第1章―② “終わりの世界”

 ――邪神。

 見れば分かる。青年は、ここ数年で嫌というほど邪神かれらを見てきたのだ。

 一目見てしまえば、目の前に立つ存在が人間にんげん邪神あくまかを見分けられる。


「っ!」


 邪神と遭遇してしまった。

 なんとか彼らに見つからないようひっそりと毎日を過ごしていたにも関わらず、つい特殊な石に気を取られ見つかってしまった。


 こうなれば、青年のやることはたった1つ。


「くっ!」


 逃げるしかない。

 すぐさま足を前に動かし、なんとか殺されないよう逃げ切るしかない。


「はぁ! っ、……は、はぁ!」


 みっともないだろう。情けないだろう。女々しいだろう。

 とても男らしいとは思えない対応だが、青年にそんなことを気にしている暇はない。

 ちっぽけな矜持プライドなど、生きるのに必要ないのだから。


 逃げ、逃げ、逃げて。過去から逃げ続け、今の青年があるのだから。


「――逃がさねぇぜ?」


 だがそれで簡単に逃がしてはくれないからこそ、彼らは悪魔なのだ。


「ほらよっ!」


 青年は再び邪神に殴られ、地に伏せられる。

 顔面が勢いよく大地へ激突し、更に体からは血が溢れ出る。


「ヒヒヒ。みっともねぇなぁ、雑魚人間」


 悪魔は頬を緩め、青年を嗤う。

 情けなく、ただ現状から逃げようとし続ける愚者にんげんを嘲嗤ってみせる。


「おい、みっともねぇ雑魚人間。オマエに質問がある」


「――は? しつ……もん?」


 突如としてそう言葉を投げ掛けられ、青年は混乱する。


「あぁそうだ。簡単な問いだ。オマエ、さっき黄色の石に触れようとしたろ」


 青年が地にうつ伏せで寝転がり、それを上から邪神が見下ろす。そんな状態が続く中、構わず問いが投げ掛けられる。


「その時、なにか異変を感じなかったか? なんつーか、自分の体に異常なまでの力が出てきて……みたいな」


「――?」


 その質問の意図が分からず、青年は困惑を深める。

 何が聞きたいのか、どう答えればいいのか。一生懸命に探り、結果何も導き出せず数秒間無言でいると。


「……ま、いいや。どちらにせよ、殺せば済む話だ」


「っ!?」


 突如、邪神は自身の両腕に真っ赤な炎を宿し、そのまま真下の青年へそれをぶつけようとしてきた。

 魔法だ。邪神たちが使う特有の魔法をこの男も使い、『炎拳』で殺しにかかる。


「しまっ」


 避ける隙もなく、もちろん反撃する余裕もなく。青年はただただその暴力を一身に浴び、ついに家族と同じところへ逝くのかという考えが脳裏を過り、



『――お兄ちゃん』



 それと同時。妹が自分を呼ぶ声も聞こえた。


「っ!」


 妹が自身のことを呼んでいる声が頭の中に響き、青年はその瞬間。


「あぁぁぁ――ッッ!」


 腕を前に突き出していた。


「はっ?」


 いきなりの反撃に邪神も驚くが、それでも『炎拳』を止めることはなく振り下ろし続ける。

 対して青年は炎どころか何も纏ってない腕を上へ上へと伸ばし、邪神の拳を掴む。


「あっ――」


 熱い。あまりにも熱すぎる。当然のことだ。何故なら、青年は炎そのものを掴んでいるのと同じだから。

 炎に包まれる拳を受け止め、自身の腕も炎に包まれていく。


「ぁぁあああ――ッッ」


 燃える。燃えていく。痛い。熱い。

 なぜ反撃したのか。勝てる未来なんて見えないのに、どうして『炎拳』を掴みに行ったのか。自分でも分からない。青年本人にも分かりはしないが、それでも抵抗し続ける。


「ヒヒヒ。いいぜ、じゃあオマエも一緒に燃えちまえ!」


「ぐ、ぅぁああぁぁああッッ!」


 どんどんと炎が青年の体を蝕んでいき、ついには腕だけでなく上半身も燃えていく。

 それでも邪神の攻撃を止めることを辞めず、遂に。


「おらァァ!」


 頭を上げる。脳を揺らし、邪神に頭突きを喰らわす。


「なっ!」


 威力自体は全然だ。これで邪神を倒すことはできないし、大きく状況を打開することもできない。


 だが、無いよりマシだ。何事も、『有る』のと『無い』のとでは段違い。


「っく、オマエ!」


 まさかこのような反撃をしてくると想定していなかった邪神は驚き怯み、一瞬攻撃を止めてしまう。

 その隙に青年は立ち上がり、焦げて使い物にならなくなった両腕をぶら下げながら走る。


「はぁ、……っ、はあ、は!」


 走り、走り、走り続け、邪神から離れる。

 逃げるためにではない。現状を打開するためにだ。


「は、ぁ、はぁっ、は!」


 先ほど青年が見つけた、黄色い特殊な石。あれに一刻も早く触れたかった。

 邪神は無抵抗の青年へ問いを投げ掛けた際、何か意味の分からないことを言っていた。


