第4話

○7月21日月曜日 16:12

新宿三丁目某ハンバーガーチェーン店


バニラシェイクをストローで啜る音


神太郎

「……げぷっ」


美奈子

「……」

「きたなっ」


店内談笑


神太郎

「……」


ハンバーガーの包み紙を広げる音


神太郎

「……ん」

「あいつ邪魔だな」

「どっか消えてくれないかな」


美奈子

「ちょっと」

「さっきからガン見しすぎ」

「気づかれるよ」

「月夜たちに」


神太郎

「あ?」

「関係ねぇよ」

「気づかれたらその時だ」


美奈子

「はぁ」

「──何かと思えば……」

「バカじゃないの?」

「いとこをストーカーするなんて……」

「マジできもいよ」

「あんた」


神太郎

「ストーカーじねぇ」

「『安全確認』だ」

「あいつに近づくクソがいないか」

「チェックしてるだけだ」


美奈子

「ストーカーってみんなそういうんだよ」

「知らなかった?」

「てかさ」

「なんであたし巻き込むの?」

「たまたま部活休みだったからいいけど」

「あたし関係ないじゃん」


神太郎

「俺は田舎者だ」

「東京に詳しくねぇ」

「それに」

「飯屋に入るなら」

「女連れが目立たない」

「──ってじいちゃんが言ってた」


美奈子

「バカじゃないの」

「十分目立ってるっつーの」


神太郎

「…………」

「めちゃくちゃ笑ってるな」

「あいつ」


美奈子

「そりゃそうでしょ」

「あんたといるとストレスだって」

「LINEで言ってたよ」


神太郎

「なに?」

「そうなのか?」


美奈子

「いとこだったとしてもさ」

「グイグイいきすぎ」

「月夜じゃなくても引くよ」

「距離感マジでないと女の子にモテないよ」


神太郎

「……女に興味なんてねぇ」


美奈子

「その『女』って言い方よくないよ」

「粗暴キャラかなんかわからないけどさ」

「マジであらためた方がいいよ」


神太郎

「……そうか」

「そいつは一つ覚えておくよ」


美奈子

「……」

「あのさ」

「あんた親戚とか」

「従兄弟だとかいってるけど」

「本当はなんなの?」


神太郎

「お前が言った通り」

「月夜の親戚だ」


美奈子

「なんか胡散臭いんだよねぇ」

「いまいち信じられないっつーか」


神太郎

「……」


美奈子

「ねぇ」

「正直に話してみてよ」

「あんたが何者なのか」


神太郎

「──」

「どう解釈しようと勝手だが」

「月夜は俺にとって大切な『家族』だ」

「家族は大切にすることは」

「おかしなことか?」


美奈子

「おかしなことじゃないけど」

「『隠し事』してることが」

「あの子の警戒心を強くしてると思うよ」


神太郎

「……」


美奈子

「ねぇ」

「どうして月夜に隠してるか」

「理由を話せば」

「ちょっとは心開くかもよ」


神太郎

「……」

「言えねぇ」


美奈子

「は?」

「なんで?」


神太郎

「うちの家訓なんだ」

「──本当のことは胸の中に秘めろって」

「金や物は奪われるが」

「胸の中なら」

「誰にも奪われないから」


美奈子

「何言ってるの?」

「意味不明なんだけど」


神太郎

「──移動したな」

「行くぞ」


美奈子

「ちょっ!」

「ちょっと待ってよ!」


○7月21日月曜日 16:12

新宿三丁目交差点


神太郎

「……ちっ」

「速いな」

「見失いそうだ」


美奈子

「ちょっと待ってよ!」

「もうさ!」

「諦めなよ」

「どう考えても月夜はあんたのこと避けてるんだし」

「しつこいとマジで嫌われるよ!」


神太郎

「関係ねぇ」

「あいつにどう思われようと」

「知ったことか」

「月夜が『無事』だったら」

「それでいいんだよ」

「あいつの生活を守るのが俺の『仕事』だ」

「今のあいつを守れるのは」

「俺だけなんだからよ」


美奈子

(──うわぁ)

(マジこいつ何言ってるの?)

