだ。ただ『人間を見たい』という、そんな名目では。
「キセイくん、お願いだから無事でいて!」
ミライは、『人間』が大好きだ。
正の感情や負の感情を持ち合わせており、団結することのできる彼や彼女らが大好きなのだ。
だから人間界に訪れ、神能を使用し、黒髪となって人間と接した。
より深く『人間』を知るため。慎次キセイと、一緒に戦うため――。
「っ、いた!」
瞬間。ミライはキセイのことを発見する。
瓦礫の中でたった1人ポツンと座り込むそんな彼を見つけ、声をかける。
「大丈夫!? キセイくん!」
一瞬、まだ
キセイそのもので、だからこそミライは駆け寄って彼に慰めの言葉を送ろうとしたのだが。
「――は?」
その時。キセイは自身の手の平を胸に当て、強大な雷を溜め始めた。
本来ならば敵に向けるはずの『雷光』を自分の心臓めがけ放ち、
「ダメっ!!」
自決しようとした。
慎次キセイは自らの命を自らで絶とうとし、そして――。
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