第6話

○7月21日月曜日 19:01

海円寺地下墓地


円斎

「──辰彦くん」

「首尾はどうじゃ?」


辰彦

「あ」

「円斎さん」

「あれ?」

「もうこんな時間ですか……」

「ふー」


脚立から降りる音


円斎

「……やはり難しいかのぉ」


辰彦

「──いろいろ試してはいるんですけど」

「以前お話しさせていただきましたが」

「この天井画は鉱物顔料をふんだんに使ってる上に」

「当時では入手不可能だった天然石を使っている形跡もあるので……」

「完全な再現は難しいかもしれません」


円斎

「──そうか……」


辰彦

「劣化が始まったのが」

「ここ数年だと聞いたのですが……」

「逆にそれまでは目立った劣化はなかったのでしょうか?」


円斎

「──この地下墓地は」

「わしら黒翼と金森の『礼拝堂』なんじゃ」

「250年間」

「わしらはこの土地の先祖の霊とともに」

「デウス様」

「イエス様」

「マリア様に」

「祈りを捧げていた」

「そのマリア様の面にヒビが入っているのに気付いたのが」

「神太郎だったんじゃ」


辰彦

「……自然物の壁画自体は大昔から存在はしています」

「スペインのネルハ洞窟の壁画は」

「1500万年前の旧石器時代のクロマニヨン人が描いたとされているそうです」

「この地下墓地の湿度からして」

「保存状態は悪くないはず……」

「『劣化』が早まった何か原因がわかれば対策のしようがあるのですが…」


円斎

「辰彦くん」

「わしにはのぉ」

「マリア様のお顔が」

「泣いておられるように見えるんじゃ」


辰彦

「……泣いている?」


円斎

「──今日の昼間」

「新宿で毒ガス流出事故が起きたそうじゃ」


辰彦

「え⁉︎」


円斎

「神太郎からまだ連絡はないが」

「おそらくあれは──」

「悪魔の仕業じゃろうな」


辰彦

「悪魔⁉︎」

「本当ですか⁉︎」


円斎

「……」


辰彦

「月夜は……」

「神太郎くんは無事なんでしょうか?」


円斎

「……わからん」

「明日朝まで神太郎から連絡がなかったら」

「『あいつ』を呼ぶことになるじゃろうな」

「なるだけなら避けたかったが」

「この事態じゃ」

「致し方あるまい……」


辰彦

「あいつ?」

「あの」

「誰でしょうか?」

「あいつとは」


円斎

「……悲しい世の中になったのぉ」

「遠い存在と思われていた『悪魔』たちが」

「こんなにも近くに感じるようになった」

「マリア様は」

「そんな世の中を憂えておる……」

「そう思えて仕方がないんじゃ」

「わしは……」


○7月21日月曜日 19:01

月夜自宅アパート最寄駅


月夜

「先輩」

「送って頂いて」

「ありがとうございます」


タイラ

「いいよ」

「気にしないで」

「あんな事があったんだ」

「1人にさせる訳にはいかないよ」


月夜

「もう後は大丈夫ですから」

「ここからは1人で帰ります」


タイラ

「ダメだよ」


月夜

「え?」


タイラ

「日も沈んだし」

「夜道は危ないから」

「家の前まで送るよ」


月夜

「いや」

「そんな悪いですよ……」


タイラ

「遠慮しなくていいよ」

「どうせ僕の家はこの次の駅だし」

「──ね?」


月夜

「……はぁ」

「すみません」

(なんか申し訳ないな)

(先輩も疲れてるのに付き合わせちゃって……)


