第7章 “託す想い”

 慎次キセイは、家族水入らずで遊園地を楽しんでいた。

 父親、母親、そして大切な妹と共に、休日を堪能し尽くしていた。


「いやぁ、楽しかったなぁ」


 様々なアトラクションに乗り、食べ物を美味しく食べ、派手なパレードを見て。疲れるほど遊び尽くし、今はもう陽が隠れ始める時間。

 だからこそ父はそう言い、それに家族3人も頷き同意する。


「本当に楽しかったわね」


「ね! また皆で来よ! もう1回お兄ちゃんをジェットコースターに乗らせたいし」


「いや、やめてくれ。マジであれだけはもう勘弁……」


 母も妹もキセイも。口々に今日の感想を告げ、帰路に着く。

 家に帰るためには電車へ乗らなければならないため、駅まで歩く。


「にしても、まさかキセイがジェットコースターであんなにビビるとは。初めて知ったな」


「うげっ。と、父さんまでからかうなよ。誰にだって得意不得意があるだろ?」


「だとしてもだって。お兄ちゃん、まさに奇声きせいをあげてたよ? キセイだけに」


「いや究極にしょうもねぇな! アイリ、お前いつからそんなギャグセンス皆無の人間になったんだ! そんなのお兄ちゃんは許さないぞ!」


「どんなツッコミ!? ……はぁ。まぁいいや。とりあえずお兄ちゃんのビビりエピソードはしばらく友だちとの話すネタに使わせてもらうから」


「やめてくんない!? マジでそれ拷問でしかねぇんだけど!」


「あ、じゃあ私も話そうかしら。職場とかママ友の人にキセイのことを」


「母さんまでなに言ってんの! 息子が恥かくのそんな面白い!?」


「「面白い」」


「夫婦揃って息ピッタシだね!?」


「ははは。冗談だって。母さんやアイリもちゃんとそこは弁えてるさ。安心しろ、キセイ」


「……そうは言うけど、父さんもどこか危なっかしいからなぁ」


「危なっかしい? 俺がか?」


「そ。だってこの前酔った勢いでハシャギまくってじゃん。母さんの親の目の前で」


「うげっ。あ、あれは……」


「まぁ爺ちゃんも婆ちゃんも笑ってたから良いけど。……オレはあんな風にならないようにしよう」


「とか言いつつも、お兄ちゃんだってお父さんの遺伝を継いでるわけだし、ああなっちゃうかもよ」


「ならねぇよ。てかアイリの方こそ気を付けろよ。二十歳を越えても調子乗ってお酒とか飲むんじゃねぇぞ? 危ないから」


「分かってるよー」


「ふふ。ほんとキセイはアイリのことが好きなのね」


「母さん!? 別にそういう意味じゃ……」


「まじシスコン引くわ」


「アイリ!? 真に受けるなって! ほら、父さんも何か言ってやって!」


「おう。2人ともそうだぞ。キセイはアイリのことを好きなわけじゃない。大好きなんだ」


「何のフォローにもなってねぇけど!?」


 ――家族の会話。

 それが、4人の間で繰り広げられていた。

 父も母も妹もキセイも。それぞれが笑顔で話しながら歩き、駅へと向かう。



 数分もすればすぐさま到着し、切符を買う。電車に乗るため購入し、そのまま改札を渡ろうとした――瞬間。


『おい』


 どこからか、声が聞こえてきた。


「は?」


 かと思うと、突然世界が静止し始める。

 キセイ以外の時間が全て止まり、つい先程まで真横を歩いていた家族たちも一斉に足を止め息すらしなくなる。


「な、なにが……」


 自分も足を動かせない状況の中、改札を目の前にして意識だけがハッキリしている。

 他の誰もが止まり続け、キセイはなんとかして世界を再生させようとするが。


『今ならまだ間に合う』


 またも声が聞こえる。

 それは耳に響いてきて、しかも聞いたことのある声で。


