第4章 “束の間”
――ずっと、開けられない『手紙』があった。
しっかりと封がされてあり、その中を知る者はこの世でたった1人だけの『手紙』。
それを、慎次キセイは所持していた。
普段から寝泊まりしている地下の穴蔵にて、真横に薄い布団を敷きながら『手紙』を手に持つ。
中に何が書かれてあるのか知らないそれを開けることもできず、しばらくの間は封を見続けたと思えば。
「……やっぱ無理だよ、母さん」
キセイはそう言い、いつも通り『手紙』を小さな箱の中へ仕舞った。
中を見ることなくどこか陰鬱な表情だけを溢し、自身の答えから逃げるように眠る。
▽ △ ▽
慎次キセイが見るからに怪しい特殊な黄色の石に触れ、邪神と戦い、女神のミライと別れてから、1週間の時が経過した。
その間、世界自体は特に大きな変化を遂げることもなく、相変わらずの世紀末を見た目で現していた。
「……よく寝た」
まるで自分へ言い聞かせるように呟き、キセイは起き上がる。
天井の微かな隙間から差し込む朝日が目蓋に当たり、そこで目を覚ます。
「――――」
何も喋らず無言で、朝の挨拶を交わす相手も見つからないまま立ち上がる。
ここ数ヵ月、キセイの日常は同じことの繰り返しだ。約1年前に家族を喪ってから、ずっと1人きりで穴蔵にて生活している。
誰とも喋ることができず、誰とも感情を共有することもできず、たった1人で。
「――――」
しかし、そんな寂しさにももう馴れた。
馴れてしまったため、今さらこの現状をどうにかしようとは思わない。
そんなこと思うわけがないし、なによりも。
「オレに、そんな甘えは許されない」
家族を守りきれなかった愚者に、また誰かと生活を共にすることなど許されてはいけないのだ。
▽ △ ▽
地下の穴蔵から出て外へ足を踏み出し、キセイは歩きだす。
いつも通り邪神に見つからないよう、ひっそりと物音も立てずに一歩ずつ進み続ける。
今日外に出た理由は単純で、それというのも。
「おーっす、キセイ。おはようさん」
「……おぉ。はよう、シンタ」
数少ない友人である、阪口シンタに会うためだ。
シンタはキセイの隠れ家近くまで来てくれていて、対面する。
昨日も同じように訪ねて来て少し話をしたため、会うこと自体は1日ぶりだ。
「どーしたどーした。今日は元気がないな」
そう言うシンタは相変わらずの軽いノリでキセイの背中を叩き、笑みを溢す。
「別にオレはいつも通りだけど。……てか、お前も本当にいつも通りだな。マジでいつも通りすぎて安心感すら覚えてくるよ」
対してキセイはため息を吐きながら言葉を漏らし、シンタと共に歩み始める。
「だろ? 明るいってとこが唯一の俺の長所だからな。他にはなにも無いけど!」
「……それ、自分で言ってて悲しくならない?」
そんなやり取りを交わしつつも前へと進み、本日の目的地へめがけ歩く。
「というかさ、今日はどこに行くんだっけか?」
「あれ? 俺言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよ。聞いたのは、ただ『明日遊びに行こう』ってだけだ」
昨日。話をして別れる前に、シンタから言われたのだ。
次の日の今日。とある場所へ遊びに行こうと。
「だから支度したのは良いけど、実際どこに行くんだ? 遊ぶって……こんな世界でどうやって」
――荒廃した世界だ。
今キセイたちが歩いている周りにあるのはかつて建物だった瓦礫のみで、しっかりとした建造物はここ数ヵ月ずっと建っていない。
地面に転がる瓦礫の山が、地平線の奥まで延々と続いている。
「こんな所でなにをして遊ぶんだよ……」
遊ぶ場所なんてない。邪神が攻めてくる前までは存在していた娯楽もそのほとんどが消滅し、今やこの世界には退屈と貧困と飢餓と苦痛しかない――はずなのだが。
「知らねぇのか? 隣町にある集会所の噂」
「集会所の……噂?」
理解が追い付かない言葉を出され、キセイは頭にはてなマークを浮かべる。
すると、その様子を察したシンタは歩きながら説明しだす。
「集会所の噂ってのは、ここら辺にある唯一の娯楽施設のことだ。俺もまだ行ったことないから本当にただの聞いた噂程度なんだが、どうやらそこには3年前の邪神侵攻以前にあったマンガやゲームといった娯楽が今もたくさん残されているらしい。んで、知る人ぞ知る穴場になってるとか」
「……ほう?」
ふと興味深いことを話し始めたシンタにキセイは耳を傾け、足を止める。ここまで何気なしに歩いていた体を一度引き止め、眉をひそめる。
「マンガ……あるのか?」
