第5話

十字架を背負ったばけもの 5話


○7月21日月曜日 16:44

新宿三丁目某巨大立体駐車場6F


ユナ

「──あー」

「退屈だなぁ」

「神太郎くんどうなってるかなぁ」


着信音


ユナ

「もしもーし」

「ケイコちゃんどうしたの?」


ケイコ

「──聞いてないわよ」

「ユナ」


ユナ

「どうしたの?」

「あれ?」

「怒ってる?」


ケイコ

「ニュースになってる」

「あんたの『能力』のせいで」

「──新宿全体が大パニック」

「某国の細菌テロじゃないかって騒いでるよ」


ユナ

「サイキンテロ?」

「なにそれ?」


ケイコ

「……」

「東京都知事と総理大臣が記者会見して」

「自衛隊が出動してるみたい」


ユナ

「ねーねー」

「月夜ちゃんは大丈夫?」

「怖がってない?」


ケイコ

「──とりあえず無事よ」

「予定を切り上げて新宿駅に向かっている」

「あんたの人狼が駅員に噛みついたみたいで」

「電車が止まってて機能してない」


ユナ

「ふぅん」

「そう」


ケイコ

「……何を企んでる?」

「無関係の人間まで巻き込んで……」

「そうまでして殺したいの?」

「神太郎を」


ユナ

「殺す?」

「ちょーっとケイコちゃん」

「物騒だねー」

「言ったじゃん」

「あたしは月夜ちゃんも神太郎くんも」

「──仲良くなりたいんだって」


ケイコ

「……やりすぎよ」

「どう処理するつもり?」

「この騒動」


ユナ

「──さぁ?」

「なんとかなるでしょ」

「平気平気ー」


ケイコ

「……」

「『帽子会』の老人たちが」

「黙ってないよ」


ユナ

「相変わらず心配性だねーケイコちゃん」

「あたしはおじいちゃんたちには気に入られてるんだから」

「大丈夫大丈夫♡」

「そんな怒られないって」


ケイコ

「……」

「友達として忠告させてもらうよ」

「あまり調子乗らないで」

「あんたの能力には『弱点』があることを」

「忘れないで」


通話が切れる音


ユナ

「……」

「なんかさっきのケイコちゃん」

「感じ悪かったなぁ」

「あたし責められてるみたいで」

「ちょっとムカつく……」


ネズミ

「ちゅーちゅー」


ユナ

「──ま」

「いいか」

「そろそろ人狼たちが」

「神太郎くんボコボコにしたと思うけど」

「どうだろう」


ネズミ

「ちゅーちゅー」


ユナ

「──ふむふむ」

「なるほど」

「ライオンとハイエナと同時に戦ってるんだね」

「ふわー」

「すごいなぁ」

「ライオンと正面から喧嘩できるなんて」

「勇気あるなぁ」

「さすがだねー」


ネズミ

「ちゅーちゅー」


ユナ

「……え?」

「秒殺?」

「ライオンとハイエナを同時に?」

「──えー?」

「見間違いでしょ?」

「冗談言わないでよ」

「そんなのあり得ないって」


ネズミ

「ちゅー!」

「ちゅー!」


ユナ

「へ?」

「後ろ?」

「後ろに立っ──」


神太郎の平手打ち


ユナ

「きゃ!」


地面に倒れる音


ユナ

「え?」

「うそ!」

「どうしてここが」

「わかったの⁉︎」


神太郎

「──俺たちカクレキリシタンは」

「護符や十字架だけが」

「悪魔祓いの武器じゃねぇ」

「俺たちの前にお前が現れた瞬間──」

「『追跡タグ』を制服の襟首に仕込ませておいた」

「テメェの居場所は最初からわかっていたんだ」


ユナ

「え?」

「あ」

「本当だ」

「いつの間に……」


神太郎

「街中の人間を」

「いや『生き物全部』を」

「元の姿に戻せ」

「人狼化現象を止めろ」


ユナ

「いやぁ〜」

「そんなこと言われてもねぇ」


顔面に蹴りが入る音


神太郎

「寝言こいてんじゃねぇぞ」

「お前ら悪魔が能力を解除できることは」

「知ってるんだよ」


ユナ

「……痛いなぁ」

「人に殴られるなんて」

「しかも顔を蹴られるなんで……」

「何年ぶりだろ……」

「チワワにしたお父さんぶりかな……」


地面からユナが立ち上がる音


ユナ

「──人間ってさ」

「自分勝手な我儘な生き物だって」

「あたし思うんだ」

「みんな自分のことしか考えてない」

「クソ野郎だって……」


神太郎

「……」


ユナ

「──人間なんて辞めて」

「みんな動物になればいいんだ」

「チワワやトイプードルの方が」

「人間なんかよりも100倍可愛いんだから……」

「──ねぇ」

「君もそう思わない?」

「神太郎くん」


駐車場に潜んでいたネズミたちが巨大ライオンに変身する音


巨大ライオン

「がぁああああああ‼︎」


巨大ライオンの群れが神太郎に襲いかかる音


