第25話

「椿ちゃん、日和ちゃんのお姉ちゃんと仲良かったの!?」


 教室に戻った私に驚いた様子でそう話しかけてきたのは台本を片手に持った琥珀ちゃんだった。


「ん、まあそこそこって感じ。一応日和のお姉ちゃんだからね」

「えー、すごい! 日和ちゃんのお姉ちゃんってあの相楽世莉さんでしょ!? やっぱり近くで見るとすっごく可愛いよね!」

「まあ……」


 顔は確かに可愛いけど、中身が全然これっぽっちも可愛くないんだけどね。何考えてるか分かんないし。


 世莉さんが何を考えているのか。そんなの分からないのが当たり前なのに、少し理解もしてみたいと思う自分がいることを不思議に思いつつも、そんな自分が気に入らない。


 世莉さんのことなんて、全く別の人間なんだから仕方ないよねって感じで、放っておけばいいのに。


 分からないものを理解したいと思うのが人間の本質なんだろうか。それとも……


「水嶋さん、ちょっといい?」


 思考を遮るようにして私の名前を呼んだのはクラスの男子だった。


 しかもただのクラスメイトでも、ただの男子でもなく、私の敵として先程認定されたばかりの皆藤心であった。


 私は誘われるようにして、とりあえず皆藤心の後ろについていって、廊下に出る。


「どうしたの?」


 窓から吹き抜ける風に髪が揺られ、それを抑えるようにしながら、顔を見上げる。


「相楽さんのお姉さんと仲良いんだよね?」

「うん、まあ普通くらいだけど……」

「ライン教えてくれない?」

「…………ええ」


 男子が女子のラインを知りたがる理由なんて誰が考えても一番に思いつくのは一つしかない。


 別に誰が誰のことを気になっていようと勝手なんだけど、私を巻き込まないで欲しいというのが本音だ。


「自分で聞くっていうのはできないの?」

「聞いたけど、やってないって逃げられちゃってさ。でもやってるのは分かってるし」

「んー、じゃあ無理ってことだね」


 さすがの私でも世莉さんのラインを勝手に第三者に渡すなんてできない。


「そこを何とか! 頼むよ!」

「無理だよ…… なに、世莉さんのこと好きなの?」

「…………」

「………………マジか」


 本当に世莉さんのこと好きなんだ、という意味の「マジか」でもあるが、もう一つ別の意味がある。


 私の想像していた皆藤心とかいう男子は顔もイケメンで、身長も高いし、きっとモテるんだろうな、というイメージだった。ついでにもうちょっと言えば、そんな自分に自信を持っているタイプなのかな、とも。


 しかし、目の前にいる皆藤心からは、顔を少し赤らめ、口元を軽く手で押さえるという思っていたよりもウブな反応が返ってきていた。


「……なんかさ、皆藤くんってもうちょっと横暴になれたりしない?」

「しないけど!? なんで!?」

「いや……」


 もうちょっと横暴でいてくれないと私の中のこいつ気に入らないぞランキングから皆藤心という名前が消えていってしまいそうで。


 まさか割といい人だったなんて……


「……まあ、とにかくラインは教えられないから。ごめん」

「一生のお願い! 教えて!」

「無理」

「そこをなんとか水嶋さんのお力で!」

「無理」

「とか言いつつも、実は……!」

「無理だって。諦めてよ」

「いや、諦めない!」

「ええ……」


 め、めんどくさいよ、この人~…… めっちゃめんどくさいじゃん。たぶんいい人なんだろうけど、めんどくさ~……


 これ以上、無理って言っても諦めそうな気配が一向に会話から見えてこない。


「そんなに知りたいならさ、世莉さんに直接言うのが一番でしょ。頑張ったら教えてくれるからしれないし」


 諦めない精神を発揮する人を間違ってるよ、君は。私ではなく世莉さん本人に発揮すればいいものを。


「いや、その……」

「何?」

「その、相楽さんの前だとさ、やっぱ照れが出ちゃうっていうか…… 一回ライン聞くのでも頑張って勇気は出したと思うし……」

「………………」


 ええい、ウブか、このヤロウ。やめてよ、どんどん良い奴に見えてきちゃうじゃん。もうすでに私のマイナス人物ランキングから消えてちゃってるよ、ねえ。


「…………はあ。分かったよ。じゃあ世莉さんに皆藤くんのこと話しておくくらいならいいけど。さすがに勝手にラインを教えることはできないからさ」

「え、まじ!? ほんと!?」

「断られても私は知らないからね?」

「大丈夫! 全然大丈夫! お願いします!」


 まあ皆藤心が世莉さんのことが好きってことはつまり日和には気がないということで。それが分かった安心と引き換えに、ということで手を打ってあげよう。


 あと単純にこのめんどくさい会話を早く終わらせたい。


「じゃあ次会うときに聞いておくから」

「ありがとう! 水嶋さんが女神に見えてきた! 頭の上に輪っかが見えるよ!」

「それ私、死んでない……?」

「え、生きてるよ! 何言ってんの!」


 …………こいつ天然なんかな。なんか、天然のことを「え、俺、そんな新鮮に見える!?」とか言っちゃうタイプの天然に見えてきたな……


 この日、絶対に揺るがないと思っていた藤心への評価がまさかまさかで、マイナスからプラスへと転じることになった。


 人って見た目じゃないなと私は深く理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る