(怖っ)

(過保護すぎ)

(っていうかストーカーすぎ)

(そのうち警察に通報されるパターンだわ)

(これ)


神太郎

「あ?」

「なんだ?」


美奈子

「っわぷ!」

「ちょっと!」

「急に立ち止まらないでよ!」


神太郎

「……一人いない」


美奈子

「え?」


神太郎

「チビの女だ」

「カンカン帽をかぶった」

「髪の毛がもさもさの」

「あの女が」

「──消えた」


ユナ

「ひどいなー」

「そういう言い方するの?」

「神太郎くんって」


神太郎

「ッ⁉︎」


美奈子

「うわ⁉︎」

「びっくりした⁉︎」

「いつの間にいたの⁉︎」


ユナ

「尾行下手すぎ」

「バレバレにも程があるよー」


美奈子

「ごめんなさい新垣先輩!」

「このバカに唆されただけで!」

「あたしは反対したんです!」


神太郎

「な⁉︎」

「テメェ裏切るのか⁉︎」


ユナ

「まぁまぁ」

「喧嘩は良くないよ♪」

「コソコソつけずにさ」

「あたしらと一緒に遊ばない?」


美奈子

「え?」

「いいんですか?」

「邪魔しちゃいません?」


ユナ

「もちろん!」

「人数は多ければ多いほどいいからね!」


美奈子

「本当ですか?」

「うわー」

「ありがとうございます!」

「いやほんと……」

「元はといえば」

「この神太郎とかいう奴が原因でして!」


神太郎

「……」

「ふん」

「やるな」

「味は真似をしやがって」


美奈子

「は?」

「何言ってるの?」


ユナ

「……」


神太郎

「ここの空気」

「通行人……」

「なんの変哲もない街の景色だったのが」

「お前が目の前に現れてから」

「──変わった」

「『獣の匂い』が」

「何十の『殺気』が……」

「俺たちに向けられている」


美奈子

「はぁ?」

「ちょっとあんた頭だい──」


足音が止まる音


人間犬

「ぐるるるる」


美奈子

「……え?」

「なに?」

「みんな」

「どうしてこっち見てるの?」


ユナ

「──うふふふ」

「あたしの『能力』は」

「『生き物を別の生き物に変身』させることができるの」

「すごいでしょ?」

「人間を狼に」

「──その逆で」

「犬を人間にすることだってできるんだよ?」


美奈子

「ちょ」

「え?」


ユナ

「あたしはこの能力を」

「『ファンタスティック・ビースト』って名付けてるの」

「略してファンタビ」

「どう?」

「可愛いでしょ?」


神太郎

「伏せろ!」

「美奈子!」


通行人が一斉に神太郎たちに飛び掛かる音


美奈子

「きゃぁ‼︎」


神太郎

「くっ!」


御神酒の瓶爆弾が破裂する音


人間犬

「きゃん!」

「ぎゃー!」


神太郎

「今のうちだ!」

「逃げるぞ!」


交差点を走る音


ユナ

「……くんくん」

「──へぇ」

「これ」

「もしかして」

「『御神酒』かな?」

「すごいな」

「カクレキリシタンって」

「聖水の代わりに」

「御神酒を使うんだ」


人間犬

「きゃうーん……」


ユナ

「──でも」

「『本物』の聖水じゃないから」

「ダメージは半分程度ってところだね」


交差点を歩く音


ユナ

「──所詮は形骸化した古いキリスト教徒」

「本物の『悪魔』には」

「絶対勝てないということを」

「教えてあげなくちゃ♡」


○7月21日月曜日 16:24

新宿三丁目交差点


月夜

「──あれ?」

「ユナちゃんがいない」


ケイコ

「…ああ」

「ちょっと寄りたいところできたみたい」

「すぐに戻ってくるから」

「心配しないで」


タイラ

「ま」

「部長の放浪癖は」

「いつものことだから」


月夜

「そうなんですね」


タイラ

「でも」

「急にどうしたの?」

「カラオケじゃなくて」

「『本屋』に行きたいって言ってたけど」

「欲しい本があるの?」


月夜

「え」

「ええ……」

「ちょっと」


タイラ

「差し支えなければ」

「どんな本が欲しいか」

「教えてもらえるかな?」


月夜

「……先輩たちは」

