第5章 “双神”

「……なに? 2人って知り合いなの?」


 集会所にて、人間キセイ女神ミライは1週間ぶりの再会を果たす。

 だが、それは望まない再会だ。少なくともキセイは会いたくないとすら思っていたが、偶然にも出会ってしまった。


 だからこそ、見知らぬ女性が友人に対し何か耳打ちしたのを見て、横にいる阪口シンタは疑問を投げ掛ける。


「え? い、いや。こ……この人とは、その」


 キセイは冷や汗をかき、慌てながらもどんな返答をすれば良いのか迷う。

 正直に『女神』だと言うことも可能だが、どんな可能性を考慮しても厄介になる未来しか見えない。


「――――」


 そんな考えを察してくれたのか。ミライは咄嗟にキセイの腕を掴み、シンタへお辞儀をしたと思えば。


「どうも、私はミライと申します。実は、キセイくんとは古い友人なんです」


 そう、名乗りをあげた。


「――。――え? まじ? こんな美人がキセイの友だち? しかも古くからの?」


 あっさりと信じてしまうシンタは驚きの言葉を漏らし、キセイとミライを何度も見返す。


 そして、そこから誰一人として何も喋らない気まずい時間が流れると。


「そ、そうだ! 久しぶりに会ったんだし、少し2人だけで喋らねぇか? ほら、積もる話も豊富だし!」


「え? 積もる話? そんなの別に無……」


「いいから早く!」


 強引にミライの腕を掴み返し、キセイはひとまずその場から離れることを選択した。

 急いで走り、「すぐ戻るから待っててくれ!」とだけシンタに告げ、走る。

 ここに来た時と同様の速さで、集会所の中から消え去る。


「まじ、かよ……」


 状況を掴みきれていないシンタはそう呟き、ポツンと1人取り残される羽目になった。



 ▽ △ ▽



「なんでお前がここにいるんだよ!」


 集会所の外。地下から階段を登り、ひとまず地上へ。

 他の誰にも見られないような影のある場所へ避難し、そこでキセイはミライに対し問いを投げ掛ける。


「なんでって……私がいちゃいけない理由でもあるの?」


「い、いや、そう言われたら確かにそうだけど。……女神なんだろ? 簡単に人間たちが大勢いる場所に現れて良いのかよ」


「あぁそれね。それなら大丈夫よ。確かにキセイくんの言う通り、神は本来なら人間たちの前に現れちゃダメっていうルールがあるの。あるけどほら、見てよ今の私の姿」


「……黒髪?」


「そ。私は神能を使うことで、まるで人間と同じような見た目に変身することができるの! だから、実際に声をかけられるまで私のことも気づけなかったでしょ?」


「ま、まぁ確かにそうだけど……」


「にっひっひっ。私だけが使える裏技よ」


 ミライは口の端を緩め、元気よく笑みを溢す。

 その綺麗な黒髪を触りながらはしゃいでみせる。


「……1週間前は、悪かった」


「え?」


 ふと、唐突にキセイは謝罪をしだした。

 目の前の女神に対し、少し目を反らしながら謝りの言葉を送る。


「いや、この前はお前のことを突き放してしまっただろ? オレの自分勝手な理由で、戦うことを一方的に拒否してしまった。それをずっと謝りたかったんだ」


 そう。キセイは1週間前のミライとの別れ方を、良く思っていなかった。

 当然だ。あの時は相手の考えもしっかりと聞けず、ただ身勝手に拒否し続けただけなのだから。

 ずっと女神に対し悪いと思っていて、いつかまた会えたら謝ろうとキセイは心に決めていた。


 シンタの勘違いでここに訪れることとなったが、結果的に来て良かった。

 キセイはそんなことを思い、友人の夢に感謝する。


「なに? もしかしてこの1週間ずっと気にしてたの?」


 するとミライは更に口の端を緩め、まるでおちょくるかのように上目遣いをしてくる。


「な、なんだよ……そんな面白いことでもないだろ」


「いや別に面白くはないけど、なんだかキセイくん不器用だなぁって」


「う、うっせぇ! そんなんじゃねぇし! ただ謝っただけだし! それ以上もそれ以下もねぇし!」


「めちゃくちゃ慌ててるじゃない。見た目の割に意外とかわいいところあるのね」


「余計なお世話だ!」


 楽しそうに話すミライに対し、キセイはどこか顔を赤くさせずっと目を反らし続ける。

 瞳同士を意地でも合わせず、話題を変えようと口を開く。


「そ、そういえばさ! あの日の続きを聞かせてくれよ」


「へ? 続き?」


「そう、続きだ。あの日はオレが勝手に帰っちゃったせいで色々と話を聞けなかっただろ? 女神のこととか神能ってやつのこととか邪神との戦いについてとか」


「あー確かに。あの日は話せなかったものね。キセイくんが帰っちゃったから」


「うっ。復唱するのやめてくれない?」


「にっひっひっ。冗談よ冗談。別にあの日のあの対応については怒ったりなんかしてないし。むしろ、こっちの方こそ悪いと思ってるわ。あんないきなり協力を持ちかけたりして。ほんとごめんね」


