第二章2 目覚めの後の事実確認


「すみません、兄さん。目覚めてくれたのが嬉しくて、つい……」


「だ、大丈夫、大丈夫……」


 心配いらないと口にするも、全身を抱き寄せるような姿勢で縮こまっている以上、それが最大限気を遣った上での振る舞いであることは一目瞭然。


「でも元気になってくれて本当に良かった! あたし、兄貴がずっと目覚めてくれなかったから、心配で心配で……っ」


 心配の深さは先の行動でラルズに伝わっている。逆の立場でもあれば、ラルズも近しい行動はするだろうし、嬉しさが振り切られた結果の賜物だ。当然、悪気があった訳ではないのは理解しているので、声を飛ばすことはしない。


「――でも、シェーレ君とレル君が心配になるのも仕方がないさ。・・なにせ、七日間も寝たきりだったんだからね……」


 互いの命が終焉をすり抜け、存命であることを確認し終えたラルズたち。


 ――そこへ、やり取りを見守っていたもう一人の男性が会話に参戦する。と、開口一番の男の台詞にラルズが目を見開く。


「えっ、七日間も……ですか!?」


「ラルズ君は今目覚めたばかりだもんね。知らないのも当然だろうし、驚くのも無理はないさ」


 衝撃だった。まさか、自分がそれほど長い間眠りについていたとは露知れず。意識を失っていた期間の時の流れなど、本人からしたら一瞬ほどにしか感じられない。


 七日間という日数の経過具合にラルズが驚いていると、男は部屋に備えてあった小さな椅子を運び、シェーレとレルの座り場を設ける。


 用意された椅子にシェーレとレルが腰かけ、男は自分の分の椅子も隣へと用意して、話の場を作り上げる。


「さて、と……。じゃあ当事者同士が揃ったわけだし、ラルズ君も寝たきりで経緯も事情も何も知らない。俺も改めて聞きたいことがあるし、目覚めて早々悪いけれど、長話を始めても大丈夫かい?」


「はい、自分は大丈夫です。むしろ、俺の方こそお願いします」


 ラルズに習って、シェーレとレルもそれぞれ賛成の意を示す。三者の意思確認が統一されたことを確認してから、男は「あっ」と小さく声を漏らすと、


「そう言えば、シェーレ君とレル君には自己紹介はしたけど、ラルズ君には名乗っていなかったね」


 頭を掻きながら、失態とばかりに苦笑いを作る男性。それから男性は一つ咳払いをしてから、


「俺の名前はミスウェル。これといって紹介できるような特質さは持ち合わせていないし、あっても話がややこしくなるだけだ。今は、名前だけでよろしく頼むよ」


 ミスウェル――それが、ラルズたちを助けてくれた、男の名前。


「よろしくお願いします、ミスウェルさん」


「よろしく、ラルズ君」


 互いの紹介――というよりも、ラルズ側は名を知られていたので、片方限りの自己紹介。簡易的に済まされ、ラルズもそれに応じる。


 自己紹介交じりの挨拶も完了し、当事者同士を交えた事情説明が始まった――。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「じゃあまずは、簡単に状況の説明から始めようか」


 眠っていた間の空白期間。つまり、ラルズが意識を失っていた七日間の間。救われた経緯や、諸々の事情全てに照準を向けた答え合わせとして、話し合いは始まりを迎えた。


「ある程度、シェーレ君とレル君からも話を聞いているから、大体の君たちの事情には覚えがある。その上で、もう一度事実を振り返っていくことにするね」


「はい、お願いします」


「疑問に思ったことは、随時言ってくれ。と言っても、俺もまだ君達についてはよく知らないから、逆に質問をしてしまうかもしれないから、そこは先に謝っておくよ」


 ラルズが眠っている間の聞き込み――事情徴収に関しては、ラルズ以外の当事者であるシェーレとレルがいるからこそ、既に聞き及んでいるのは至極当然の話だ。その上で、改めて事実と相違がないかを確かめて進める算段。


「――まず、俺がラルズ君たちを発見したのは七日前。オルテア森林に素材を調達しに足を運んで、奥地にある木造仕立ての民家を発見したのが始まりだ」


「私たち家族が過ごしていた家……ですね」


 男――ミスウェルの発言に、シェーレが補足を付け加える。ミスウェルは頷き、更に言葉を続ける。


「驚いたよ。まさか、オルテア森林の奥地に民家があるなんてね」


「・・あの……?」


「ん?」


 会話が始まってすぐさま、ラルズがおずおずと手を挙げる。


「今更聞く必要も無いんでしょうけど、オルテア森林ってのは……」


「君達が過ごしていた森の名前なんだけど……聞き覚えは無い?」


「はい。森に名称がついてる事実も、初めてです」


 自らが生活場所として暮らしていた森に、俗称が通っていたとは思っていなかった。内容的に確認する必要も無いのだろうけど、折角の場であるので疑問は全て声に出しておきたい。


