第5話 新入社員
翌日、私は仕事に勤しんでいた。
とはいえ、どこかフワフワとした気持ちが落ち着かない。時折三田さんのことを覗き見ては、一人でもじもじしてしまう自分がいる。来週の日曜日が、あまりに遠く感じる。できれば一瞬でジャンプしたい。
まだ先の予定だというのに、当日は何を着ていこうとか、そんなことを悩んで昨日の夜は終わってしまった。しかも最終決定していないので、今日も夜もその悩みで終わりそうだ。
いけない、仕事中なのにプライベートなことばかり考えている。集中しなければ。そう自分を戒めていると、誰かが話しかけてきた。
「岩坂さん」
振り返ると、柚木さんが立っている。相変わらず端正な顔立ちだ、クール美形と呼ぶのがふさわしい。
「はい、柚木さんどうしましたか?」
「今、手空いてる? ちょっと調べてもらいたい物があるんだ」
「だいじょうぶですよ! 資料室ですか?」
「ありがとう。岩坂さんのまとめたものは何でも見やすいから助かる」
私にメモのようなものを手渡してくる。それを受け取りながら、柚木さんを感心して見上げてしまう。
「なに?」
「いえ、柚木さんは文句なしの営業部のエースなのに、私みたいな年下にも、ちゃんとお礼を言ってくれるし褒めてくれるなあ、って」
「年下だろうが年上だろうが、その人が持つ能力を素直に尊敬するのは当然でしょ」
さらりと言ってしまうので、この人はこういうところがモテるんだろうなあと思った。ここの部署の人たちはみんなそれぞれ、ちゃんとお礼を言ったりできる素敵な人が多いが、その中でもやっぱり柚木さんは別格だ。
営業トップで、私とは比べ物にならないほど忙しいはずなんだから、雑務は後輩に頼むのが普通だ。それを当然と思わず、いつでもしっかりお礼を言える人って、多くないんじゃないかな。
私は笑顔で答える。
「ありがとうございます。すぐに調べておきま」
言いかけた時、オフィスの扉が開く音がし、同時に何人かが中に入ってきた。いくつかの足音が重なっている。
そういえば、今日は新入社員が配属される日だった。入社して研修を終え、初めてうちに入ってくる。
足音のする方に視線を向けたとき、自分の呼吸が止まった。
白い肌とフワフワした髪。長いまつ毛に桃色の唇。
甘い香りが漂ってくる。私はこの香りを知っていた。
上司が何かを言っているのに、私の耳には届かなかった。音を失った世界で、ただ茫然と、先頭を歩くあの子を見つめ続けた。
うそだ、まさか。
上司に促され、一歩前に出た彼女は、高く通る声でにこやかに自己紹介をした。
「初めまして、森さわこです! よろしくお願いします!」
サークルの、あの子だった。
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