第二章4 お屋敷状況


「ごちそうさまでした」


 用意された料理を食べ終え、両手を合わせて食事の挨拶を唱える。


「すみません。猛獣みたいにがつがつしちゃって……。」


「いや、むしろ見ていて気持ちのいい食べっぷりだったし、喜んでくれて何よりだよ」


 野菜の一欠けら、スープの一滴すらも残さず平らげ、見事に完食。食事のペースは一向に下がらぬまま続いていき、用意された料理の数々は、ものの数十分でラルズの胃の中へと全て等しく運び込まれた。


 あれほど空腹の運び音を主張していたお腹も、実に半年ぶりに及ぶご満悦状態となる結果に。胃袋の満ち足り具合もさることながら、料理の味にラルズの胃袋もばっちりと掴まれてしまっていた。


「お腹一杯になってくれて、作ったアーカードも満足しているに違いないさ」


「あとでお礼を言わせて下さい」


「ああ、勿論」


 空となった料理の皿たちは、ミスウェルが配膳台に戻して回収。自分で食べた食器ぐらい自分で片したい所存であるが、現状片付けも真面に行えないので、何から何まで他人任せだ。


「・・そう言えば、従者さんはアーカードさんだけなんですか? 他の方々だったりは……」


「俺に仕えてくれている従者はアーカードだけだよ。他に使用人だのメイドだったり、従者に該する人物は、彼を除いて他にはいないよ」


「じゃあアーカードさん一人でこの屋敷の維持管理を?」


 ラルズの問いにミスウェルは片付けの手を辞めずに「ああ」と答える。


 意識無い中で運び込まれているラルズにとって、屋敷の全容はまだこの目でしっかりと確認したことは無い。が、それでも療養のためにあしらえてもらったこの一室だけ見ても、相当な規模の屋敷であることは想像に難くない。


 ただの一部屋でこの広さなのだ。敷地内の広さはそのまま掃除すべき範囲に直結し、その役割を担っている人物がアーカード一人と聞くと、重労働という感想が浮かぶのと同時に、それを問題なくこなしている彼の能力の高さも容易に伺える。


「誤解してしまうかもしれないけど、俺もアーカード一人に負担を強いたいとは考えていないし、意地悪な思考を持ち合わせている訳ではないんだ。・・ただ、これは他でもない、本人たっての希望なんだ」


「本人? それって、アーカードさん自身ってことですか?」


 ミスウェルは首を縦に振ることで、ラルズの質問への答えとする。


 不思議な話だ。普通に考えれば、広い屋敷内の業務を、自らが一人で全て請け負いたいと志願するのは、業務量や他の観点から見ても、中々珍しい部類の頼みに位置するだろう。


「ラルズ君は家事、得意かい?」


「そこそこ……ですね。普段から両親の手伝いはしてましたけど、どれも平凡っていう評価が似合いそうな感じです」


 ラルズの家事の腕前は特筆する点も無い。得意不得意もなく、こなす速度も仕上がりも至って普通の領域。両親の助けにと、積極的に家事を助けてきたが、可もなく不可もない能力に落ち着いている。


「家庭的なんだね、ラルズ君は。俺は家事方面に関してからっきしだから、大したものだよ」


「家事、苦手なんですか?」


「昔からその手の作業に対しての意識が甘くてね。掃除なんてしたところで、どうせまた汚れるんだからとか、飯なんて食えれば何でもいいだろって甘い認識だったから、酷いもんだよ」


 ミスウェルは「あはは……」と小さく唱えながら、最後の食器を台の上へと片付け終わる。


「じゃあ配膳台を調理場に運んでくるよ。ラルズ君はこのあと、予定通り療養ってことで部屋で安静にしてもらうつもりだったんだけど……」


「はい?」


「・・もしあれなら、屋敷を案内するけど、どうかな?」


「――! いいんですかっ!?」


「部屋に一人で居続けるのも退屈だろうし、車椅子を引けばラルズ君を安全に運べる。座っているだけなら、多少の移動も大丈夫だろう」


「お、お願いしますっ!」


 正直な感想を言うと、一人で寂しく室内待機……というのは孤独感が凄くて嫌になりそうな未来が見える。今まで一人でいたことなど一度として無いし、孤独に慣れていないラルズからすれば、療養という名目での外出禁止令は、数時間もすればため息が次々生まれてしまう。


