第13話 ファールス領:3

 若い見張りは形だけ粘って見せたが、すぐに折れた。自分がカモにされたのなら詳しく聞きたいと言う気持ちに負けるのも無理はない。カストールの方も上手い。一気に畳みかけたり、はぐらかしたりと会話のペースを完全に掴んでいる。大したものだ。自分を情報屋だと言っていたカストールの話術に感心しながらリョウも傍で聞き耳を立てる。


 この若い男は地元、ファールス家の領地出身で、半年前から輸送警護隊の一員になっているらしい。領地内の輸送任務だから基本的には暇その物。特に、今いるヴァール砦~王都タマヴォ間のルートは古代の幹線道路をそのまま使っているので速度も出るし、比較的裕福な土地を抜けるから野盗もまずいないとの事だった。


 カストールは国全体の話を少しずつ引き出していった。と言っても、農民の出身で、学もない若者は多くを知らない様だった。自分たちが居るのはオルネイ王国のファールス領。王都のあるキストルナックス湖に面している三つの領地の一つだ。湖の南西が王直轄領、東がファールス領、そして北西がアンドラス領。湖の直ぐ南はスージック領だが、湖には接していない。ファールス領のさらに東にシルソイ家とフラソリコ家の領地があるが、彼はそれ以上の事を知らない。ファールスから出た事が無いのである。


 ファールスとアンドラスの両家が王を支える柱で、政治的な発言権は他の貴族家と比べ物にならないらしい。若者は誇らしげに、ファールス家の現当主、ダルトス・シュメイ・ファールスが国王の再従兄弟はとこだから、ファールス家はアンドラスの奴らとは桁違いに高貴な血筋だと主張した。国王の名前は覚えていなくても、自分が仕える君主の名だけはすらすらと言える。そんな彼を見てリョウは可笑しくなった。自分が偉いわけではなくても、仕える君主が偉大だと自分もそれにあやかれる。よくある感じ方だ。


 カストールが砦で見た高貴な女性について尋ねると、相手はますます張り切りだした。美人で気が強く、不正を許さず(ここまで聞いたリョウは砦で聞いた会話を思い出し、鼻で笑ってしまった)、常に民の事を第一に考えている彼女は次期当主のアルティーナ・シュメイ・ファールス。領地の男で彼女に惚れていない奴は居ないとすら言い切る。


「ああ、見るからに正義の使者って感じだったよ、彼女。あの腕っぷしはヤベぇぜ、かなう気がしないね。極悪非道なダエモンを一匹、目の前で殺してったよ」


 カストールの皮肉には気が付かず、うんうんと頷いていた相手だったが、ダエモン殺しを聞いて表情が曇る。リョウは一瞬、彼が自分たちに同情してくれていると思ったが、そうではなかった。憧れのアルティーナが5年前の戦で兄をダエモンに殺されたらしい。それも味方が召喚したダエモンに。王国の南に位置するヴァルタハール帝国と国境線での小競り合い、のはずだったのが何故か教会がダエモンの使用を許可したらしい。


「待てよ、あんちゃん、教会ってのはなんだい?そこが召喚を管理しているのかい?戦に使っちゃいけないのかい?」


 リョウも思わず身を乗り出す。ダエモン関連を許可したりする組織。間違いなく自分たちにも関わっているはずだ。若者も戦の事は噂でしか知らなかったが、教会とはこのファルナジア大陸全土の統一教の組織の事だと教えてくれた。全ての召喚士は同時に教会の聖職者でもある。シンボルは召喚の魔法陣から取った円。唯一神ゾッドから授かった力で日夜この大地をダエモンから守っているとの事だった。ダエモンには等級があり、上に行くほど化け物になるらしい。そこまで話して、自分が正にダエモンを相手にしていると思い出した彼は、すっかり下ろしきっていた槍を再び構えてカストールから距離を取った。


「おいおい、あんちゃん、俺たちは化け物じゃないよ。ただの人間……いや、ただの無害なダエモンさ。ビビる事ぁねぇよ。それより、化け物ダエモンってどんなヤベぇやつらなんだい?自分が何で危険物扱いされるのか知りたいのよ」


 必死に食い下がった甲斐があったのか、自分がビビっていないと証明したかったのか、若者は力を抜いて話を続けた。


 5級のダエモンは貴族や金持ちの館でも見かける事がある。主にスライムみたいなもので、掃除などに使われている。4級になると小動物の形を取っており、これは位の高い者がペットにしていたりする。3級は決まって人間と全く変わらない姿で現れるので人との見分けがつけにくい。例外もあるようで、リョウの方を指し、肌の色や髪の色、顔立ちがかなり異質な者もいるらしいと語った。言われてみればここまで見た全員がいわゆる欧米人の顔立ちと肌だった。アジア人は珍しいのだろうとリョウも納得した。