「話を遮ってしまってすみません」


「構わないさ。疑問に思ったことは、何でも聞いてもらって構わないよ。・・じゃあ次にだけど、シェーレ君とレル君から聞いているが、家族構成は五人……だったね?」


「はい。俺とシェーレにレル。あとは、父さんと母さんの二人を合わせて、五人家族です。・・もう二人から聞いてご存じでしょうけど、父さんと母さんは、既に亡くなってます……」


「お父さんが亡くなったのが、一年前。魔獣に襲われたのが死因となった。次に、お母さんの方が半年前に病気で亡くなった。これで、合っていたかな?」


「・・あ、ってます。多分……」


「多分?」


 ラルズの曖昧な答えに、ミスウェルは困惑したような目つきを向ける。聞いている立場の人間からしたら、当然の反応だ。


 他者ならまだしも、実の両親の息子娘らが、正しく両親の死の理解していないような物言い。疑問に思って当然だろう。


「えっと、多分っていうのは一体……?」


「上手く説明するのが難しいんですが、俺にシェーレ、レルの三人は、父さんの死を聞いただけで、遺体も何も直接目にはしていないんです……」


 ラルズの答えに、ミスウェルは尚も困惑顔の色が褪せない。


「良かったらなんだけど、詳しい話を聞いても?」


 両親の死について、具体的な想像が働かないミスウェル。事実を陳列されても具体性が見えてこず、両親の死の件に関して詳しい詳細を求める。


「・・なんてことない、普通の一日だったんです……」


 彼の要望に従い、ぽつりと、ラルズは一年前のあの日を思い出し、記憶の欠片と欠片を紡いで――過去の出来事と経緯を説明する。


「一年前、俺は父さんと一緒に夕食の準備に取りかかっていました。準備と言っても、家の中で済ます事柄ではなくて、調達の方の意味です」


「あの立地じゃ、食料の確保も必然森の中に限定されるから、自生活の中で準備する代物が大半だろうからね」


 ラルズは頷いてから続けて、


「何度も行ってきた、ただの採取行動。両親が同伴してくれたこともあり、途中危険も何もなく、毎回順調そのもの。決まって夕暮れ時前には、帰路に着こうという打合せで、あの日もその流れに沿っていました……」


 ずっと繰り返してきた、慣れ親しんだ夕飯作りの前準備。変わらない日常の風景であり、組み込まれた行動をなぞるように、ラルズは父親と共に夕食の事前準備を滞りなく進めていった。


 ――ただ、その日だけは、少し事情が異なったのだ……。


「・・その日、いつもと同じ時間に採取を切り上げ、家へ戻ろうと帰路に着いている最中、俺は倒れたんです」


「倒れた?」


 ラルズは自身の心臓に右手を伸ばし、服を強く握り絞める。


「突然、心臓が痛み始めて……。真面に立っていることもできず、手にしていた夕食の材料も全部こぼして、俺は蹲りました。呼吸困難に陥り、視界も明滅して身体に力が入らない状態が続いて、俺はそのまま意識を失いました」


 原因不明の不調。それまで異常な報せなど一度としてなかったラルズは、突然の心臓の痛みに死さえ予感した。警鐘はずっと鳴り響き、落ち着く限りを見せなかった。


 なのだが――、


「意識を手放して、ラルズ君はその後どうしたんだい?」


「原因は分からず仕舞いですが、結論から言うと、発作のような症状はそのとき限りで、以来何も起こらず無事そのものです」


 原因不明の痛みに一時は死を直感し、訳も分からないままに死んでしまうと思い込んでいた。だけど、実際それ以降は不可思議な現象に襲われることも無く、健康そのもの。後遺症や違和感も、ラルズとは無縁だった。


「意識を失って次に目を覚ましたのは、家のベッドの上でした。あとで分かったことなんですが、意識の失った俺を父さんが家まで運んでくれたおかげで、俺は家に戻ることができたと」