神太郎

「ふん!」


神太郎の拳と蹴りがライオンの骨を折る音


巨大ライオン

「きゃうん!」


ユナ

「──え?」

「一瞬……?」

「強すぎない?」


神太郎

「──勘違いするな」

「別に俺が強いわけじゃない」


ユナ

「え?」


神太郎

「お前の人狼どもが」

「『弱い』だけだ」


ユナ

「…弱い?」

「人狼ちゃんたちが?」


神太郎

「最初は数が多いのや」

「いきなり変身したものだから」

「かなり面食らったが」

「──なんてことはねぇ」

「そもそもこいつらの変身前は『人間』や『ネズミ』だ」

「ライオンとして生きたワケでも」

「ハイエナとして獲物を狩ったわけじゃない」

「無理やり体を変身させられただけで」

「『中身』は何も変わってない」

「牙や爪が生えたところで」

「『弱い生き物』には変わらねぇ」

「戦い方を知らないんだ」

「この人狼どもは」


ユナ

「──ッ⁉︎」


指の関節が鳴る音


神太郎

「──さて」

「先輩ちゃんよぉー」

「お仕置きの時間だが」

「覚悟できてるよな?」


ユナ

「…………」

「あははは」

「あたしの負けか」


指を鳴らす音


ネズミ

「ちゅーちゅー」

「ちゅー」


巨大ライオンがネズミに戻る音


神太郎

「⁉︎」

「お前……」


ユナ

「これでいいんでしょ?」

「ご希望通り」

「『元に戻した』よ」

「どう?」

「満足?」


神太郎

「テメェ!」


ユナの胸ぐらを掴む音


ユナ

「──なに?」

「追い込まれたあたしがブチギレて」

「巨大化して街の中で暴れると思った?」

「そんなわけないじゃん」

「ニチアサの悪の幹部じゃないよ」

「あたしは」


神太郎

「──テメェは無関係の人間を巻き込んだんだ」

「テメェのせいで」

「死んだ奴だっているんだぞ⁉︎」


ユナ

「あたしの能力で死んだ人間はいないよ?」

「怪我した人はたくさんいるだろうけど」

「死んだ人間はいない」

「一人もね」


神太郎

「なに?」


ユナ

「今日」

「人狼化した生き物は──」

「ドブネズミが42」

「クマネズミが23」

「犬が14」

「猫が11」

「人間が246人」

「拡散したのも新宿三丁目から中野坂上まで」

「人狼化した時間もたったの18分23秒」

「その18分23秒で人間が死んだとするなら」

「病院で死んだとか」

「ビルから飛び降りた人だけ」

「あたしの能力で死んだわけじゃない」


神太郎

「お前」

「テキトーぶっこいてんじゃねぇぞ」


ユナ

「じゃ探してみる?」

「あたしの能力のせいで死んだ人間を」

「1人でも見つけることができたなら」

「お望み通りあたしをボコボコにしてもいいよ」

「ボコボコにしたいんだよね?」

「憂さ晴らししたいだけなんだよね?」


神太郎

「……」

「お前」

「何者だ?」

「何が目的だ?」


ユナ

「──あたしは帽子使い」

「『帽子の悪魔』と契約した」

「魔法使いだよ」


○7月21日月曜日 17:02

新宿駅東口駅構内女子トイレ個室


エドワード

「──ユナの奴には困ったもんだぜ」

「人間どもの記憶を消すだけでも一苦労なのによぉー」

「壊れた建物や道路を綺麗に戻さないといけなくなった」

「何人の帽子使いを派遣しないといけねぇか……」


ケイコ

「……」


エドワード

「総理大臣が記者会見したそうじゃねぇか」

「状況をまるでわかってない政治家が説明したところで」

「国民は納得するもんかねぇ」


ケイコ

「──『記憶を操作』する帽子使いは」

「都内には3人いる……」

「『物質を修復』する帽子使いは」

「2人……」

「『長老』たちが用意したシナリオは──」

「流出した有毒ガスを吸入したことにより作用した──」

「幻覚症状」

「有毒ガス流出の原因は」

「化学物質メーカーの杜撰な管理不足によるヒューマンエラー」

「今日夕方のニュースは化学物質メーカーの記者会見が開かれる予定よ」


エドワード

「──ユナはお咎めなしか?」


ケイコ

「さぁ……」

「それを決めるのは」

「あたしじゃないわ」


ドアを叩く音


月夜

「あの」

「ケイコ先輩」

「お腹大丈夫ですか?」

「今警察の人が来てまして」

「有毒ガスで体調悪い人は病院に向かって欲しいって……」


ケイコ

「……大丈夫」

「心配かけさせてごめんね」

「すぐ出るわ」


水洗トイレで水が流れる音


ケイコ

「お待たせ」


月夜

「あ」

「すみません」

「急かしてしまいました?」


ケイコ

「いいえ」

「知り合いから電話かかってきて」

「つい夢中になって気づかなかったわ」


