第6章 “答え”

「オレは……」


 キセイは答えを出そうとした。

 再びミライから邪神と戦うための協力を頼まれたので、その答えを今度こそハッキリ告げようとしたのだが――。


「きァャッァァ!」


 瞬間。どこからか悲鳴が鳴り響く。


「っ!?」


 それに驚くキセイとミライは咄嗟に顔を上げ、辺りを見回す。

 あまりにも唐突に女性の叫び声が聞こえてきたのでその声の主を探すが、一向に見つかる気配はなく――。


「っ、まさか!」


 キセイはそれだけを言い残し、走り始める。


「ちょ、キセイくん!」


 ミライも後を追い、走る。

 2人ともが走り、階段を降る。下へ下へと降りて、先ほどまでいた地下の集会所に入ると。


「なっ、あれは!」


 そこには、1人の女性の首を掴む男が立っていた。

 集会所の中央で、髪や瞳を紫色に染めた男が、今すぐにでも女性の息の根を止めようとしていた。


「やめろォォ――っ!」


 キセイは即座に走り、紫の男へ殴りかかる。

 確信した。間違いなくあれは邪神だ。見た目の奇抜さもそうだが、何より体から放たれる雰囲気が1週間前に出会った邪神アツマと全く同じ。


「っ!」


 だからこそキセイは女性を助けるために床を蹴り、石の影響で向上した身体能力を活かし拳を前に突き出したのだが――。


「ダメ! キセイく……

「っ、い……

「眠ってください。憂鬱」


 背後から声が響くと同時、目の前の紫男はそれを覆い隠すように口を開いた。


「――ぁ?」


 そして、慎次キセイは眠る。


「……な、ぃが」


 朧気に声を発しようとするも、上手くいかずに意識が途切れていく。

 次第には目蓋を開けられなくなり、そのまま歪な雷が伝わる集会所の床に倒れこんで、


「――キセイ!」


 聞き馴染みのある友人の言葉を最後に、慎次キセイは現実から意識を別離させられた。



 ▼ ▲ ▼



「……て」


 声が聞こえる。


「……きてってば」


 声が響き渡る。


「……起きてってば」


 声が鳴り響く。


「……ねぇ、起きてってば」


 声が。


「お兄ちゃん、起きて!」

「――はっ!」


 その時。青年は誰かから呼ばれたのを察し、起き上がった。

 ふかふかな布団から上がり、意識を覚醒させる。


「……あれ? ここは」


 状況が掴めない。記憶が混乱している。

 今、どうして自分が布団の上にいるのか。どうして目覚めたのか。それすらも理解できず、青年は辺りを見回すと。


「もうっ、やっと起きた。寝坊だよお兄ちゃん!」


 そこには、アイリがいた。

 妹である慎次アイリがいて、彼女は青年の腕を掴み引っ張る。


「ちょ、おい。なにすんだよ!」


「なにすんだよって……行くんじゃん。皆で」


「行く? どこに?」


「いや遊園地でしょ? 前々から言ってたじゃん! 家族4人で今日は遊園地に行こうって」


 アイリは満面の笑みを浮かべながらそう言い切り、部屋の扉を開ける。

 そして、父親や母親がいるリビングへ向かう。今日も、慎次家全員で仲良く過ごすため。


「……お兄ちゃん? どうしたの?」


 すると、そのリビングに向かう途中。アイリは青年の腕を掴んだまま、青年に対してそんなことを問う。


「え?」


 青年は困惑し、だが数秒間黙りこんだ後に。


「……いや、なんでもない」


「ほんと? なんか今日お兄ちゃん変だよ? 悪い夢でも見た?」


「悪い夢……か。確かに見てたかもな」


「え? ほんとに見てたの? どんな夢?」


「……えーとな。ちょっと曖昧なんだけど、女神に会う夢だな」


「へ?」


「清神っていう女神に会って、オレが特別な力を得て、なんか別の神と戦ったりする夢。にしても、夢の割には現実味があって感覚もちょっとあったような……」


「――お兄ちゃん」


「ん? どうした? アイリ」


「そういうマンガの読みすぎは良くないよ? ほんと、ちょっと引くから」


「いや、ちがっ! 本当に見たんだって、そんな夢を!」


「うんうん。分かった分かったから。それじゃあ行くよ」


「ちょ、だから! その生暖かい目やめてくんない!?」


 そうして、いつも通りの慎次家の日常が今日も始まる。

 青年――慎次キセイとその妹であるアイリの仲睦まじい会話が、家に響き渡る。



 ▽ △ ▽



「いったい何をしたの!?」


「……なんですか?」


 慎次キセイが眠った。

 突如として目を閉じ、彼はその床に寝転んだのだ。そして、完全に意識を遮断させる。

 それを意図的にさせたと思われる紫髪の男へミライは叫び、男は惚けるように首をかしげる。


「キセイくんにいったい何をしたって聞いてるの! どうして眠らせなんかしたの!」


「どうしてって……イエローストーンを手に入れるためですよ。そんなこと、聞かなくても分かりますよね? めんどくさ」