「そうだったのか。・・けど、その話とお父さんの死に何の関係が?」


 そう、今の話の中に、父親の死に繋がるような理由は見つからない。


 だからこそ、ラルズが先に答えように、父の死に対して曖昧な答えしかもたらせない理由の一因にも及ぼしてしまうのだ。


「意識を失った俺を、父さんが家まで運んでくれたのは今話した通りです。・・ただ、その帰りの途中、父さんは魔獣に襲われて、家に辿り着いた頃には、もう……」


「ラルズ君を守るために魔獣の被害に遭い、家まで到着したものの、傷が深すぎて手遅れだった――……ということかい?」


「そう、俺は母さんから聞いています。シェーレとレルも、同じように……」


 振り返ってみても、父さんの死に関しては疑問が残る。なにせ、死の内訳に関して、そのどれもに確かな事実が結びつかないからだ。


「えっと、お父さんのご遺体を見ていないと三人は答えたけど、それは?」


「事実、見てないんです。父の死体を……」


 発言を続けていたラルズの代わり、内容を引き継ぐようにシェーレが答える。シェーレの発言に、隣で話を聞いていたレルも短く首を頷く。


「その日、私とレルは留守番として二人が帰ってくるのを待っていたんですけど、いつの間にか眠っていて……。次に目を覚ましたときには、兄さんはベッドの上で眠っていました」


「一緒に出ていったお父さんの姿が見えなくて、お母さんに聞いたら……お父さんは魔獣に襲われて殺されたんだって言われて……」


 人伝ならぬ、親伝。実の母親からそう言われれば、それ以外に真相を確かめる手段など限りがある。それに、事実かどうかを確認する前に、その選択肢すらも文字通り埋め尽くされていた。


「・・お父さんの死の経緯はある程度把握できたけど、ご遺体に関しては?」


「私たちが知らないところで供養は済ませていたみたいで……」


「お母さんが言うには、酷い有様だったから、あたしたちには見せられないって聞いた。内緒で、家の近くの場所に穴を掘って埋葬したって」


「それで、ご遺体を見ていない――と……」


 穴を掘って埋めて、そこへ掘った土を被せて埋める供養方法。一般的に、土葬と呼ばれる弔い方だ。次にラルズたちが父親を見たいのは、土越しの姿見えない地面の中だ。


 実の両親、父親に関しての死は、曖昧な認識のまま進行していた。目覚めたラルズも、母親から聞かされたときは、悪い冗談だろうと事実を認められなかった。


 ――それでも、母さんの涙を目にして、それがラルズを驚かせる質の悪い代物ではないと、理解させられた。


 結果として、ラルズたちにとっては突然の父の訃報を聞かされ、死の真実に関しても聞かされただけの茫々たる情報として、三者の事実に刻まれている。


「聞いている立場もだが、ラルズ君たちにも疑問が残る死か。最期の瞬間も見ていないとなると、猶更だね……」


 現実味がなさすぎる、両親の死。それでも、父親が死んでしまったという事実に相違はなく、深い悲しみがラルズたちを包み込んだ。


「お父さんの方はわかったよ。辛いだろけどもう一つ。・・お母さんの方は、病気で亡くなったと聞いているけれど……」


 話題が次の死へ移る。父親の死から、母親の方の死へ。


「母が言うには、病気であって病気じゃないと。どこの医者に診てもらっても、治る見込みのない代物であると言われ続けて、以来は森で採取した薬草などを用いて回復に勤めたけど、看病を始めてから半年後に、亡くなりました……」


 父さんの死後、元気だった母さんは次第に覇気を失い、ベッドの上が定住区となってしまった。病気に効きそうな薬草を潰して煎じたりもしたが、効果のほどは期待できず、半年後、眠るように亡くなってしまった。


 不治の病のように自己判断を下し、森の外から医者を頼りにすることも咎めた母親。その真意こそ彼女のみぞ知るところだが、ラルズたちには母親の言うことに素直に従わざるを得なかった。


「半年の間に、ご両親を二人とも……。辛いことを思い出させてしまって、本当に済まない」


「いいえ、大丈夫です」


 これも大事な確認だ。ミスウェルが謝ること然り、非などどこにもないし、誰のせいでもない。


 それからミスウェルは一度咳払いし、「じゃあ話を戻すね」と告げると、両親の死に関しての把握前まで話の流れを戻し、再び紡ぎ始める。


「オルテア森林で一つの民家を発見した。――中に入ると、リビングに男の死体を見つけてね。酷い有様で、見るも無残な遺体となっていた」


「ラッセル……のことですね」


「その名前も、シェーレ君とレル君からは前もって聞いている。・・同時に、その男の酷い人間性と、異常な思考回路もね」


 ミスウェルが発見した、リビングに倒れていた男の死体。――半年間、ラルズたちを苦しめ続けた諸悪の根源、ラッセル。


 ラッセルは、家へと無理矢理侵入してきた魔獣たちによって惨い殺され方をしていた。身体全体、余すことなく魔獣たちの空腹の糧とされる始末。内臓や眼球、果てには脳みそといった肉体の機能組織全てをも喰い千切られ、人としての原型など保たぬほどに、凄惨な死を遂げていた。