タイラ

「……」


足音

車が走り去る音


タイラ

「……」

「今日は本屋に行けなくて残念だったね」


月夜

「いや」

「また機会があると思うので」


タイラ

「そうだね」


月夜

「あの」


タイラ

「ん?」


月夜

「先輩って──」

「いや」

「前から気になってたんですけど」

「服飾部の人たちって」

「どうしてみんな『帽子』をかぶってるのでしょう?」

「オシャレだしかっこいいなって思うんですけど」

「部員の証的な意味があるとかでしょうか?」


タイラ

「どうだろう」

「オシャレという意味でかぶってる奴はいないかもね」


月夜

「そうなんですか?」


タイラ

「帽子をかぶることで」

「『自信』を持てたりするんだよ」

「弱い自分だったのが」

「強い自分になったような──」

「そんな自信を」

「帽子をかぶることでもらえたりする」

「だから僕は帽子をかぶる」

「そんなところかな」


月夜

「……強い自分…ですか?」


タイラ

「ふふ」

「ちょっとわかりにくかったかな?」

「まぁ最初のきっかけは」

「先輩部員みんなが被っていたから」

「僕たちもなんとなく被り始めたってのが」

「本当のところかな」

「服飾部の伝統芸みたいなものだよ」


月夜

「……なるほど」


タイラ

「月夜ちゃんは」

「どうして美術部に?」


月夜

「あたしも」

「なんとなくです」

「お父さんが保存修復師の仕事をしてるのもあって」

「うちは昔から絵に関することをよくやらされました」

「絵を完成させるよりも」

「絵を描いてる時の方が」

「ちょっとだけいつもと違う自分になってる」

「そんな気がするから」

「続けてる気がします」


タイラ

「──意外だね」

「僕たちほんの少しだけ」

「似たもの同士なのかもね」


月夜

「そうですね」


タイラ

「……ねぇ」


月夜

「あ」

「はい!」

「なんでしょう?」


タイラ

「月夜ちゃんは」

「神太郎くんのことが」

「好きなのかい?」


月夜

「⁉︎」

「へ⁉︎」

「あたしがですが⁉︎」

「ないない‼︎」

「絶対ないです‼︎」


タイラ

「そうなのか?」


月夜

「あんな訳のわからない粗暴な人」

「好きになる要素まったくないです‼︎」

「意味わかんないですよ‼︎」


タイラ

「ふーん」

「ユナから聞いた話だと」

「彼とはいつも一緒だって」


月夜

「……それは」

「勝手についてくるというか」


タイラ

「彼のことは別に」

「意識してない」

「そう思ってもいいの?」


月夜

「当たり前ですよ」

「絶対になしです!」


タイラ

「じゃ」

「僕が君のことを」

「好きになっても」

「大丈夫かな?」


月夜

「──え?」


夜風


タイラ

「今日会ったばかりだけど」

「君と話していると」

「僕の胸がドキドキするんだ」

「もう少し君と時間を過ごしたい」

「そんな気持ちになってる」


月夜

「いや」

「あの……」

「からかわないでくださいよ」

「ダメですよ」

「あたしなんかじゃ」


タイラ

「からかってなんかいないよ」

「君に惚れてるんだ」


月夜

「いやまぁ」

「えと」

(やばい)

(この状況やばい)

(テンパる)

(言葉が出てこない)

(離れなきゃ)

(離れないとやばい……)


タイラ

「月夜」

「こっち向いて……」


月夜

(──やばい)

(やばいやばいやばいやばい)

(近い!)

(めっちゃ近いよタイラ先輩⁉︎)

(この流れはまさか……)

(うそ⁉︎)

(キスするのあたし⁉︎)

(っていうか)

(道のど真ん中だよ?)

(誰か見てないよね?)

(ちょっとマジで⁉︎)

(早くない⁉︎)

(でも近くで見るとすごいイケメン……)

(眼大きい)

(っていやいや⁉︎)

(流されちゃダメでしょ⁉︎)

(……でも)

(なんか)

(悪い気がしないっていうか……)

(あたしもちょっとタイラ先輩のことが好──)