 なので、ミスウェルの提案はラルズからしても嬉しいものであり、喜んで首を縦に振る案件である。


「じゃあ、片付けたら車椅子を持ってくるから、少しだけ待っててね」


「はい、ありがとうございます!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 自身で歩けないラルズの代わりに、移動用として準備してもらった車椅子に座り込み、車体はミスウェルに引いてもらって屋敷内の各所を周る。都度、部屋の各所に加えて屋敷全容についての説明も並行して行われた。


 ――まずはこのお屋敷。屋敷は二階建ての構造になっており、全体像を外から目にはしていないが、暖色系等の絨毯が果てなく続いている廊下の長さを前にして、大きさと広さ具合に関しては瞬時に理解が及んだ。


 二階に設けられている部屋の様子として、主であるミスウェルの仕事部屋に、執事として仕事を全うしているアーカードの私室だったりと、基本的に住人の自室としての役割が二階の大部分を占めている。


 その他には倉庫部屋や素材保管庫と呼ばれる部屋があるようだが、大抵は空室として機能していない部屋が多いとのことらしい。ちなみに、シェーレとレルは先に述べた空き部屋を一室として譲ってもらい、そこを二人とも私室として利用させてもらっているとのこと。


 一階には来客を出迎えるための玄関ホールと応接間。次いで住人が集って食事を行う食間と、扉越しに併設された調理場。レルが話していた大浴場に、着替えの場でもある更衣室。娯楽室や用具室と、一階部屋の使用具合は二階に比べてかなり多目的と呼べ、ラルズの生活していた森の家と比べても、十分過ぎるほどの充室具合と言って差し違いないだろう。


 部屋の数もさることながら、同じような景色が続く屋敷内。これら全ての部屋割りを完全に把握するのは、長い時間を要するだろう。下手をすれば迷子になる可能性も……。


 数十分間に及ぶ屋敷内の案内。説明を受けた当初は覚えていても、以降もしっかりと記憶していられるかと尋ねられれば、確実なことは口にできない。それ程の広さだ。

 

 ――そんな情報量の多いお屋敷の中、最後に案内された場所は、


「――ここが書庫。名前の通り、本を管理している場所だね」


「うわぁ、凄い! 本が沢山……っ!?」


 書庫の名に恥じない、正しく本の山々。目の前に広がる光景を前に、ラルズの瞳が爛々と輝きを帯び、興味と関心が声と表情に乗り移る。


 ざっと見た限りで正確な書籍数を図ることはできないが、千は軽く超えているのではないだろうか。大きな棚が何個も並べられ、その全ての棚に隙間なく本が敷き詰められている。整理整頓されており、ありとあらゆる色の背表紙が画用紙のように彩りを見せ、書庫としての景色を完成させている。


「本、好きなのかい?」


「はいっ、大好きです!」


 ――切っかけは浅く、単純なものだ。


 森の中では本という媒体に触れ合う機会など皆無に等しいが、両親が森の外へと日用品を調達しに向かった際、時折お土産として一緒に持ってくることも。


 両親との約束で森の外へと出た試しのないラルズたちからすれば、数少ない外の情報との繋がりが記された代物。ラルズは自然と好奇心が刺激され、気付けば読書に更ける時間は増加していき、立派な本の虫となっている。


「・・ラルズ君は確か……七歳だったよね?」


「――? はい、そうですけど……」


 途端に年齢を尋ねられ、ラルズは首を傾げる。するとミスウェルが渋い顔をしながら――、


「いや、ラルズ君ぐらいの年代だと、童話集とか――英雄録とかか。そういったジャンルの本を好むんじゃないかなぁって思うんだけど、生憎と書庫にある本は子供受けが良さそうな本が無くてね……」