「カクレキリシタンって知っていますか?」


ケイコ

「……」


タイラ

「……いいや」

「初めて聞いたよ」

「流行ってるの?」


月夜

「そんなんじゃないです」

「江戸時代の禁教令から」

「ずっとキリスト教を信仰していた人たちのことらしいんですけど……」

「ネットだとあまり詳しいこと書いてなくて」

「それで本屋に行って調べたくなって」


タイラ

「……ふーん」

「そうなんだ」

「歴史に興味あるんだ」


月夜

「まぁ」

「知り合いにちょっと……」


タイラ

「ん?」


月夜

「──あ」

「いや…」

「すみません!」

「あたしのわがままに付き合わせるのはおかしいですよね?」

「本屋はいつでも行けますし」

「せっかくなので先輩たちが行きたいところ行きましょ!」


ケイコ

「遠慮しないで」

「月夜が行きたい場所に興味があるから」


タイラ

「そうそう」

「とりあえず行こうよ」

「本屋」


月夜

「ありがとうございます!」

「嬉しいです!」


ケイコ

「──ねぇ」

「月夜」

「今更だけど」

「本当にいいの?」


月夜

「え?」


ケイコ

「あのメガネの彼と」

「行きたいとか」

「なかった?」


月夜

「ないです」


タイラ

「はは」

「即答だね」

「──ところでケイコ」

「誰なの?」

「メガネの彼って」


ケイコ

「月夜の彼氏」


月夜

「違います!」

「絶対違いますから!」

「冗談言わないで下さいよケイコ先輩!」


ケイコ

「……そうかしら」


タイラ

「へぇ」

「彼氏ねぇ」


月夜

「タイラ先輩!」

「違いますから!」

「あたし誰とも付き合ってないですから!」


タイラ

「ははは」

「そんな取り繕わなくても」

「わかってるよ」


月夜

「……はぁ」

「良かった」


タイラ

「でも気になるな」

「そのメガネの彼って」

「どんな子か教えてくれる?」


○7月21日月曜日 16:21

新宿三丁目某飲食店裏路地


美奈子

「はぁはぁはぁ」


神太郎

「………」


大人数で走り去る音


美奈子

「はぁはぁはぁ」

「もう……はぁはぁ」

「もう走れない」

「逃げ切れたかな」

「あたしら」


神太郎

「……だといいがな」


カバンの中を漁る音


神太郎

(くそ)

(寺から準備した御神酒はもう使い果たしちまった)

(奴らに対抗できるだけの武器は)

(吉利支丹鏡と)

(俺の経文心体術だけ……)

(──ただ)

(経文心体術が使えるのは)

(1日1回の30秒が限界だ)

(それ以上の使用は心臓の負担がデカくて)

(命に関わるとじいさんが言ってた……)

(使うなら本体であるチビ女を見つけた時だけ)

(その時に使うしかない……)


神太郎が立ち上がる音


美奈子

「……何がどうなってるの?」

「あの大人たちはなんだったの?」

「まるで人間じゃないっていうか」

「犬みたいな動きだった……」

「新垣先輩がけしかけたように見えたし」

「マジでどういうこと?」

「意味わかんない」


神太郎

「……巻き込んですまなかった」


美奈子

「──月夜は……」

「月夜は無事なの⁉︎」


忘却針が刺さる音


神太郎

「……すまん」

「ここから先は」

「俺たちの戦いだ」

「しばらく眠ってくれ……」


美奈子

「……うう」

「zzzzzz」


神太郎

「……」


コール音


神太郎

「──俺だ」

「回収してもらいたい人間がいる」

「16歳」

「性別は女」

「身長162cm」

「お下げの茶髪にそばかす」

「名前は飯島美奈子だ」

「今送った座標に寝かしてある」

「大至急頼む」


通話が切れる音


神太郎

「……」

(あの女……)

(動物を別の動物に『変身』させることができるといっていたな)

(あいつの能力の有効範囲が不明だが)

(少なくともあの人間犬は)

(10……)

(いや)

(20匹か)

(……厄介だな)

(複数同時に『変身』させることができるとしたら……)

(もしかしたら……)


