第26話

 私は今、非常に困惑している。この世に生まれて十六年弱。人間関係にはそれなりに恵まれて育ってきた方ではあるが、今日初めてヤバいやつが目の前にいると私のセンサーが警告を鳴らした。


 そう。何を隠そう学校から帰宅している私の家の前に不審者が立っているのだ。


 警察案件かと考えもしたが、とりあえずは少し離れたところから観察してみることにした。


 身長はそこまで高くはない。体もそこまでがっしりしていない。 ということはあの中身は女子だろうか。


 とまあ、なぜ男子か女子かさえも判別がつかないかというと、あの変質者の全身がマスクとタイツに覆われていて見えないからである。


 まるで戦隊モノのヒーローを意識しているかのような真っ赤なマスクとタイツに身を包んでいる。


 ヒーローなんてテレビの中か、ヒーローショウ以外ではほぼ見かけることのない存在だ。そんなのが何もないただの住宅街にいたのなら、それはもう英雄でもなんでもない、ただの変質者である。


 あ、やばっ…… こっちきた……


 そんな変質者が私を発見したらしく、怪しげな雰囲気をダダ漏れにしながらこちらに近づいてきた。


「待って、椿ちゃん!」


 私は背中を向けて全力疾走。しようとしたのだが、聞き覚えのある声に違和感を覚え、徐々に速度を落とし、ついには足を止める。


「その声…… 世莉さん!?」

「そうそう。もー、逃げないでよ」

「逃げますけど!?」


 子供の頃から怖い人を見かけたら、大人に言うか、すぐに逃げる、または近寄らないと教えられてくるものである。


「そんなことより何してるんですか!?」

「椿ちゃんに会いに」

「だからってなんでその格好で!」

「ほら、椿ちゃんが好きになるのは本物のヒーローだけって言ってたから」

「いやそんなこと言った気もするけど!」


 バカなの!? この人、バカなの!?


 いくら私がそんなことを言ったからといって、それを真正面から受け止める人がいるだろうか。


 そもそも、こんな格好をして街中を歩ける度胸のある人間がいるとは普通思わない。


「と、とりあえず、中入ってください!」


 こんなところではたから見れば変質者の世莉さんと私が話しているなんて、ご近所からの目が痛すぎる。激痛だ。


 私は世莉さんを家の玄関に押し込む。


「その格好で歩けるなんて、どういう神経してるんですか!?」

「ふふっ、割と神経図太いので」

「いやっ……! ………………っっはあ……」


 なんだか呆れることにも疲れてきた。


 世莉さんに常識を説こうとするだけ無駄かもしれない。


「とりあえず、それ脱いでくれます?」

「いやん、えっち」

「そういうことではないんですけど! はあ、早く私の部屋行きますよ」

「え、やっぱり?」

「違う! 私の服を貸すので、それ着て早く帰ってくださいってことです!」


 世莉さんは見た感じ手ぶらだし、着替えはおろかスマホすら持っていなさそうだ。


 さすがにこの格好のまま帰らせるわけにはいかない。というか、こんな変なやつが私の家から出てきたと思われたくない。


 私は世莉さんを引き連れて、階段を登っていく。


 全く、厄介な友達の姉もいたものである。


「はい、この服に着替えてください」

「んー、椿ちゃんの匂いがする」

「嗅がないでください!」

「ごめんごめん。ちゃんと着替えまーす」

「…………」


 私は疑いの目を向けつつ、やや強めにバタンとドアを閉め、すぐに世莉さんのペースに巻き込まれてしまう自分に反省する。


 本当なら世莉さん側に態度を改めて欲しいところだけど、そんなことを言ってもあの世莉さんが変わる予想が全くつかないので、自分で反省するしかない。


 ただ、反省したところで、街中をヒーローの格好で歩けるような精神の持ち主のペースに巻き込まれないようにするというのは相当に難しい。


 一番は関わらないことなんだけど、勝手にあっちから関わろうとしてくるし。


「椿ちゃーん。着替えたよー」


 その声を聞いて、私は再びドアを開ける。


 世莉さんが自分の服を着ているなんて、不思議な気分だ。


「ねえ、椿ちゃん。もうちょっとゆっくりしていってもいい?」

「ダメです」

「えー、けちー。いいじゃんー」

「世莉さんがうちにいてもすることないですから」

「恋人同士はいちゃいちゃするよ?」

「……世莉さんと恋人になった覚えはありません。どうぞ別の誰かといちゃいちゃしてきてください」

「むむむー」

「はあ……」


 なんで世莉さんがこんなに私にかまうのか、中々理解ができないところである。


 そんなに私に嫌がらせをしたいのだろうか。それならいっそのこと、もう少し分かりやすい嫌がらせをして欲しいものだけど。


「あ、そうだ」

「どしたの?」

「そう言えば──」


 私はふと、放課後、皆藤心に言われたことを思い出した。

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