「えっ!? い、いや……別にそれは……その」


 まさか謝られると思っていなかったキセイはミライの不意な謝罪に驚き、再び目を反らす。

 女神の顔を見ることができなくなり、頭に手を当てていると。


「じゃ、まあ話すことにしますか。神についてを」


 ミライはそう言い、咳払いをした。

 説明を始める姿勢になり、キセイの顔を見ながら話す。人間とは違う生き物である、『神』についての説明を。



 ▽ △ ▽



 ――この世には、2種類の『神』が存在する。


 一方は女の神である女神。

 一方は男の神である男神。

 そして、女神は清神せいしん。男神は邪神じゃしんと呼ばれている。


 何故そう呼ばれるのか。それは、男神という神たちが残虐に満ちた生き物だからだ。


 2種類の神たちは神界しんかいという神にしか住むことの許されない場所にいるのだが、そこで男神は暴虐の限りを尽くした。

 女神を傷め、虐め、屈服させる。それに快を感じるのが男神だった。


 だからこそ男神は『邪神』と女神たちから呼ばれるようになり、男神側も面白がって女神たちを『清神』と呼ぶようになった。



 ――そして、今より5000年前。

 邪神の非道に憤りを感じた清神たちはついに立ち上がり、戦いを始める。

 邪神もそれを受け同じように戦い始めたことで、神同士の戦い。神戦争しんせんそうが勃発する。


 神は神能しんのうという名の特殊能力を扱うことができるため、それを駆使した激しい戦いが神界にて繰り広げられる。


 互いが傷つき、互いに傷つけ、戦争が暴走していく中。邪神軍団の首魁であったラガルという神が、清神たちによって討たれる。


 ラガルは瀕死となるが、完全なる死をなんとか免れようとするため自身の魂と保有していた神能を7つの石として分けた。

 そしてその石に、ラガルの部下である邪神が神能を唱える。


『今から5000年の間は何の変哲もない普通の石となるが、5000年後。石は効力を取り戻し、ラガル様の魂と力が秘められたものに戻る』


 というそんな神能をかけ、神界ではなく人間界へと邪神たちは落とした。

 清神に見つからないようするため、清神に回収させないようするための作戦だ。


 そこから、邪神たちは身を潜める。

 神界のどこかに隠れ、5000年間。ほとんどの邪神はその時が来るのを待った。

 5000年後。石を全て集め、ラガルを復活させ、清神に報復するため。



 ――5000年が経過した現在。邪神は動き始める。

 人間界にある7つの石を回収するため本来は禁じられている人間界への出入りを行い、集め始めた。

 その過程で残虐な彼らは人々を殺し、散々に痛め付ける。

 まるで5000年分の鬱積を晴らすかのように、何の罪もない人間たちを意のままに攻撃していく。



 ▽ △ ▽



「そこで私たち女神はこれ以上彼らを放置しておけないという理由で人間界に降りてきたのだけど……ごめんなさい」


「――え?」


 突如、説明の最中にミライがまたも謝罪をし始めたので、キセイは困惑する。


「ごめんなさいって……なにが?」


「いやだって、私たちがもっと早くに来ていれば……人間界はこんな状態にならずに済んだかもしれないから。キセイくんにとっての大事な存在も救えたかもしれない。……だから本当に、ごめんなさい」


「――――」


「ただ、分かってほしいの。言い訳に聞こえるかもしれないけど、本来なら私たちが人間界に来ること自体が禁忌。今は、『邪神の目的を阻止する』という大義名分があるから例外的に私を含めた数名の女神が人間界の出入りを許されてるけど、それでも最低限人間には正体がバレてはいけないという決まりが……」


「分かったよ。もう分かったから」


「――え?」


「とにかく、悪意があって人間を見殺しにしてたとかではないんだろ? 助けたくてもできなかったってことなんだろ?」


「……う、うん。そうなの」


「なら別にそのことで責めたりなんかしねぇよ。確かにあの邪神あくまたちのせいでオレやオレの友だちは家族を喪ったりもしたけど、その悔しさをお前たち女神にぶつけるのも……違うような気がするし」


「キセイ……くん」


 ミライは今にも泣き出しそうな表情でそう呟き、次々に気持ちを吐露していく。


「実は私ね、人間のことが好きなの」


「は? 人間が?」


「えぇ。というのも、神界にはとある特殊な道具があって、それを使うことで私たちは人間界の様子を眺めたりすることができるの。人間のことを、よく見れるの」


「――――」


「そこで、私はあなたたちを何百年も見ていた。自分とは違う『人間』に対して純粋な興味を抱き、その道具からずっと眺めていた。結果、好きになった」


「……それは、なんで?」


「――。なんでって言われると難しいけど……とにかく好きになったの! 確かに、人間は人間でも邪神のように悪さを働く者はいる。いたずらに他人を傷つけてしまうような存在がいることは知ってる。だけど、それでも、そうじゃない人の方が多いことも知ってる」


「っ!」


「自分のことしか考えない人がいる分、他人のことを想いやれる人がたくさんいるのを知ってる。そして、キセイくんがまさにそういう人だということを!」


「――。――なっ! お、オレが!?」


「そうよ。だから私はあなたに協力を求めたいの! あなたがイエローストーンに触れたのだって、やっぱり偶然じゃない。そういう運命。だから、私はキセイくんと戦いたい!」


「――っ!」


 どこか興奮気味のミライに圧倒され、キセイはいつの間にか立ち上がり後退りをしてしまう。


 正直言って、やはり彼女はキセイのことを過大評価しすぎてるとしか思えない。

 キセイは本当に何も無い人間だ。強くもない、賢くもない、まさに無いものだらけ。


 だけど、だとしても。


「オレでも、やれるのか」


 決して、この1週間でキセイの考えが劇的に変わったというわけではない。むしろ、人はそんな短期間では簡単に変われない。


 しかし今では。少なくとも今だけは、キセイの気持ちがどこか前向きになっていて。


「オレは……」


 女神ミライを前に、人間キセイが出した答えは――。

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