data016...アイナ

 夢を見た。


 私は澄み渡る空の下で姉のシルリアと一緒に、緑溢れる大地で白い花を積んで冠を作って遊んでいた。


 楽しい楽しい夢。


 シルリアが何かを喋っているけど、音のない世界。シルリアの口だけがパクパクと動く。


 「わ た し は」


 口の動きを読むと確かにそう言っている。その続きを読み取ろうと必死になっていると、ふわっと夢は消え……。私は目が覚めた。


「……アイナです。はい、マリンが意識を取り戻しました」


 ピッピッと、機械音の鳴る部屋で目が覚めると、ベットの横では黒髪の童顔な女の子が誰かと連絡を取り合っていた。


「……アイナ?」


「おはようございます。マリンさん。体調は?」


 アイナは優しく微笑むと、コップに水を注いで薬と一緒に手渡してくれた。


 彼女は、第七セクターの能力開発局の研究員。元々研究員としてゲノム編集され、デザインされて産まれてきたアイナは、その頭脳と閃きにより博士の助手を任されている。


 長い期間研究者として活動するため、老化細胞の成長が制限されているらしく、私とほど変わらない見た目なのに、これで三十五歳というのだから恐ろしい。


 でも母のいない私にとって、私の体調を気遣ってくれるアイナは母のような存在だ。まぁ、本人にはそんなこと絶対言えないし、それを察してかアイナは私に敬語を使う。


「どうしました?」


「ううん、大丈夫よ。脳の許容量が増えたのか、ESP超能力を使っても以前のような頭痛や眩暈も無いわ」


「そうですか。でも、オーバーヒートの後だから、HACKハックをつけさせてもらいました。三十六時間は取らないでください」


 言われて首を触ると、冷たい金属の輪っかが付けられていた。

 これは通常ハックと呼ばれる健康診断モニター端末だ。これで私の身体の全ての情報を、リアルタイムでモニタリング出来る。


 確か、health、assessment、check、keepの頭文字だったかな。ま、どうでもいい。


「……それで、シルリアはどうだったの?」


 薬を飲んでコップを置くと、私の後に訓練をしたはずのシルリアについて聞いてみた。


「あの子、本当に凄いですね……。今日の訓練でランクBをクリアしました」


「Bを?!」


 私たちジェネティックノイドには、いくつかのランクが存在する。

 それは、使えるESP超能力の強さや種類、精度によって区分けされているが、現在と過去合わせて千人近くのジェネティックノイドの九割がレベル1だった。


 レベル1というのは、能力的にスプーン曲げ、短い念話程度で、ほとんど普通の人間と変わらず寿命だけが短い。いわゆる失敗作だ。


 そしてレベルは全部で五段階あり、それに合わせて認定訓練がEからAまでの五段階。現在の私のレベルは2、シルリアは3だった。ランクBを突破したならシルリアはレベル4になったということになる。


「また差を付けられちゃったなぁ……」


 いつまでたってもシルリアには追いつけない。彼女は異常と言っても良いほどの才能を持っている。なんせ、産まれてすぐに笑いながらテレポートをしたらしい。


「マリンはマリンですよ。念動に関してはマリンの方が上手いじゃないですか」


「物を動かすだけだよ? それなら機械で代用できるし、やっぱり私たちの目的である、他のセクターへの大質量テレポートと、長距離念話の実現が重要よね」


「そうですね……」


 この世界の人間は、二種類の思想に分けられる。それはメタリアルを殲滅するか、またはメタリアルと共存を望んでいるか。


 この第七セクターは共存派が多いけど、例えば機械に特化した第三セクターは、全てのメタリアルの破壊を目指している。


 まぁ、それも一つの手段だとは思う。


 ここ第七セクターでも、殲滅派は少なからず存在しているし、超能力を使ってメタリアルを破壊できないか実験はしている。

 例えば、スプーン曲げの上位互換として、遠隔でメタリアルをねじ切るとか。


「アイナは出来ると思う? メタリアルとの共存……」


「……そうですね。お互いに干渉しないように暮らす。それは不可能じゃないと思いますよ。現にARs3により千年近く私たちの安全は保証されています。あとは高レベルなテレポーターの育成のみです」


 対メタリアル用の隠蔽物質。それがARs3。

 アンチ・ルシェルシュ・シールド。私達が千年近くメタリアルの脅威から守れているのは、過去の偉人ミカムラの発明によるものだ。


 千年ほど前、メタリアルが本格的に暴れ出す前に、研究者のミカムラは人類の未来を暗示して、この特殊物質を作り上げた。

 メタリアルの発する探索電波を100%遮断し、さらに偽装してくれるこの物質は、長い間ずっと人類を守ってくれていた。


 この小さな世界で暮らす分にはいいけど、地上を取り戻したい。その願いは常に誰の心にもあった。


 そのための一歩として、大質量の長距離テレポートは安全に物質や人間を運ぶのに必須な技能だった。


「やっぱり、私が頑張るしかないね」


「ダメですよ。三十六時間は安静です」


「はいはい。わかったわよ」


 膨れっ面の可愛いアイナに、ひらひらと手を振ると私はまた布団の中に潜り込んだ。

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