 戦になると2級が主な召喚対象になる。一気に危険度があがり、多くは巨大な魔獣のような姿だそうだ。アルティーナの兄を殺したのも2級だった。1級は姿に法則が無く、どれも不思議な能力を持つらしい。見張りも詳しい事は分かっていなかった。余程の事情が無い限り、1級が召喚されることは無い。理由を聞いてリョウは砦の会話に合点がいった。召喚には必ず生贄が必要だった。等級が高くなればなるほど、必要な命が爆発的に増える。詳しい事は教会の人間じゃないと分からないが、3級を一体召喚するのに、最低でも、人一人の命が必要だと言うのが世間で囁かれる認識だった。


 人間を犠牲に召喚された自分たちを彼がどう思っているか。それをそろりとカストールが聞き出そうとしたら、意外にも、何とも思っていないらしい。曰く、どうせ牢獄の罪人か何かを使っているのだろうとの事だった。リョウはもっと話を聞きたかったが、流石に見張るはずのダエモン達とあまり喋っていると怒られるのか、相手はもう十分だと主張し、カストールにイカサマの話を求めた。


 手振りを交えてカストールが何か説明するのを横目にリョウは考え込む。この世界には召喚があるが、魔法のような話は何も出てこなかった。1級ダエモンを別にすれば。それも聞いた相手が悪かった。詳しく知りたければ教会の人間に聞くしかない。いずれにしても、召喚そのものは珍しい事柄ではなく、昔から存在し、宗教の一部でもある。アマネウスが言っていた猊下の弟子たちが試験どうこう。察するに、教会内の行事で召喚のコストを行う場所の領主に出してもらっているようだ。領民の命が消費されるのをアルティーナが好ましく思っていないのも分かる。兄を殺されているからダエモンを嫌っているのも納得できる。ただ、納得したところで自分が嫌われる対象である事に変わりはなく、どうするべきかのヒントも無い。あの怒り方は罪人を差し出した感じじゃない。一般兵が知らないだけで、召喚のコストはもっと複雑なのかもしれない。


 思わずため息が出る。色々知ったようで、自由に近づき、日本へ帰るための情報が全くない気がする。とりあえず逃げ出しても、現在地が王都と砦を結ぶ街道沿いで、裕福な土地でもあるなら隠れるのは至難の業だろう。逆に、人里から食べ物などを拝借するチャンスもあるだろうが、怒り狂う原住民にまで追いかけられたらどうしようもない。まして、アジア人の自分は見た目が珍しく、どこに行っても目立つ事だろう。このまま王都まで大人しくしよう。ファールス家の屋敷に連れて行かれるとの事だが、もっと博識な人間もいるだろうし、教会にも近づける。はず。


 奴隷と変わらない扱いを受け、常に拘束されている自分がその辺の神父に「すみません、3級ダエモンなんですが、元の世界に返してもらって良いですか?お礼にこの汚いチュニックの切れ端を差し上げます」なんて交渉をしている姿を想像して笑えて来たリョウの隣にカストールがやってきた。顔を上げると見張りも何か考え込みながら元の座っていた場所に戻っている。


「どうだい、色々聞き出したぜ。相手が馬鹿で助かる。この国は平和そのものだ。それが知れただけでも大儲けよ」

 得意げにカストールが話しかけてくる。

「ああ、凄いな。流石は情報屋って所か。でもよ、よくこんな場所からイカサマを見破ったな。あんたの世界にも同じ遊びがあったのか?焚火の光だけでこの距離から見ても、俺には何をしているのかさえ良く分からなかったのに」

「イカサマ?馬鹿を言え、こんな所から分かる訳ねぇだろ。カードとサイコロを使っている事しか分からねぇよ。あの若造は鈍感だからイカサマなんかしなくてもカモに出来るだろう」


 あっけらかんと言い放つカストールに唖然とするリョウ。とんでもない視力と洞察力だと感心していたのに、心理に付け込んだ嘘を並べただけだったとは。負けて悔しそう、なぜ負けたのか分かってい無さそうな若者に「お前はイカサマで金を巻き上げられた」と、相手が聞きたい事を適当に言っていただけだったのか。


「おいおい、良いのか?嘘だってバレたらどうするんだ?」

「構わねぇよ。明日の夜には王都に着くらしいぜ。給料が入るまで博打を打てない間抜けとはもう会う事もねぇって」、カストールがどうでも良さそうに手を振って続ける。

「そんな事より、道中に逃げ出すのは確かに無謀だな。だが、王都なら何とかなるかも知れねぇ。ヤベぇ連中が必ずいる。何とかそいつらと接点を持つか、スラムに逃げ込めば何とかなる。お前もそっち方面に気を配っておけよ、俺が何かを見落としても大丈夫なようにな」


 それだけ言い終えるとカストールは横になって目を閉じた。リョウもそれにならって寝転がる。ずっと何も言わずに一人聞いていたケステスは二人とグラハムたちを見比べ、後者の方が身を寄せ合って暖かそうと判断したようで、そっちに移動していった。横になったとたんに一日の疲れが押し寄せてきて、間もなくリョウも目を閉じて眠りに落ちていく。

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