『頼むから、目を覚ましてくれ』


 再び響く。とある男の声が耳や脳に直接響き渡り、その時キセイは口を開かせる。


「だ、誰なんだお前は。てか、なんなんだよこの状況!」


 足も手も何もかも動かないのに、口だけは動かせる。喋ることはできる。

 全く意味不明な状態に陥りながらも、キセイは脳内に響く声と会話を交わそうとする。


「さ、さっさと改札を通らせろよ! 家に帰らせろよ! オレの家族に何をしたんだ!」


『――ダメだ。お前を家に帰らせるわけにはいかない』


「っ、なんで!? どうしてお前がそんな好き勝手なこと言えるんだ! ほんとに誰なんだよ! 早く体を動かさせろ!」


『違う。お前が今やるべきなのは、帰ることじゃない』


「っは!?」


『お前は今、戦うべきなんだ』


「……たたかう?」


『あぁそうだ。イエローストーンの力を使って、外にいる清神と共に邪神を倒さなきゃいけないんだ。だから頼む、起きてくれ』


「せい……しん? じゃ……しん? なんだそりゃ。そんな空想世界のことなんか知るか。オレは今現実を生きてんだよ! オレはオレなりに、このなんともない日常を頑張って過ごしてんだ。邪魔すんじゃねぇ!」


『っ!』


「第一、んなとこに戻ったって仕方ねぇだろ! だって、だって外の世界には……」


『――――』


「家族が、いないんだから」


 気づいていた。本当はキセイ自身もよく分かっていた。ここがウソの世界なのだと。

 恐らく、意識が途切れる直前に見かけたあの紫髪男によって眠らされた先の世界なのだと。


 心では、本心ではしっかり理解していた。

 現実世界に帰らなきゃいけないことも分かってはいた。だが。


「……戻りたく、ねぇ」


『――――』


「あの世界に戻ったところでなんになる? なにがある? あるのは瓦礫の山と家族の遺影だけだ。ろくなもんじゃねぇ。それに邪神もいる。あいつらが世界を滅茶苦茶にしようとしている」


『……だけど、それでも』


「それでもなんだ! 言ってみろよ! オレが帰らなきゃいけない理由を! 別にオレなんかいなくたって良いだろ!? オレ1人が消えたって世界は変わらないし、明日から何事も無くまた世紀末のような日々が続く! 邪神あくまどもに搾取されるだけの、辛い日々が!」


『――――』


「ならもういっそのこと、この幸せな夢の世界にいた方が良いじゃねぇか! てか、そっちの方が正しい! そう。正しいに決まってるんだ! なんでわざわざ辛い世界へ戻らなきゃいけない!? なんでわざわざ辛い選択肢を自らで選ばなきゃいけない!?」


『――――』


「教えてくれよ、天の声さんよぉ! お前は何者なんだ!? なんで偉そうに物事を騙れる! オレの何も知らないくせに! オレのことなんか、1ミリも理解してねぇくせに!」


『――――』


「オレは弱い人間なんだ! 史上希に見る醜い生き物なんだ! んなことオレが一番知ってる! 知りたくないほどに知り尽くしている! そんなオレが現実に帰ったって、また辛いことが起きるだけだ! 今度はシンタが死ぬかもしれない! あの清神もオレのせいで死ぬかもしれない!」


『――――』


「もう嫌なんだ! オレのせいで誰かが不幸な目に合うのは! オレはただ退屈で幸せな日常を送りたいだけなのに、なんでそれすら叶わないんだ!? そんなことを願うのもダメだってのか!?」


『――――』


「幸せになってほしい。願いはそれだけだ! 父さんに、母さんに、アイリに、シンタに。関わる人みんなに幸せになってほしい。それがオレの願いだ。人生において唯一の、オレの願いなんだ。だから……だからさ、頼むから……それだけは叶ってくれよぉ」


