第1章―① “終わりの世界”
「――はっ!」
強烈な刺激が脳を襲い、そう叫びながら目を覚ます。
目蓋を開け、勢いよく起き上がる。
「はぁ、っ……は、ぁっ……はっ」
瞳の焦点を正し、息を乱して目前に写る情報をしっかり整理する。
それは、いつもの見慣れた部屋だ。地下にあるため薄暗く、唯一の光源は天井にある小さな隙間から溢れる陽の光のみ。
物が何も置かれてなく、あるのは申し訳程度の薄すぎる布団。正直これなら、床に直接寝ているのと変わらない。
だが、無いよりマシだ。何事も、『有る』のと『無い』のとでは段違い。
「――――」
そんな益体のないことを思いつつも、自らで髪を金色に染めた18歳の青年はたった1人の空間内で呼吸を整える。
乱れていた息を元に戻し、薄い布団の上へ座り込んで目蓋を擦る。
「……なんだ。今のは」
朧気な記憶を辿り、数秒前まで見ていたはずの光景を振り返った。
だが、何故かそれは鮮明に思い浮かばない。
思い出そうとしても、突如として何とも言い表しにくい靄がかかる。
「ったく。ほんとに何なんだよ」
これ以上探るのは無理だと判断し、青年は思い出すことをやめる。
そして本格的に布団から離れ立ち上がり、少しの身支度をしてから部屋の端にある梯子へ手を掛ける。
地下だからこそ、地上にはこの梯子を登って出る必要がある。
手を掛け足を掛け、丁寧に一歩ずつ上がっていく。
青年は無言のまま体を動かし、青空が見える実に景色の良い場所へ舞い上がって――。
「……こっちが夢だったら良かったのにな」
――目前に広がるのは、いつもと変わらない
▽ △ ▽
3年前。突如としてこの地球に、自らを『
全員が男である彼らは大勢の『邪神軍団』を引き連れ、人間たちを恐怖の底に叩き落とす。
見たことのない魔法のようなものを使い、これまで人類が積み重ねてきた歴史をたった一瞬で崩壊させた。
これにより日本だけでなく世界中の建物が破壊され、文明は死に、人類は絶滅寸前へ。
それでも人々は諦め悪く、ありとあらゆる武力を行使し邪神に立ち向かった。
だが彼らの使う脅威の魔法には対抗できず、3年が経った今ではこの世の人類全てが世紀末そのものの現状に絶望しきっていた。
――もう邪神に勝つのは無理だ、と。
そう思い、生き残った者は彼らから見つからないよう地下に住み処を作り、そこでひっそりと暮らしている。
その日その日を生き延びるために必死で、泥水を啜ってでも生きている。
「――――」
そしてそれは、金髪の青年も例外ではなかった。
青年自身も家族を喪い、人生を奪われた。
父親を、母親を、妹を。家族3人が
生きる希望を見出だせず、しかし死ぬ理由も見つけられず、とりあえず命だけは繋いでいるといった現状だった。
「……アイリ」
青年は妹の名を呟く。荒廃したかつての街をフラフラと歩きながら、数年前まで共に過ごしていた最愛の妹の名を呟く。
どうして、邪神たちがこのような悪行を繰り返したのか。それは謎のままだ。
彼らは人類に対して特に望みや理由も伝えず、ただただ虐殺を行った。
一時は人間たちも降参し白旗を上げたのだが、それでも彼らは何も応じず殺し続けた。
意味もなく、人々を残虐に殺し続けた。
「……腹減ったな」
ふと、青年は過去を思い出しながら自身の腹部に手を当てる。もうしばらくはマトモな物を食べていないため、空腹が限界に達していた。
だからこそ、青年はわざわざ危険な地上に出てでも食糧を調達しに行くのだ。
少し離れた場所に、生き残った人々が無料で食べ物を貰える地下避難所があるため、そこへ向かう。
「――――」
過去の惨劇を、痛みを、全てを嫌でも思い出しながら歩いていく。
▽ △ ▽
「おっ。お前も避難所に用?」
「……シンタか。まぁ、そんなとこだ」
避難所に到着する。しばらく歩いた先で青年は地下へ降りる階段を渡り複数の人間たちがいる場所へたどり着くと、そこには友人である
「いったいどうしたんだよ」
「いやどうしたもこうも、食べ物を貰いにきたんだよ。シンタもそうなんじゃねぇのか?」
避難所の入り口にてシンタはそう聞いてきたので青年は素直に答え、更に聞き返すと。
「いや? 俺はちょっくらナンパしに来たんだ。誰か女の人いないかなぁって」
「……お前なぁ」
そう。シンタは大の女性好きだ。
昔からナンパばかりを行っていて、知り合った女性に片っ端から声をかけている。
これに関しては邪神など関係なく元々のシンタの性格であり、本当に前から変わりない。
「にしたって、ちょっとは変われよな」
青年は相変わらずの友人にため息を吐きつつも、避難所の中へと入っていく。
「んなこと言ってもよぉ。逆にお前は欲しいと思わねぇのか? 恋人とかそういうの」