 どうやら渋い顔をした理由は、ラルズのような幼少児が楽しめる本が無いのではという懸念が脳裏をよぎっていたからみたいだ。


 確かに、ラルズがこれまで閲覧してきた本は、親の選択した代物に限られることと読者の年代を加味してからか、ミスウェルが先に挙げた種類の本が多いと記憶している。が、


「全然構いませんよ。むしろ、知らない種類の本ってだけで、読書熱が湧き上がります」


 ふん、と鼻息を鳴らし、両手で握り拳を作り出したラルズは、ミスウェルに心配いらないとアピールする。


 事実、ラルズは新しい種類の本を読めることに静かな興奮を覚えている。触れたことのない未知の情報の存在。憧れとして見定め、強く願う外についての情報が、ここには沢山眠っていることを考えると、自然と気持ちが滾ってしまう。


「そうかい? それなら良かったよ」


 ラルズの態度を前に、ミスウェル自身も心配は杞憂であると納得し、柔らかい笑顔を作り出す。


「・・書庫なんて呼び名だけど、俺からしたら空き部屋に等しいからね。調べ物なんかでたまに立ち寄ったりはするけど、俺自身はあまり活用しない。だから、ラルズ君たちが使ってくれるなら、放置気味の本らも嬉しい筈だよ」


「ミスウェルさんは読書とかはあまり?」


「読書に限らずなんだけど、文字の羅列を眺め続けるのが苦手でね……。性分に合わないって言うのは安いけど、実際は苦手意識を払拭したくない、逃げ口からできた意識の逃避だろうね」


「はは、レルと一緒ですね」


 読書に対する意識の分別。それは人によりけりだろう。


 ラルズは読書が好きな部類だ。趣味と言っていいくらい、お気に入りの本を何度も読み返すほどであり、夢中になって文字を目で追い続ける時間がある。が、反対にミスウェルのような、読書という行動そのものが厳しい、嫌いという人は、当然その人らの資質によって左右される。無論、読書だけに限った話ではないが……。


 ちなみに、ラルズは本好きであるが、同じ家族であるシェーレとレルはそれぞれで読書の印象は異なっている。シェーレは好きでも嫌いでもない中間であり、レルは読書が大の苦手だ。


 本人曰く、「長時間もジッとしてるなんて耐えられない! 身体動かしている方が何倍も楽しいし面白いもん!」と自らの持論を展開する始末。


 言わんとしていることは分かるが、親代わりの兄としては、もう少し本に対しての苦手意識を解消してほしいと願うばかりだ。が、本質は中々に不変せず、結局は本人の自覚次第となるだろう。


「この部屋の紹介で大体は周れたかな。・・折角なら、部屋に戻る前に何冊か持っていって構わないよ」


「え、いいんですか!?」


「ああ。ずっと部屋で一人きりなのは退屈だろうしね」


 ミスウェルの提案に、ラルズは両手を上げて喜ぶ。飛び上がりそうなぐらいに嬉しさを体現し、車椅子から倒れそうになってしまった。


 知識の保管場としての書庫というは、ラルズにとっては楽園そのものだ。ミスウェルがこう言ってくれているので、有難くお言葉に従わせてもらおう。


 俄然、読書への熱が膨れ上がり、どれを手にしようかと画策を始めるラルズ。目に好奇心を宿し、先のアーカードの料理をどれから口にしようかと悩むよう、今度は視線を本棚の至る箇所へと向ける。


 子供心を素直に発揮させ、童心をそのまま瞳に滲ませるラルズ。そのまま数冊を抜擢しようとし、部屋へと持ち帰る代物を品定めしていたところで――、


「――あ、二人ともここにいた!」


「ん?」


 声に反応して振り返ると、


「シェーレ、レルっ」


 先に別れたばかりのラルズの妹、シェーレとレルの姿が瞳に映る。レルは大きな声を上げ、発見を口にしながらも書庫の中へ。シェーレは丁寧に一礼してから後に続く。


「あ、車椅子!」


「成程。確かに、これなら兄さんの移動も難しくありませんね」


 室内に入ってきた二人は、ラルズの座っている車椅子に対して反応を示す。


「怪我が治るまでは、ラルズ君の移動手段はこれになるね」


 頼れる相棒……という訳ではないが、これ無しではラルズは自室からの移動は行えない。絶対安静という規則の抜け穴として活用する分には数日間の付き添い相手として行動を共に。