『――。お前は……』


「黙れ! 何も言うな! 何も言うんじゃねぇ! お前は……オレは、何かを言う権利すら無い負け犬だ。弱虫な人間なんだ!」


『それは違う。だって、オレたちは……』


「オレたちはなんだ!? 立派な人間だとでもほざくつもりか!? そんなこと、あり得るわけが……」


『だって、オレたちは生きてるじゃねぇか』


「――は?」


『この世に、この世界に生きてる。戦う理由なんて、それだけで事足りるんだ』


「なに、言って……」


『お前は死にたいのか? 死んで無に帰りたいのか!? 死んで何も無かったことにしたいのか!? 違うだろ! そうじゃねぇだろ!』


「っ!」


『お前は死にたいわけじゃねぇ。ただ生きたくないだけなんだ! これ以上自分と関わった人の苦しむ姿を見たくないから、逃げたいだけなんだ。この世界から、この世の中から』


「――。……あ、あぁそうだ。そうだよ。だが、だけど、それの何が悪い!? 逃げることの何が悪いんだよ! 逃げたって良いじゃねぇか! 弱虫みたいに惨めったらしく泣きだして良いじゃねぇか! 悪いのは邪神なんだぞ!? 人間は誰一人として悪くないんだぞ!? それでも逃げるなって言うのか! それでも立ち向かえって言うのか!」


『あぁそうだ。立ち向かえ。未来を得るためにな』


「っ!? 未来……を?」


『慎次キセイ、お前は過去ばかりを見すぎてる。確かに過去を振り返ることも必要だけど、未来を見ることの方が大事なんだ。これまで失ったモノより、これから得るモノを見つけることが大事なんだ』


「――――」


『そうすれば世界は変わってくる。そうすれば見え方が何もかも変わってくる。……それを、オレは学んだ。あの人から教えてもらった。だから、お前にもそうしてほしいんだ。キセイ』


「――。――お前は、何者なんだ?」


『同じだよ。お前と同じであって、だけど同じじゃない。お前に全てを託したいと思ってる、お前じゃないオレだ』


「託す?」


『……オレは、お前以上に何も無い人間なんだ。結果的に全てを失った。仲間も何もかも。だからこそ、お前には何も喪ってほしくない。未来を見てほしい』


「――――」


『頼むよ、慎次キセイ。オレの気持ちをオレであるお前なら分かってくれるだろ?』


「そ、そんな……そんなの……」


『手紙を見ろ。そして、イエローストーンの真価を発揮させろ』


「っ!?」


『オレが言えるのはそれだけ。オレからお前に何かを言うのは、これで終わりだ。後はお前自身で決めろ』


「っな、待て!」


『オレはただ託すだけだ。あの人がオレへ託してくれたように。お前が、オレと同じ過ちを繰り返さないように』


「おい! 待てってば、お――」


 瞬間。突如として声は消えた。

 つい先程まで脳内に響いていた声は消滅し、世界も動き始める。

 駅、人、家族。それぞれが元の時間を取り戻し、静寂は破れ去られる。


「ん? おぉ~い、お兄ちゃん?」


 ふと、アイリの声が聞こえる。

 目の前から妹の声が響き、その横に立つ父と母も手を振る。


「キセイ、なにボーッとしてんだ? 早く改札渡ってこーい」


「そうよ。キセイ、いつまでも突っ立ってちゃダメよ?」


 元気よく、何の迷いもなく。愛する家族はキセイに話しかける。

 まるで本当に生きてるかのように、そこにいるかのように。


「――――」


 キセイは黙る。切符を片手に持ち、改札を渡る寸前で立ち止まる。

 何も言わず、喋らず。そのままただ止まって少しの間無反応でいたかと思えば。


「ごめんなさい」


 謝罪をした。それは、目の前の家族にだ。

 父、母、妹に心の底から謝罪をし、その途端に自身の胸へ手の平を当て――。


「オレは……」


 今度こそ、慎次キセイは正真正銘の答えを導きだす。

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