「恋人? いや、別に思わねぇけど?」
「かーっ! 欲が無ぇやつ!」
2人は配膳しているスペースまで歩き、その間もいつも通りの会話を交わす。
「別に、欲が無いなんてことはねぇよ。シンタとはその形が違うだけで、人なりにはあるつもりだ」
「そうなのか? 結構長い付き合いだけど、あんま感じたことねぇな。マジで無欲って感じする」
「……それ誉めてる? 貶してる? てかこれなんかデジャヴ感じんだけど」
「デジャヴ? よく分かんねぇけど、俺が言えるのは『誉めて馬鹿にしてる』ってことだけだ」
「じゃあ最悪じゃねぇか」
2人は食べ物をしっかり受け取り、手に持つお盆へ乗せていく。
「そうでもねぇぜ? 俺からお前に送る『馬鹿』は褒め言葉でもあるからな」
「褒め言葉? 初耳だけど?」
「いやマジ、改めてお前は馬鹿なやつだと思うよ。賢くないし中二病だし人見知りだし賢くないし。本当に馬鹿だよな」
「なに? もしかして殴られたいのか? それちゃんとした純粋な悪口だろうが」
「……その分、優しすぎる」
「――は?」
2人は食べ物を受け取り終わり、支給された袋へ移していく。
「優しい?」
「あぁ。お前は本当に優しいし良いやつだよ」
「どこを見てそう思うんだ。全然優しくなんてないし、どこにでもいる人間……いや、それ以下だぞ」
「そう謙遜すんなって。ほんとお前は自己肯定感低すぎな。もっと自分を好きになれ。お前は、お前が思ってる以上に素晴らしいやつだよ。友だちの俺が言うんだから間違いねぇ」
「――――」
「お前、まだあの『手紙』を開けれてないんだろ?」
「っ! そ、それは……」
「そこだよ。そこがお前の優しさだ。お前のせいじゃないのに、自分に罪を与えてしまってる。悪いのは邪神の野郎たちなのに、まるで自分が家族を殺したと言わんばかりに責め続けている」
「――――」
「……まぁ、お前の家族でもない俺がとやかく言うことじゃねぇと思うけど、あんまり自分を責めすぎんなよ。俺を見習え、俺を。今もこうして馬鹿やって生きてんだろ?」
「――――」
「お前の生き方にどうこう言うつもりはないけど、俺はただ……お前に死んでほしくないだけだから。ずっと、俺の友だちでいてほしいだけだからさ」
「――――」
2人ともが食べ物を全て袋に詰め終わり、避難所を後にする。
地上に出て少し歩き、シンタの言葉を聞いていた青年は数秒間黙り込んだと思えば。
「……ナンパ野郎のくせに」
「いや今それ関係なくない!?」
そんなことを言い合い、一度別れた。
▽ △ ▽
避難所から離れ、地下の隠れ家へと帰る。
青年は手に食糧を持ち、どこか心にモヤモヤを残しながら歩いていた。
「……ったく、シンタのくせに」
先ほど友人から言われた台詞が、未だ胸に残り続けているのだ。
普段はおちゃらけたナンパ姿しか見せないのにも関わらず、今日に限ってあんなことを言ってきた。青年の調子が狂うことを、シンタは間髪入れず言い放ってきた。
「――――」
阪口シンタのことは好きだ。大好きだ。青年だって、これからも一生仲良くしていきたいと思ってる。
思ってはいるが。
「――――」
無言のまま歩き、あと少しで隠れ家に到着するといったそんな時。
「ん?」
とある妙な物が、地面に落ちてあるのを発見した。
「なんだこれ?」
それは石だ。だが、ただの石ではない。
黄色に光輝く、見たことの無い特殊すぎる石。
そんな物が荒廃した町中にポツンと落ちてあり、その異様さに青年は怪しさを覚える。
「――――」
しかし、何故か体が引き寄せられる。
どうしてかは分からないが、本能が告げている。この石に触れてみたい、と。
「――――」
明らかに怪しい。おかしすぎる石。
それでも無意識に腕は伸び続け、本能に逆らえず、ついに青年は
「ヒヒヒ。させねぇよ」
突如、背後から声が響く。
「っ!」
何事かと思い、青年は咄嗟に体を曲げて後ろを振り向こうとすれば。
「がァ、っ」
――殴られる。
唐突に現れた人物から思いきり頬を殴られ、血を流しながら吹っ飛んでしまう。
持っていた食糧も、その影響で辺り一面に散らばる。
「な、なに……が」
痛い。とてつもなく痛い。尋常ではない痛みが体中を襲うが、それよりもまず疑問が先だった。
いきなり背後に出現し、青年を殴った人物。その正体を知ろうとするが、それはあまりに単純明快すぎる答えで――。
「ようやく見つけたぜ、1つめの石。よくやった雑魚人間」
邪神だった。
その人物は真っ赤な髪と瞳を携える男であり、まさに世界を脅かす
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