「あたしも引きたい!」


「遊び半分で申し出るのは辞めなさい。致し方ない理由として使用してるだけで、兄さんはまだ無茶ができない身体だってこと、忘れないでっ」


「むー……」


 シェーレに注意され、分かり易いぐらい頬を膨らませるレル。そんな面白くなさ全開の彼女を目にして、ミスウェルは一度咳払いをすると、


「俺が私用で傍にいれない場合は、レル君やシェーレ君にラルズ君の補佐をお願いしたいんだけど、いいかな?」


「――! やるやるっ!!」


 面白くない、といった表情のレルを鑑みてか、ミスウェルが物理的に応じれない、致し方ない理由を提示して、機会を設けて権利を譲り渡す。


 レルは大喜びし、その場で大きく飛び跳ねる。微笑ましい様子であるが、反対にシェーレはジト目をレルに向けて溜息をこぼす。


「はぁ……。すみません、ミスウェルさん。気を回してもらって」


「気にしなくていいさ。レル君は、本当にラルズ君のことが好きなんだね」


「うん! 兄貴のこと、世界で一番大好きっ!」


 威風堂々。本人の目の前で、満面の笑みで、親愛を声に表すレルの姿。世界で一番と、真っ向から最大級の親愛を向けられ、嬉しくならない人物などいないだろう。


 勿論、ラルズも同じことを聞かれれば、同じ返しをする。シェーレとレル、どちらも最愛の妹であり、最大限の愛情を注ぐ存在だ。どれだけ時間が経過しようとも、愛情の色が薄まることは決してない。


「――あれ、そう言えば二人とも、ノエルは一緒じゃないのかい?」


「・・ノエル?」


 突然知らない人物の名前をミスウェルが口にし、ラルズは首を傾げる。


「あ、そっか。ラルズ君はまだ会ったことがなかったね」


 呟きに反応し、ミスウェルが手を叩いて既知の間柄で無いことを認める。それから、彼は発言を続けて、


「ノエルはこの屋敷で一緒に住んでいる女の子だよ。年はシェーレ君とレル君と一緒で六歳。少々……いや、かなり我が儘――……個性的な女の子だよ」


何やら凄く慎重に言葉を選んだ人物紹介な気がするが、ラルズの気のせいだろうか。


「兄さん。簡単に言うと、レルみたいなタイプの子です。我が強くて、人の言うことにあまり耳を貸さない感じです」


「どういう意味さ!?」


 シェーレの物言いを随分な評価であると、隣で聞いていたレルが憤慨する。否定したくはないが、結構的を得ているとは思う。本人には口が裂けても言えないが。


「あたし、初対面で悪戯吹っかけてくるような失礼な子じゃないもん!」


「い、悪戯?」


「えっと……ノエルは悪戯好きなんだ。中々に頻度も多くて、俺やアーカードが注意しても抑えてくれなくてね。構って欲しくて悪戯をしてるんだろうけど、根は悪い子ではないんだ」


 どうやら、まだ見ぬ三人目の住人――ノエルという名の少女。三人の言い方からして、どうやらかなり癖のある人物のようだ。


「同じ屋敷で生活しているし、多分その内出会うと思うけど、仲良くしてくれると嬉しいかな」


「わかりました」


「シェーレ君とレル君も、改めてお願いするよ」


「わかったー!」


「・・善処します」


 返答に数瞬の沈黙が見られたシェーレ。表情からでは全てを察せないが、兄であるラルズは、彼女が既にノエルという人物に対して良い印象を抱いていないことは重々予感できる。


 ――書庫を最後にし、一通り屋敷内の見回りも完了したとのことでラルズは部屋へと戻ることとなった。


 自室に戻る前、書庫から読みたい本を数冊選び抜き、ラルズは自分の部屋へと連れられて行った。




 






 


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