顔面に拳がめり込む音


月夜

「⁉︎」

「何してんの⁉︎」

「先輩⁉︎」


神太郎

「──そりゃこっちのセリフだ」

「タコ」


タイラ

「……」


タイラの鼻から血が垂れる音


月夜

「タコ⁉︎」

「はぁ⁉︎」


神太郎

「今日会ったばかりの野郎に」

「好きでもねぇ男に」

「唇を許すな」

「馬鹿タレが」


月夜

「な⁉︎」


タイラ

「神太郎くん」

「君らの仲の良さについて僕は知らないが」

「少なくとも」

「暴力はダメだろ」

「すごく痛いよ」


神太郎

「うるせぇクソ野郎」

「気にいらねぇならかかってこい」

「ぐちぐち文句垂れてる暇があるなら」

「俺を殺してみろ」


タイラ

「……ふふ」

「そうかい」

「面白いね君」

「ユナが気にいるわけだ」


タイラ

「──月夜ちゃん」

「今日は帰らせてもらうよ」

「君の保護者を怒らせたようだしね」


月夜

「いや」

「あの!」

「違いますよ!」


タイラ

「神太郎くん」

「また学校で会おう」

「──この借りは絶対に返させてもらうよ」


神太郎

「……」


○7月21日月曜日 19:16

月夜自宅アパート


月夜

「……」


神太郎

「……」

「ふんっ」

「口も利きたくないって面だな」

「当然だな」


月夜

「マジで近づかないで」

「ありえないんだけど」

「何考えてるの?」

「いきなり先輩の顔面殴るとか」

「頭おかしいんじゃないの?」


神太郎

「──お前」

「あいつのことを好きなのか?」


月夜

「はぁ?」

「だから何?」

「あんたには関係ないじゃん」


神太郎

「そうだ」

「俺には関係ねぇことだ」

「お前が誰とどんな関係になろうと」

「お前の自由だ」

「けどな」

「さっきのお前は」

「そのへんにいるくだらねぇ女になっていたぞ」


月夜

「はぁ?」


神太郎

「その場のノリでキスをして」

「その場のノリでセックスをする」

「そしてその場のノリで子供ができる」

「少し面がいいとか」

「少し優しいとか」

「少し大胆だからとか」

「テメェが気に入った『少し』があるだけで」

「クソ野郎に何もかもを捧げる」

「くだらねぇ女そのものだ」

「俺はくだらねぇ女は嫌いだ」


月夜

「……」


神太郎

「本気で人を好きになりたいなら」

「簡単に唇を許すな」

「お前はくだらねぇ女なんがじゃねぇ」


月夜

「いや」

「何言ってるの?」

「キモいよ」

「何様のつもり?」

「あたしの保護者になったつもりなの?」

「マジで気持ち悪いんだけど」


神太郎

「なんとでも言え」

「俺は」

「俺の持つ」

「信念で動いてるだけだ」

「お前に合わせる気はねぇ」


月夜

「あたしも」

「あんたに合わせる気はない」

「……明日あたしに近づいたら」

「通報するから」

「二度と顔見せないで」


神太郎

「……」


足音


○7月22日火曜日 07:50

地下鉄銀座線車両内


車内アナウンス

虎ノ門駅に降りる乗車客の歩く音


月夜

「……」


自動ドアが閉じる音

地下鉄の走行音


新聞のページが捲れる音


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


重い荷物を背負う老婆

「……はぁ」


月夜

「……」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……ごほん」


月夜

「……あの」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


月夜

「……あの」

「すみません」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……ん?」


月夜

「……お席」

「代わってもらうことって」

「できますか?」


優先座席に座る中年サラリーマン

「はぁ?」


月夜

「えっと」

「いや」

「おばあさんにお席を……」


重い荷物を背負う老婆

「ああ」

「いいのよ」

「別に私は」


月夜

「でも…」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


新聞のページが捲れる音


月夜

「──っ!?」

(なんなのこの人!?)


タイラ

「どうしたの?」


月夜

「あ」

「先輩」

「おはようございます」

「あの」

「昨日はすみませんでした」


タイラ

「……揉め事?」


月夜

「いや」

「そのですね…」


タイラ

「……」

「ねぇおじさん」

「席変わってくれないかな」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


新聞のページが捲れる音


タイラ

「……」


指の骨が折れる音


優先座席に座る中年サラリーマン

「⁉︎」

「いっ⁉︎」


タイラ

「……」

「無視はよくないね」

「もう一度いうよ」

「席変わってくれないかな」


優先座席に座る中年サラリーマン

「いいいいだぁああ」

「ひぃいいい」


席から立ち上がる音


月夜

(え⁉︎)

(指を…)

(折った⁉︎)

(どうやって…⁉︎)

(まったく見えなかった…)