ドブネズミ

「ちゅーちゅー」


神太郎

「⁉︎」


ネズミが地面を徘徊する音


神太郎

「ネズミ……」

「そういえば」

「新宿みたいな都市部には廃棄食が多いから」

「ドブネズミが数を増やしてると聞いたことがある」

「さすが東京だな」

「空気が汚いところには汚ねぇ動物が寄ってくるものか」


ネズミ

「……きしゃぁああああ」

「がるるるるる‼︎」


神太郎

「な⁉︎」


ネズミが大型肉食獣に変身する音


ハイエナネズミ

「ぐるぁああああ‼︎」


神太郎

「何ィィイイイイイイ⁉︎」


ハイエナネズミ

「がぁっ⁉︎」


神太郎

「おらぁ‼︎」


ハイエナネズミ

「きゃんっ⁉︎」


神太郎

「はぁはぁ……」

「焦った」

「ネズミが『ハイエナ』に変身しやがった……」

「ギリギリのところでカウンターを切られたが……」

「まさか」

「一匹だけじゃないよな……」


ポリバケツが蠢く音


ネズミ

「ちゅーちゅー」

ネズミ

「ちゅー」


神太郎

「クソが」

「……言うんじゃなかった」


ネズミが大型肉食獣に変身する音


ハイエナネズミ

「ぐるあああああ」

ハイエナネズミ

「があああああ」


神太郎

「ふざけんなくそぉおおおお‼︎」


道路を全力で走る音

地面を蹴って走るハイエナたちの足音


神太郎

「ちきしょう!」

「速い‼︎」

「なんで東京のど真ん中で」

「ハイエナの群れが!」

「くそ‼︎」


道路を全力で走る音


サラリーマン

「え⁉︎」

女子大生

「きゃぁ!」

老人

「なんだなんだ⁉︎」

サラリーマン

「警察‼︎」

「誰か警察に連絡を‼︎」

「ぐぁあ!」


ハイエナたちが一般人を襲う音


神太郎

「あのハイエナども」

「見境がない……」

「俺を攻撃してるわけじゃねぇのか──?」


美奈子

「……」


神太郎

「⁉︎」

「美奈子?」

「どうして⁉︎」

「忘却針で眠ったはずじゃ……」


美奈子

「きしゃぁー!」


人間がハイエナに変身する音


神太郎

「──なっ」


美奈子(ハイエナ)

「がるるるるる」


神太郎

(──あれは)

(ネズミの『噛み跡』か……?)

(美奈子の首筋に噛み跡がある……)


神太郎

「狼男や吸血鬼は」

「人間に噛みついて」

「仲間を増やしていくと聞いたことがあるが……」

「あの女の『能力』──」

「真に恐ろしいのは」

「変身能力なんかじゃねぇ……」


美奈子(ハイエナ)

「ぐるぁあああああ!」


神太郎

「くっ!」


カバンを開く音


美奈子(ハイエナ)

「ぎゃあ!」


神太郎

「──西陽が強くて助かった」

「『吉利支丹鏡』の反射光は」

「人狼には有効なようだ」


美奈子

「ぐるるるる」


神太郎

「悪い」

「お前を傷つけるつもりはねぇ」

「待っててくれ」

「術者のあのチビ女さえぶちのめさえすれば──」


老人

「あばばばばばば」


神太郎

「⁉︎」

「なんだ?」


老人

「あばばぼばぼぼ」

「ぱあぉーん‼︎」


老人がアフリカゾウに変身する音


神太郎

「──は?」


ライオンに変身したサラリーマン

「がるるるるる」


ヌーに変身した大学生

「もぉうぉおおおおお」


一般人

「ぎゃああああ!」

「うわぁああああああ!」


動物が通行人たちを襲う音


神太郎

「あのメスガキ……」

「なんて奴だ」

「人狼が人を襲って」

「人狼を増やしてやがる……」


爆発音


神太郎

「射程範囲が」

「この『新宿全域』に広がっている……」

「俺を殺すためだけに」

「無差別の攻撃をしてやがる……」


野獣の咆哮


神太郎

「──なめんじゃねぇぞ」

「こちとら250年間かけて」

「悪魔祓いを研鑽し続けたカクレキリシタンだ‼︎」

「肉食サファリパークでやられるタマじゃねぇんだよ‼︎」


ライオン

「ぐるぁあああああ!」


神太郎に襲いかかるライオンの咆哮



4話完

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