『その時、なにか異変を感じなかったか? なんつーか、自分の体に異常なまでの力が出てきて……みたいな』


 などということを言っていてその時は意味不明の質問だったが、今になると。今考えてみると――。


「くっ!」


 走り、走り、走り続け、あと少しで黄色の石に触れられる。


「なっ! 待ちやがれぇ!」


 背後に立つ邪神はこれから青年がしようとすることを察し、止めにかかる。足を動かし、抵抗する人間を掴もうとするが。


「――待たねぇよ、こっちの番だ」


 青年はそう言って地面を蹴り黄色の石に体ごと飛び込み、ついに触れる。

 触れ、途端にその場が光輝き、そして――。



 ▽ △ ▽



 世界が黄色に包まれる。

 視界が、脳が、全てが黄色の光に包み込まれ――次の瞬間。


「は?」


 青年は目覚める。

 意識を覚醒させ、周りを見渡したかと思えば。


「ここ、は?」


 そこは、異様な世界だった。

 見渡す限り地平線で、呼吸もできない。だが自然と苦しさはない。

 どこか全体的に黄色がかっていて、目の前には不思議な球体がある。

 黄色に光輝く球体が、青年の目の前で宙に浮いている。


「――――」


 分からなかった。青年はその正体が掴めず困惑し、どう体を動かせば良いのか理解できなかったが。


「――――」


 本能は、しっかりと理解していた。

 いつの間にか腕は伸び、その球体へ触れる。人差し指を軽く引っ付け、そうすることで体中は痺れていく。


「っうぐ」


 まるで感電したかのような感覚に陥り、それと同時に脳内へ様々な声が響いてくる。


『まだ私の名前を一度も呼んでないでしょ』


 色々な、聞いたことのない声が響く。


『お前しか、あいつを救えねぇんだよ!』


 聞いたことないのにも関わらずどこか馴染み深い声たちが響き渡り、そして。


『産まれてきてくれてありがとう』



 ▽ △ ▽



「はっ」


 再び目を覚ます。

 目蓋を開けすぐさま周りを見渡すと、そこは元の世界。現実だった。


「オマエ、なにしてんだ!」


「っ!?」


 突如としてそんな怒号が背後から聞こえたため振り返ると、そこには邪神がいた。

 邪神が『炎拳』を放とうとしていたので、青年は咄嗟に立ち上がり避ける。


「っ、い、今のは……」


 謎の世界で聞こえた声と見えた景色。

 全てが謎に満ちていて、何も分からないが。


「くっ」


 拳を握る。とにもかくにも今この黄色い石に触れたことで、青年には何かしらの力が宿ったはずだ。


「さぁ、やってやる」


 だからこそ体中に力を込め邪神へ向かって走り、その拳をぶつけようとしたのだが。


「調子に乗んなよ、雑魚人間ごときが」


「っ!」


 それよりも早く邪神の攻撃が当たってしまい、青年は後ろに吹き飛ばされる。

 衝撃の影響でまたも口からは血が出て、脳が揺れる。しかしそのタイミングで、とあることにも気づく。


「腕が……治ってる?」


 そう。焦げて使い物にならなくなったはずの両腕が、元に戻っていたのだ。

 上半身もだ。服は焼けたままだが、肌に関してはどこも焦げた様子がなくすっかり元通り。


「どう、して……」


 立ち上がってから腕を見直し、呟く。

 すると邪神は近づいてきて、舌打ちをしながら言う。


「へっ、そんなに腕が戻ったのが嬉しいか? なぁ、雑魚人間」


「は?」


「それは石の影響だ。イエローストーンに触れたことで、傷が回復したんだろうよ」


「傷が回復、だと? てか、この石はなんなんだよ。お前ら邪神は……結局なにが目的なんだ」


 青年は初めて邪神に対しマトモな言葉を投げ掛け、問う。

 だが肝心の相手はそれに答える様子もなく、勢いよく走ってきて。


「オマエに教える義理は無ぇ」


 『炎拳』を当てにくる。

 今度こそ青年を仕留めきるために火力を増した拳で体勢を整え、攻撃の準備をして。


「っく!」


 青年も構え、迎え撃とうとした瞬間。


「――待ちなさい!」


 どこからか声が響き、青年の真後ろから1本の剣が投げられる。


「はっ!?」


 剣は真っ直ぐに飛び、邪神の心臓へ突き刺される。

 否、よく見るとそれはただの剣ではない。それは氷に包まれた、まさに『氷剣』であって。


「――っ!」


 青年は何事かと思い、剣が飛んできた方向を振り向くと。


「それ以上あなたたちの好きにはさせない!」


 そこには、そんなことを言い放つ銀髪の女性が立っていた。

 彼女は青年のことを見て頬を緩め、希望に満ちた瞳を輝かせる。

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