タイラ

「さぁ」

「月夜ちゃん」

「席が空いたよ」


月夜

「あ」

「いや…あたしじゃないです」


タイラ

「あれ?」

「君が座りたいわけじゃないのかい?」


ざわめく車内


タイラ

「……はは」

「僕は何もしてないよ」

「ただお願いしたら」

「あの人が立ってくれた」

「それだけだ」


車内アナウンス

扉が開く音


タイラ

「月夜ちゃん」

「今日の放課後」

「話があるんだ」

「いいかな?」


月夜

「あ」

「……いや」


タイラ

「大事な話なんだ」

「来なかったら」

「──殺す」

「からね」


○7月22日火曜日 09:15

皐月高校 2年生職員室 2時間目休み時間


先生

「黒翼?」

「あいつなら今日休みだぞ」


月夜

「え?」

「どうして?」


先生

「どうしてって…」

「なんか体調が悪いとかで今朝電話が来たぞ」

「お前も知ってるだろ」


月夜

「いや」

「あたし知らないです」


先生

「なんでだ」

「身内なんだろ?」


月夜

「……」

「あの」

「先生」

「すみません……」

「今日早退したいです」


先生

「は?」

「どうした」

「お前も体調悪くなったのか」


月夜

「そうじゃないんですけど……」

「なんていうか…」

「その……」


先生

「なんだ」

「理由がなくて早退は認めないぞ」

「まさか黒翼の面倒を見たいからとかいう理由じゃないだろうな」


月夜

「そうじゃないです」

「あの…実は」

「三年生のタイラ先輩なんですけど……」


先生

「タイラ?」

「あー」

「服飾部の副部長か」

「あいつがどうした?」


月夜

「何かされたわけじゃないんですけど」

「ちょっとありまして……」

「会いたくないっていうか」

「その……」


先生

「痴話喧嘩か?」


月夜

「違います」


先生

「じゃなんだ」

「はっきり言え」


月夜

「──殺す」

「って」

「脅されたんです」


先生

「……タイラにか?」


月夜

「……はい」


先生

「……」

「白鷺」

「それはお前」

「違うだろ」


月夜

「え?」


先生

「タイラはな」

「すごい奴だぞ」


先生

「あいつはな」

「去年」

「生徒会の会長やってたんだ」

「覚えてるだろ?」

「全国模試一位を取ったこともあるし」

「陸上の短距離記録でベスト8に入ったこともある」

「文部両道」

「何をやらせても優秀」

「俺が知ってる中で最も素晴らしい生徒だ」

「そんな奴が」

「誰かを脅すわけないだろ」


月夜

「いや」

「でも……それは」


先生

「どういう状況だったにしろ」

「あいつがお前を脅すなんてことはまずない」

「ありえない」

「お前の聞き間違いか」

「タイラを怒らせたか」

「どっちかだろ」


月夜

「……」


先生

「タイラと話し合いたいなら」

「あいつを呼ぼうか」


月夜

「いえ」

「いいです」

「ありがとうございます」


○7月22日火曜日 11:00

皐月高校 下駄箱


電話音


月夜

(……美奈子)

(やっぱり電話も出ない)

(LINE送って一日経ってるのに既読もつかないなんて……)

(そんなこと今までなかったのに……)


ため息


月夜

(どうすればいいの)

(今朝のことが頭から離れられない)

(いい人だと思っていたタイラ先輩が)

(今は信じられない…)

(誰を信じたらいいの?)


