data015...マリン

――五年前


 私は名前はマリン。いま姉のシルリアと共に第七セクターのジェネティック遺伝学ノイド人類学訓練室にいる。


『シルリア、マリン。準備はいいか?』


 研究班のトップであるストラスト博士が、モニター室からマイクで私たちに話しかけてくる。


「はい」


「いいわよ」


『では、シルリアからやろうか』


 まただ……。私の姉であるシルリアは、超能力の使い方が私より上手かった。


 おおよそ人類がイメージするであろう超能力のほぼ全てを使えた。


 だからストラスト博士はもちろん、研究者達の話題も姉のシルリアの話ばかり。超能力を上手く使えない私は、姉のバックアップであり、いらない存在だった。


「待って、私からやらせて」


『……いいだろう』


 訓練所の中央へと歩みを進める。


 私や姉は、フラスコの中で産まれた。人工受精卵をゲノム編集により改造された子供。それが私たち【ジェネティックノイド】


 暴走したメタリアルに対抗するため、人類が長年研究している遺伝子操作人間だ。


『マリン。無理はしなくていい』


「……わかっています」


 無理はしなくていい。それはつまり「余計なことをしてシルリアの実験時間を減らすな」という意味だ。


「ふぅ――」


 超能力集団を作ってメタリアルを倒す。

 一見すると馬鹿げたこの研究に、第七セクターの人間は人類の望みを見出していた。


『マリンの脳波低下。8.1、8.0、7.9……』


 モニター室から、マイクを通して私の脳波の状態を伝えてくる。


『……マリンの脳波が7.8hzに到達。アルファ波が前頭葉を中心に範囲が拡大していきます』


 脳周波数、7.8hz。


 それは地球が発する周波数。宇宙が発する周波数。それが7.8hz。通常の成人であれば脳波は10hzほどで、子供であれば5-8hz程度だ。


 この脳周波7.8hzは、過去の研究により様々なことがわかっている。子供の頃にしかみない幽霊、前世の記憶、そういったものは、地球や宇宙……つまり世界と同期したために起きる現象だと言われている。


 そして私は、遺伝子操作によって脳周波数は自分でコントロールする術を持って産まれた。


「いきます」


 私から数メートル離れた地面には、目印として赤い丸が描かれている。私は今からそこにテレポートする。


 脳と身体に意識を集中する。

 世界の周波数を感じる。

 次第に私の波長と世界の波長が重なるのを感じる。


 世界との同期に成功すると、私の身体は世界に溶けて、しばらくした後に別の場所に現れた。


『失敗だ』


 私は赤い丸に向かってテレポートしたのに、全く違う場所に出てしまっていた。やっぱりまだコントロールが出来ていない。


「ハァハァ……」


『マリン。シルリアと変われ』


『……博士。マリンはまだ出来ます』


『アイナ。君に意見は求めていないが?』


 マイクの向こうでは、ストラフト博士と研究者のアイナが実験の継続について議論している声が聞こえる。


『やらせてあげて欲しいんです』


『無理に同化を続けてマリンに万が一の事があったらどうするのだね?』


 実は世界と長い時間同化していると、自分を見失ってしまう。そのため長時間や長距離のテレポートは命に関わる事が長年の研究でわかっている。実際、過去何人かのジェネティックノイドが、この実験により命を落とした。


「……博士。私はまだいけます」


 少し考えてから返事を返すと、マイク越しにストラスト博士から実験継続の指示が流れた。正直、頭はズキズキしてるし呼吸も辛い。


「マリン、無理はしないで」


「大丈夫だよ。シルリア。はぁっ!」


 部屋の隅から声をかけてくれたシルリアに答えると、私はさっきよりも一段と気合を入れた。


『マリンのアルファ波、ベータ波共に拡大! 世界へ干渉していきます! 今までにない数値です!』


 マイク越しにアイナの声が聞こえる。


 私はマリン。

 私はシルリアのバックアップじゃない。

 私は私だ。


『脳周波数7.8hz! 同化します!』


 ブゥゥゥンと私の身体がブレると、世界へと溶けて行く。出現場所をイメージして、優しく丁寧に私の身体を再出現させる。


「よしっ!」


 今度は成功した。足元には赤い丸がある。

 私は嬉しくなってモニター室に視線を向けるが、その瞬間……世界が暗転した。


「マリン?!」


『マリンの脳波低下! 危険域です! 救護班!』


 マイクからの音声を聞きながら、シルリアが駆け寄ってきて私を抱き抱えてくれたのが見えた。その暖かい感触を感じながら、私の意識は薄れていった。

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