月夜

「ユナちゃんからですか?」


ケイコ

「ずっと昔からの知り合いよ」

「そのうち紹介すると思う」


エドワード

「何が知り合いだ」

「恩人といえ」

「クソ女」


ケイコ

「しっ」

「静かにして」


月夜

「?」

「何か言いました?」


ケイコ

「なんでもないわ」


○7月21日月曜日 16:48

新宿三丁目某巨大立体駐車場6F


神太郎

「帽子の悪魔──」

「まさか」


チャーリー

「勘がいいなぁ」

「この坊主」


ユナの帽子から口が開く音


チャーリー

「俺はチャーリー」

「新垣ユナと契約した」

「帽子の悪魔だ」


神太郎

「悪魔……?」

「こいつが?」


チャーリー

「想像と違ったか?」

「こういう形の悪魔だっているんだぜ」


ユナ

「チャーリーはねー」

「あたしが10歳の時の親友なの」

「あたしがお父さんに虐められていた時にね」

「助けてくれたの」


神太郎

「……」


チャーリー

「お前らのことはよーく知ってるぜ」

「カクレキリシタン」

「とっくに滅んだと思っていたが」

「まだ生きていたとはなぁー」

「ゴキブリ並みのしぶとさだな」

「お前らは」


神太郎

「なんだとぉ⁉︎」


チャーリー

「ふっ」

「侮辱されてブチギレたか?」

「頭にきたか?」

「なら殺すか?」

「お前の愛する女の友達を殺すのか?」


神太郎

「⁉︎」


ユナ

「──あたしと月夜ちゃんは」

「友達だよ」

「少なくとも」

「君よりも好かれてる自信はある」


神太郎

「……貴様」


ユナ

「降参して無抵抗のあたしを」

「君はトドメを刺すの?」

「カクレキリシタンって」

「弱い者イジメをする集団なの?」


ユナの胸ぐらから手を外す音


神太郎

「──お前らみんなそうなのか?」


ユナ

「みんな?」


神太郎

「ノッポの女と」

「ベレー帽のあいつだ」


ユナ

「あー」

「そうだよ」

「ケイコちゃんもタイラくんも」

「あたしと同じ帽子使いだよ」


神太郎

「──何が目的だ」

「お前らはなぜ」

「月夜をつけ狙う」


ユナ

「つけ狙う?」

「何の話?」


神太郎

「とぼけるな」

「月夜の体から」

「凶暴な『悪魔の匂い』が放たれている」

「お前ら悪魔の誰かがマーキングしたんだろうが」


ユナ

「…………あー!」

「あの匂いね」

「それがどうしたの?」


神太郎

「どうした……だと?」

「ふざけやがって」

「……悪魔の匂いは」

「人間の精神に影響を与えるんだ」

「匂いに影響を受けた人間は」

「──犯罪を犯したり」

「──自殺に追い込まれたりする」

「匂いの塊みたいな月夜がその辺を歩く度に」

「無関係の人間が不幸な出来事に巻き込まれるんだぞ」


ユナ

「だから?」

「それがどうしたの?」


神太郎

「──⁉︎」


ユナ

「何熱くなってるか意味わからないんだけど」

「人はいずれは死ぬし」

「どこかで不幸になるんだよ」

「悪魔の匂いに影響されたって……」

「降りかかる災難を悪魔のせいにするのって」

「人のせいにしすぎじゃない?」


神太郎

「──質問に答えろ」

「どういう理由で」

「月夜に匂いをつけた?」

「目的を教えろ」


チャーリー

「俺たちのことを疑ってるようだが」

「あの匂いは俺の匂いじゃないし」

「俺の知っている悪魔の匂いじゃねぇよ」

「『別の悪魔』の匂いだ」


神太郎

「どういうことだ?」

「誰なんだあの匂いは⁉︎」


チャーリー

「知らねぇよ」

「知るわけねぇ」

「興味もねぇよ」


神太郎

「んだとぉ⁉︎」


チャーリー

「お?」

「ぶん殴るか?」

「カクレキリシタンっていうのは」

「ブチギレたら女も殴ってもいい教義があるのか?」


神太郎

「〜〜〜‼︎」

「ちっ」


ユナ

「──あー」

「なんだか甘い物食べたくなったなぁ」

「ねーねー神太郎くん」

「カフェ行ってお茶しない?」


神太郎

「……」


ユナ

「あれ?」

「どこ行くの?」


神太郎

「──気に入らねぇ」

「お前は大嫌いだ」

「いいか」

「明日から」

「二度と月夜には近づくな」

「いいな!」


ユナ

「それは出来ない相談だねー」

「月夜ちゃんとあたしは親友だし」

「明日からも仲良くさせてもらうよ」


神太郎

「……」


ユナ

「ねー!」

「神太郎くん!」

「あたしは月夜ちゃんも君も好きだよ!」

「もっともっと仲良くなろうねー!」


5話完

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