data017...シルリア
三六時間の待機中は、モニター結果に影響が出てしまうため超能力の使用を禁止されている。
仕方なく、私はベットの上で本を読んでいると、白いワンピースをきたシルリアが入ってきた。
「マリン。入るわよ」
「返事をする前に入ってるじゃないの」
「あら、いいじゃない。見られて困ることでもしてたの?」
「そうじゃないけど」
私の髪は青みがかかっているけど、シルリアは完全に色素が抜け落ちて真っ白だ。超能力を使いすぎると髪や肌の色素が抜けてしまうらしい。
シルリアは私より三歳年上の十八歳だけど、背の高さは私と変わらない。原因として、私たちジェネティックノイドはゲノム編集の影響で、成長ホルモンが出にくい特徴があるからだ。
「それで? 体調はどうなの? アイナが心配してたわよ」
シルリアは長い髪をたなびかせながら、ベット脇の椅子に座った。
「問題ないよ。みんなが大袈裟なだけ」
「そう、よかったわね。えい」
シルリアはコーヒーロボの頭を叩くと、ロボの頭がぐるぐると周り、お腹からコップに入ったコーヒーが出てきた。
この卓上コーヒーロボはその昔、研究者にはコーヒーだ! という強烈な持論を持つ人が作ったロボで、あちこちに設置されている。コーヒー豆も第七セクターの農林水産局で作っているけど、私はあんまり好きじゃない。
「マリンは……飲ないわよね」
「うん、いらない」
「おいしいのに。コーヒーを嗜んでこそ大人の女性よ?」
「苦いだけじゃない」
「マリンにも美味しさがわかる時が来るわ」
「うーん。あ、そうだ。ランクBおめでとう。また先を越されちゃったなー」
口では軽く言ってるけど、本当はかなり悔しい……。勉強もスポーツもダメな私は、超能力くらいしか人として誇れるものがない。それですらシルリアに負けている。
「ありがと。ただ私一人では目標には程遠いわ。ランクAレベルが百人はいないと、移住なんて夢のまた夢よ」
移住。それがこの第七セクターが直面している課題だ。千年もメタリアルから守られてるなら、ここで永遠に住めば良いけど、そうも言ってられない。
去年のことだ。密に連絡を取り合っていた第六セクターが、メタリアルの襲撃を受けて壊滅した。
もちろんセクターを守る外壁のARs3は、破壊されていなかった。二割ほどの人間を救助者出来たけど、誰もが突然セクターの中にメタリアルが現れたと言っていたらしい。
奇襲を受けた第六セクターは、主に対メタリアルの破壊兵器を作っていた。すぐに応戦した職員もいたが、ほぼ全ての武器が複雑かつ大型であり、懐に入られては対処出来なかったらしい。
「シルリア。ここより安全な場所なんてあると思う?」
「あるよ。きっと、楽園は……」
メタリアルが認知出来ない場所、食べ物や資源が豊富にあり、生きるために何不自由ない楽園。それは昔から人間に希望を持たせるために作られた御伽話。
だけど、私は信じてる。いつか楽園へ行ける事を……。
「ねぇ、シルリア。テレポートのコツって……。ううん。なんでもない」
超能力には癖がある。それは同じ能力でも一人一人微妙に違う。バク転のやり方を人に言葉で説明しても実践出来ないように、実際にやってコツを掴むしかない。
「……ねぇねぇマリン。久しぶりに念動対決しようよ」
「えー、念動まで負けたら自信無くすからやめておく……」
「そんな事ないって、ほらほら。私に勝ったら何でも一つお願い聞いてあげるから」
そう言ってシルリアは、机に置いてあった缶詰を手渡してきた。
念動勝負とは、片方が下へ押す力を強く、もう片方が上に上がる力を強くして、地面か天井に当たった方が負けという超能力を使った遊びだ。
「ほらほら、マリンが上でいいから」
シルリアは自分の缶詰を宙に浮かせて待っている。
「……手を抜かないって約束して」
「わかった。その代わりマリンも全力でやってよ?」
「わかった。全力でやるよ」
シルリアは、私を元気付けようとしてくれたみたいだけど……。施しはいらない。お情けで勝ちをもらっても嬉しくなんてない。
「じゃあ、行くよー?」
私も缶詰も念動で飛ばし、シルリアの缶詰の上で待機させた。
「さーん! にー! いーち!」
テレポートでは先を行かれたけど、念動は私の得意中の得意。手加減なんかしない。
「ごー!」
ズガン!!!!!!
宙に浮いてた二つの缶詰は、炸裂音と共に地面に穴を開けて埋まった。
「え?」
驚いたのは私の方だ。最近、テレポートの習得に焦るあまり念動は使ってなかったけど、こんなに力がついてたなんて……。
「シルリア……。手は抜かないって約束したじゃん!」
「いやいや、本気でやったよー!」
「絶対嘘! こんなに力の差があるわけないでしょ!」
シルリアは両手をパタパタと振って否定しているが、あれだけの精密なテレポートを行えるシルリアの念動がこんなに弱いわけない。力を込めた時、ほとんど抵抗力を感じなかった。
地面に埋まってしまった缶詰をどうしようか悩んでいると、館内放送が流れた。
『シルリア。第三診察室へ来てください』
「あー! いっけなーい! 呼ばれてたんだったー! マリン、またねー!」
「あ! ちょっと! シルリア! これどうするのよ! もう!」
ごめんねと手を合わせながら、シルリアは慌ただしく部屋を出て行くと、後には静かな部屋と穴の空いた床だけが残った。
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