「あぁ。噂だけどな。キセイが好きだった有名作品もたくさん置かれてあるって話だ」
「――――」
そう。慎次キセイはとにかく『マンガ』が大好きだった。
邪神が攻めてくる前までは、毎日狂ったように数々のマンガ作品を閲覧していたのだ。電子書籍ではなく紙の本を買い漁り、有名どころは全て網羅していた。
アニメやゲームといった娯楽も多少は楽しんでいたが、やはりキセイはマンガだ。
たった数ページの画と台詞で人の心を熱くさせられるマンガに、人生の快を見出だしていた。
だが、それも邪神たちによって全てがゼロになった。
家を焼かれ、持っていたマンガは1つ残らず消え去ったのだ。
こんな状況となった世界では出版社もマトモに機能していないし、そもそも余裕を持って画を描ける人もいないだろうし、もうキセイは今後死ぬまでマンガは読めないのかと落胆していたのだが。
「……シンタ」
「ん? どした?」
「さっさと行くぞ」
「へ?」
「ほら早くしろ! さっさと行くぞ! その場所はどこだ!」
「ちょ、おい!」
数分前とは大違いの態度をキセイは見せ始め、シンタの腕を掴む。
そして、全速力で走り出す。
「いやマジで急変したな!? てかお前ってこんな足速かったっけ!?」
目の前の友人が突如として騒ぎだしたことにシンタは驚き、腕を掴まれされるがままに走る。
見たことのない脚力を出すキセイに、目を見開く。
「行くぞ!」
キセイは1週間前に触れた黄色の石により身体能力が向上しているため、その速さも尋常ではないものとなっている。
だからこそそれにシンタは驚くのだが、興奮し続けるキセイはそんなことすら気にせずただただ走る。
まるで新しい玩具を見つけた幼子かのように、走り続ける。
――その足元に、微かな雷を滾らせて。
▽ △ ▽
シンタの案内により、キセイたちは無事隣町の集会所へ到着した。
そこはやはり地下にあり、大きな空間だった。
かなり広い空洞で、中には予想以上に多くの人間がいる。
若者から年寄りまでいて、まさに皆の溜まり場だ。
そして、噂通りマンガやゲームといったものは――。
「無いじゃん」
そう、無かったのだ。
着いたのは良いものの、そこは娯楽施設などではなくただの殺風景な集会所だった。
キセイやシンタたちが普段行く避難所と似たような、人々の集まり場だった。
娯楽は一切無く、何か遊べる場所でもなく、ただの地下空間。
ただの、人間たちが多く居座っている場所。
「……シンタ?」
キセイは真横を向いて冷たい視線を送り、すると向けられたシンタは口笛を吹きながら天井を見つめる。
下手で全く吹けていない口笛を続け、数秒経ったと思えば。
「ごめん。娯楽があるとかの噂……よくよく思い返すと、あれ全部夢だったわ」
その瞬間。キセイは体中の力を抜き、集会所の地面に倒れ込んだ。
▽ △ ▽
「マジごめんって。いい加減元気出せよ、キセイ」
「……はぁ」
「ほんとのほんとにすまんって。け、けどさ。いっぱい走って運動になったじゃん。普段からそんな体動かしてなかっただろ? ちょうど良いじゃねぇか」
「マジで無意味な運動だったけどな。……はぁぁ」
集会所にて、ずっとため息を吐き続けるキセイとそれを宥めるシンタの図が繰り広げられる。
キセイは先ほどまで気持ちを昂らせていたが、その原因が出鱈目だったことを知り落ち込んでいる様子。
「久しぶりにマンガが読めると思ったのに」
叶うかもしれなかった願望を口にし、これまでにないような落胆の表情を覗かせていると。
「――キセイ、くん?」
ふと、声をかけられる。
集会所の端の方で座っていると、キセイとシンタの目の前に1人の女性が現れる。
「え? あ、は、はい。そうです……けど?」
美しい黒髪をなびかせ、更に綺麗な黒瞳でキセイのことを見つめる彼女は問いを投げ掛けてきたので、困惑しながらもキセイは答える。
「え、なに? この人キセイの知り合い?」
横にいるシンタも困惑し、女性とキセイを交互に見つめる。
何が起こってるのか理解できず、男2人はただ頭の中に疑問符を浮かべていると。
「私、私よ」
咄嗟に女性はそんなことを言い出し、自身の口をキセイの耳元に近づける。
「ちょ、え!?」
キセイは慌て、離れようとした瞬間。
「ミライよ。女神のミライ。まさかこんな所で再会するなんて。ほんと偶然ね」
「――。――――は?」
1週間前を最後に別れたはずの彼女が銀髪から黒髪へ姿を変え、何故か人間たちの集会所にいたのだった。
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