ケイコ

「月夜」


月夜

「うわ!」


ケイコ

「大丈夫?」

「顔色悪いわよ」


月夜

「え」

「ええ……」

「大丈夫です」


ケイコ

「……」

「大丈夫じゃないでしょ」

「何があったの?」


月夜

「……」

「……ケイコ先輩」

「すみません」

「あたし……」

「タイラ先輩が怖いです」


ケイコ

「タイラ?」

「あいつがどうしたの?」


月夜

「実は今朝──」

「電車の中で──」


ケイコ

「……なるほど」

「今日あんたは」

「タイラに呼び出されたってことね」


月夜

「あたし」

「怖くて……」

「先生にも相談したんですけど」

「掛け合ってもらえなくて」


ケイコ

「……そう」


月夜

「ケイコ先輩」

「あたしどうすれば……」


ケイコ

「さぁ?」

「いやなら」

「逃げるればいいんじゃない?」

「わざわざ相手にすることないわ」


月夜

「でも」

「逃げたら追いかけてくるんじゃ」


ケイコ

「そうかもしれないわね」


月夜

「……うう」


ケイコ

「──言っておくけど」

「私は協力しないわよ」

「いくら同じ服飾部だったとしも」

「あなたたちの問題に立ち入るつもりはない」


月夜

「……」


ケイコ

「タイラとのいざこざは」

「あんたたち二人の問題」

「あなたが嫌なら逃げればいいし」

「そうじゃないなら」

「立ち向かえばいい」

「それだけよ」


月夜

「……」


ユナ

「ちょっといいかなー」

「二人とも」


月夜

「ユナちゃん」

「いつの間に」


ユナ

「途中で二人の姿見たから声かけようとしたんだけどね」

「──てかさ」

「ケイコ」

「困ってる後輩がいれば」

「助けてあげるべきでしょ」

「いくらなんでも冷たすぎじゃない?」


ケイコ

「私はそうは思わない」

「私やあんたがタイラに言ったところで」

「解決にはならないでしょ」


ユナ

「そうかな」

「タイラが月夜を殺すって言ったなら」

「ダメでしょ」

「そんな危ない奴に近づいたら」

「警察に通報すべきでしょ」


月夜

「──あの」

「すみません」

「ありがとうございます」


ユナ

「ん?」


ケイコ

「……」


月夜

「あたし」

「やっぱり行きます」

「ケイコ先輩がいう通りです」

「これはあたしの問題です」

「あたしがなんとかしなくちゃいけないと思います」

「誰かに甘えちゃダメなことだって思います」


ユナ

「そんな…」

「月夜ちゃん」

「遠慮しないで!」

「あたしがタイラ呼び出して説教するから!」

「ダメだよ一人だと!」

「危ないよ!」


ケイコ

「……」


月夜

「お気持ちありがとうございます」

「あたし頑張ってみます!」


チャイム


月夜

「それじゃ先輩」

「教室戻りますね」


廊下を走る音


ケイコ

「……」


ユナ

「……ふふ」

「月夜ちゃんって」

「健気だなぁ」

「あたし本当に好きになるかも」


ケイコ

「ユナ」

「あんたその顔」

「やめときな」


ユナ

「え?」

「なんで?」


ケイコ

「キモいよ」

「してやったりっていうその顔が」


○7月22日火曜日 14:00

都内病院


美奈子

「……」

「う……」

「あれ?」


神太郎

「よぉ」

「目が覚めたか」


美奈子

「……いつからいたの」

「学校は?」


神太郎

「今日はふけたよ」

「これ土産」

「干し柿」

「俺の実家で作ってる奴なんだ」

「うめぇから食ってみろ」


美奈子

「……意外だね」

「わざわざお見舞いなんて」


神太郎

「そう思うか」


美奈子

「うん」

「気にしなくていいのに」

「たまたま一緒にいただけで」

「あんたのせいじゃないのに」


神太郎

「……」


美奈子

「──随分と凹んでるね」


神太郎

「何がだ」


美奈子

「顔見りゃわかるよ」

「月夜でしょ」


神太郎

「──関係ねぇよ」

「あいつに嫌われようと」

「俺は俺のやり方でクソ野郎どもからあいつを守る」


美奈子

「勝手な奴だね」

「あんたって」


神太郎

「……そうだな」


美奈子

「ねぇ」

「どうしてあんた」

「月夜にこだわってるの?」


神太郎

「あ?」


美奈子

「好きなの?」

「あの子のことが」


神太郎

「……あいつの親父に」

「恩があるんだ」


美奈子

「恩?」


神太郎

「ああ」

「感謝しても感謝しきれないことだ」

「それを」

「俺なりのやり方で返してる」

「それだけだ」


美奈子

「……そうじゃないでしょ」


神太郎

「……え?」


美奈子

「どうしてそんな顔になるか」

「当ててあげようか」


神太郎

「なんだよ」


美奈子

「月夜に嫌われてるから」

「あの子に拒絶されてるのが」

「辛いんでしょ?」


神太郎

