第4話 ガブリエルさんー普通の生活を望んだ者

「友達が言っていたわ。『ガビー、日本なんて行くのやめなよ。日本で死ぬと異世界に飛ばされるって都市伝説があるのよ?』って」

「あなたの国だと天国へ行くんでしたね」

 チュートリアルさんの光を受けてキラキラと輝く髪を指で巻きながらガブリエルさんは言った。


「そうよ。あーあ、アタシも普通に天国に行きたかったなぁ」

「そろそろ決めますか?」

「そうねぇ、異世界ってピンとこないのよね。

 ハリーポッターとかダレンシャンみたいなのを想像すればいいの?」

 チュートリアルさんの光が少し困ったようにちらちらと光った。


「……そうですね、ワタシにはそれが何かは知りませんがその様な世界かと」

「ふぅん……そうしたらアタシは普通に過ごしたいわ。普通の家庭に生まれて、小さい頃から仲のいい男の子と結ばれて、裕福でなくてもいいから穏やかに過ごしたい」

 ガブリエルさんは少し照れくさそうに答えた。


「穏やかに……ですか?」

「そう。アタシね、子供の頃に両親ともヤク中で死んじゃったんだ。それで施設にはいったんだけど、そこがクズでさー」

 穏やかではない自分の事をあたかも他人事のように興味なさげに話すガブリエルさん。

 そんな彼女の話に対して、彼はは静かに耳を傾けている。


「そこから逃げ出してなんでもやったわ。で、ある日おじさんに出会ったんだ。日本人でさ、アタシのこと面倒見てやるって」

 懐かしい思い出がよみがえり、彼女は微笑んだ。


「おじさんたら、アタシのこと『ガブ』って呼ぶんだよ。ガブリエルの愛称は『ガビー』だって言ってんのに『ガブ、ガブ』ってさ」

 ガブリエルさんは本当に楽しそうに話を続ける。


「で、日本のガッコーに入れてもらって大学にも通わせてもらって、おじさんの会社を手伝うようになって……」

 何もかもがキラキラしてて楽しかった、と話を続けるガブリエル。


「で、おじさんと一緒に車で取引先に向かう途中で……目の前にトラックが……!」

 楽しそうに話していた彼女の顔が次第に青ざめていく。


「……ねぇ、なんでここにおじさんはいないの?」

「残念ですが……日本は八百万の神がおわす所です。一人一人の死後の行き先はその八百万の神しだいなので、彼はここにはいません」

 チュートリアルさんは、彼女が呆然としているのを見て、冷静に説明をした。


 しばしの無言の後、チュートリアルさんが口を開いた。

「さあ、道を開きました。お進み下さい」

「なんか色々ありがとう。アタシ、幸せになってくるよ」

 はにかみながらガブリエルさんが光に包まれる。



「ストップ、ここからまた倍速でお願い」

「『倍速』ですね。承りました」

 シマダの倍速要求にすっかり慣れたチュートリアルさんは頷いた。


「では、倍速で……ガブリエルさんはアエギタロスに転生し、幸せな人生を歩みました。

 彼女は穏やかな両親との日々を楽しんで育ち、幼馴染と結婚をし子供にも恵まれます。


 しかし、疫病が蔓延し賢者の血を持つ者が必要だと噂が広まりました。

 彼女はその力を持っていましたが、自らそれに気づく事はなかったのです。


 しかし、ぶらりと村に立ち寄った巫女に賢者の血を持つ転生者である事を見抜かれ消滅しました。


 その後、彼女の消滅時に放った光が世界を包み、疫病は消え去りました。

 ガブリエルさんの娘と孫は彼女の思い出を胸に、彼女の名前を代々受け継いでいき、平凡な生活を送っています」

「えー? そこはさ、平々凡々に過ごさせてあげようよぉ」

「転生先で起こることは予測不可能なので」

 シマダは顔をひきつらせながら言ったが、彼はさも当然のことのように言葉を返した。


「これ、おじさんはどうなったの?」

 ふと気になったのでシマダは聞いてみた。


「彼女のおじさんは輪廻転生し新たな生を始めています」

 日本の神は八百万。輪廻も転生すれば、現世に留まり彷徨う者、妖怪になる者……それはそれは様々な死後を迎えるのだが、それはまた別のお話。


「よかったぁ。……て言うか、それを彼女に言ってあげればよかったのに」

「……聞かれませんでしたので」

 光に包まれているため表情は読めなかったが、しれっとチュートリアルさんは言った。


「聞かれなかったって……まあ、親とか先生によく言われるやつかな? 『わからない事や気になる事があったら質問して下さい』ってやつだよねぇ」

「ワタシも立場上、必要最低限の事しか言えませんので」

 多分ここでは言葉やチュートリアルさんとのやりとりが重要なのだな、とシマダは思った。


「なんかボクもお母さんとお父さんに会いたくなって来た。あと、近所のノラネコとか……天寿とやらをマットーすればいいんだよね?」

「そうです。天寿を全うすれば、もう一度会えますよ」

 どれくらいの間ここにいるのか分からないが、シマダは遠く離れた家族を思い出し、少し寂しい気持ちになった。


「なんかさ、見れば見るほど決められ無くなっていく気がする。けど、安易に決めたら悲惨な事になりそうで決められないなぁ」

「次の方は『鳥になる』と決めた方の物語です」

「え? 人間以外も選択できるの?」

 悩むシマダをよそにチュートリアルさんは話し出した。


「はい、人でも人以外でも」

「もー、選択肢をどんどん増やさないでよ」

 頭を抱えるシマダをチュートリアルさんは静かに見守る。


「もうここまで来たらとことん何でも見てやる。さぁ、見せてよ『鳥になった』人の話を……」

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