「――っ!」


 やはり狙いは彼だ。

 黄色の石に触れ、擬似的に邪神の力を得た慎次キセイを殺すため、この紫男は彼を眠らせた。


「……あなた、名前は?」


「ユメルです。お察しの通り邪神ですよ。しんど」


 ユメルはずっと猫背のまま気だるげな声で呟き、両手を広げる。

 そしてそこから、黒色に染まった謎の球体を6つ顕現させたと思えば。


「全く、アツマさんも人使いが荒いなぁ。イエローストーンの人間を殺してこいだなんて。しかも、予想外の清神ひとまでいるし。しんど」


「っ!? アツマですって?」


 そう小さく呟かれた言葉をミライは聞き逃さず、更に聞き返す。


「あのアツマに命令されて来たってわけ? キセイくんを殺すため」


「えぇ、そうですよ。意図は分からないけど、なんでかボクの力でキセイさんを殺せってあの人から言われたので、人間界を探し回ってきたんです。しんど」


「――――」


「とりあえず人間界の避難所とか集会所を回って人間を殺していけばすぐにでも見つけられると思ったのに、1週間もかかってしまいました。しんど」


「っ!? 『殺していけば』!?」


「――? なんです?」


「いや、今あなた『殺していけば』って言ったじゃない。……まさかとは思うけど、ここ1週間で行った避難所や集会所にいる人間たちを殺してきたってわけ?」


「そりゃそうですよ。ちゃんと全部皆殺しにしてます。でなきゃイエローストーンの人間を見つけられませんしね。もし誰か1人でも見逃して、その人がキセイさんだったらどうするんですか。めんどくさ」


「……1週間で、どれだけ殺したの?」


「さぁ? しっかりとは数えてませんが、とりあえず数百人は殺したんじゃないですかね?」


「――――」


 ユメルは実に面倒くさそうに、気だるげに、それだけを良い告げ。


「あなただけは、絶対に許さない!」


 途端。相対するミライは手に『氷剣』を顕現させ、戦闘態勢に入った。


「……はぁ。しんど」


 『黒玉』を操り、慎次キセイを殺そうとする邪神を止めるため。ただでさえ少ない人間を無意味に殺す悪魔を、倒すため。



 ▼ ▲ ▼



 ずっと、夢を見ていたのかもしれない。

 不幸な夢を。最悪な夢を。

 だってそうだろう。そう思わなきゃ、おかしいだろう。


 なにが『邪神』だ。なにが『清神』だ。

 そんなものは無い。そんなのは全て夢だ。


 何故なら、死んだと思っていた家族は――。


「お兄ちゃん! 早く早く!」


「ほらキセイ、遅いぞ」


「キセイ。どうしたのボーッとしちゃって」


 こうして、目の前にいるのだから。


「ごめんごめん! すぐ行くよ」


 そう言って慎次キセイは走り、目前にいる家族3人の元へ向かった。

 父親のリュウ。母親のミカコ。妹のアイリの元へ、駆ける。


 ――現在、慎次家は遊園地に訪れていた。

 ずっと前から行く約束をしていて、やっと今日は家族水入らずの休日だ。

 父も母も仕事が無く、妹も友だちとの遊び予定を立てていない。キセイはいつも通り暇。

 だから4人で訪れた。全力で遊ぶため、遊園地に。


「ねぇねぇ! わたしこれ乗りたい!」


 アイリは元気にはしゃぎながらそう言い、ジェットコースターを指差す。


「お、良いなぁ。楽しそう」


「ね。お兄ちゃんと一緒に乗ってくれば?」


 すると、両親は微笑みながら愛娘に向けてそう言い放つのだが。


「ぐぇっ!?」


 肝心のキセイは突如として冷や汗をかき始め、体を震えさせる。


「……ん? どうしたの? お兄ちゃん」


 あまりにも突然に怯えだした兄を見て、アイリは数秒間黙り込んだと思えば。


「もしかして……」


 不意に口元を緩め、


「怖いの? ジェットコースターが」


 ニヤニヤしながら問いかけてきた。


「うっ!? そ、そんなこぉっとねぇよ!?」


「いや声裏返ってるじゃん。怖いんでしょ? ねぇ正直に言いなよぉ!」


 妹は煽り、煽られた兄であるキセイは困ったように顔をしかめる。

 ふと両親に助けを求めるが、2人もニヤニヤしながら楽しそうに目の前の愛娘と愛息子を見ている。


「くっ」


 苦痛な声を漏らし、キセイは困り果ててしまう。

 しかし一方で、この状況を楽しんでもいた。


「――――」


 幸せだなと、そう感じていた。

 だってそうだろう。あんな最悪な夢を見た後じゃ、こんなどこにでもある普通にちじょうも幸せに感じてしまうものだ。


「オレは……」


 家族には聞こえないような声量で呟き、キセイは笑う。

 笑って、もう二度とあの夢は見たくないと誓う。


「一生こうしてたいな」


 この現実ゆめから出ないという答えを、心に導きだした。

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