「関係ねぇよ」

「そもそも俺は──」


美奈子

「バカ」

「見返りを求めない人間なんて」

「この世にはいないよ」


神太郎

「──⁉︎」


美奈子

「拒絶されたらショックは受けるよ」

「それが人間じゃん」

「月夜のお父さんの恩返しとか」

「関係ないよ」


神太郎

「……」

「俺は別に」

「ショックなんか……」


美奈子

「──あの子に受け入れてもらいたいんでしょ」

「あたしもあんたも」

「そこまで大人になれないよ」


神太郎

「……」

「どうすればいい」


美奈子

「月夜のところに行きな」

「根気はいるけど」

「話せばわかってくれるよ」


神太郎

「……」


美奈子

「ほら行ってこい」

「黒翼神太郎」


足音


○7月22日火曜日 16:00

皐月高校 3階 家庭科室


タイラ

「……」

「やぁ」

「来たね」


月夜

「……」

「先輩」

「話ってなんですか?」


タイラ

「月夜ちゃん」

「歴史は好きかい?」


月夜

「……いえ」

「嫌いです」


タイラ

「そうか」

「僕もだよ」

「だけど」

「物事の成り立ちには」

「すべて『歴史』が関係してるんだよ」

「嫌いでも知っておかなくちゃいけない」

「それが『歴史』だと思うんだ」


月夜

「……」


タイラ

「1549年」

「この国にキリシタンが訪れたのは」

「天文18年とされている」

「彼らがこの国に来た理由は」

「布教でもなければ」

「領土拡張の植民地化目的でもなかった」

「──なぜか」

「その理由はわかるかい?」


月夜

「あの……」

「なんの話ですか?」


タイラ

「──『討伐』だよ」

「欧州から東の国に逃げた悪魔たちを」

「残らずすべて殺すために」

「宣教師たちはやって来たんだ」

「デビルハンターって奴かな」

「わかりやすくいうなら」


月夜

「あの」

「先輩?」


タイラ

「……黒翼神太郎くん」

「彼はね」

「デビルハンターの末裔だと聞いた」

「つまり僕らの『敵』だってことだ」


月夜

「敵?」


タイラ

「彼は君を守ることに必死だ」

「君にとってありがた迷惑だろうけど」

「彼は君を守るためなら」

「命もかけるだろう」


タイラ

「だから僕は」

「決めたんだ」

「僕の脅威を取り除くために」

「敵を排除するために」

「君を殺すことを」


月夜

「……は?」

「え?」

「どういう意味ですか?」


肉が裂ける音


月夜

「⁉︎」


タイラ

「驚いたかい?」

「僕の右手首から見えているのは」

「ベレッタM92というイタリアの軍拳銃だ」

「装弾数は14」

「使用弾頭は9mmパラベラム」

「射程距離は6メートルから8メートル」

「本物の『拳銃』だ」


月夜

「あ」

「あの?」


銃声


タイラ

「君が死ねば」

「神太郎くんの精神的ショックは計り知れない」

「君を殺して彼を殺す」

「安心してくれ」

「君の死体は燃やして海に散骨するよ」

「証拠は残さらない」


月夜

「誰か!」

「助けて!」


銃声

廊下を走る音


月夜

(どうして⁉︎)

(なんでこんなことに⁉︎)


月夜

「先生⁉︎」

「誰か助けて‼︎」


ネズミ

「ちゅうちゅう」

「ちゅう」


月夜

「え?」


ネズミ

「ちちちち」

「ちゅう」


月夜

(ネズミ?)

(どうして廊下に?)

(それにこれ……)

(脱ぎ捨てられた制服がどうしてこんなに?)


銃声


月夜

「きゃぁ!」


タイラ

「誰も助けは来ないよ」

「ユナの能力で」

「校内にいる人間はすべて『ネズミ』に変身させたからね」

「って」

「聞こえてないか」


走る音


タイラ

「──さて」

「鬼ごっこは趣味じゃないんだ」

「時間もあまりないし」

「ここは効率的に」

「殺すことにしよう」


金属が噛み合う音


月夜

「⁉︎」

「あれって」


タイラ

「左腕を『M240機関銃』に変形させた」

「使用弾頭は7.62mm NATO弾」

「厚さ3メートルのコンクリートを5秒で粉砕する破壊力」

「──当たれば体がバラバラになるね」


機関銃の銃声

ガラスが割れる音


月夜

「うわぁあああああああ!」


硝煙

コンクリの破片が落ちる音


タイラ

「ようやく腰を抜かしたね」

「これで落ち着いて殺せるよ」

「そこを動かないで」


月夜

「──た」

「助けて……」

「誰か……」

「誰か‼︎」


撃鉄が起きる音


月夜

「神太郎くん‼︎」


顔面を殴る男


タイラ

「がはっ」


尻餅の音

薬莢が地面にばら撒かれる音


神太郎

「──よぉ」

「呼んだか」

「俺のこと」


To be continued….

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