「とてもじゃないが、同じ人間とは思えない。狂人という俗称が定着する、人としての善性をどこかへ置き去りしたような人間だ」


 ラッセルに対しても、シェーレとレルから話を伺っていたこともあり、辛口な言い分が彼を表す。ラッセルという人間に対しての評価は、当事者とそれ以外を交えても、同じ評価に落ち着いている。


「・・少し話が逸れたね。それで男を――ラッセルを見つけてから、他に生存者や死者がいないかを調べさせてもらったんだ。勝手に調べてしまったのは、申し訳ない」


 家宅捜査と銘打つには、十分過ぎる理由だ。むしろ、咎められる点などありはしないだろう。死体が発見され、他に被害が及んでいないかどうかを確認することに、一々許可だの承認が求められるのでは手遅れになる恐れもある。


「一通り調べ終えて、色々謎が残っていたんだ。俺自身、一度調べてしまった手前もあるから、改めて準備を済ませてからもう一度調査を行おうと思ってね。・・男の死体も、そのときに連れていく目論見だったんだ」


「あ、そっか……。あの、ラッセルの死体って、今は?」


「屋敷の別室で保管している。・・君達全員の意見を聞いてから判断した方が良いと思ったんだ。勝手にこちらで処理、処分をしてしまうのは、君達の事情を鑑みると、相応しくないと思ってね」


 ラルズからの質問に、少々苦々しい表情で答えを返すミスウェル。その判断は、恐らくだが当事者であるラルズたちの苦しみを考えた上での配慮だろう。


 半年間もに及ぶ、異常者の遊び。食事も満足に与えられず、監禁され続けて自由を縛られた。奴隷同然の……奴隷よりも価値が低い玩具としての役を命じられ、奴の気の済むまで、玩具が壊れるそのときまで、狂った欲求を満たしてきた。


 本人はこの世を去っても、死体という状態で生存してくれている。怒りや憎しみ、恨みや殺意。そんな黒い病は残り続ける。その病を一時でも緩和――消失に順して費やす権利を持ち合わせているのは、ラルズたち被害者をもって他にはいない。


 それを危惧してくれたミスウェルの、改めての確認。ラッセルという名の死体の処罰権を、ラルズたちへと譲り渡す。


「・・シェーレとレルは、どうしたい?」


 この件は、ラルズの一存だけでは決めにくい案件だ。苦しめられたのは、ラルズだけじゃなく、シェーレとレルもだからだ。


 話題を振られ、二人ともがそれぞれ所作で反応を示す。シェーレは重ねた手同士に鋭い視線を落とし、レルは両の握り拳を生み出していた。


 共通する感情は、説明する必要も悟る必要もない。・・怒りに、決まっている。


「色々思うところはありますし、正直な話、心底あいつが憎くて仕方がありません。道徳も倫理も無視して、虚の肉体でも刃を突き立ててやりたいと思っている、醜い自分が心の中には潜んでいます」


「あたしも、あいつのことなんて大嫌いだし、二度と顔も見たくない。散々あたしたちを苦しめた癖に、一生もんのトラウマ残した癖に、あたしたちとは関係ないところで勝手に死んでることに、ムカついて仕方がない。・・死んでいるのに変な話だけど、殺したいって思ってるあたしもいる」


 シェーレもレルも、抱く代物が黒い代物であると自覚している。それでも、行き場のない怒りとは別で、心に巣食った黒い衝動心を、誤魔化すことはできない。


 事情は様々あるが、中にはラルズたちのように、殺意を抱いて心に巣食わせている人物も多いだろう。それらを等しく悪と答えるものもいれば、必要悪という言葉もまた真実。


 こと今回に関してのシェーレとレルの殺意に関して、ラルズは説くことも抑えろとも、言える立場ではない。・・少なからず、ラルズもラッセルに対して、不平不満を超えた黒い淀みを持ち合わせている。


 だからこそ、ミスウェルも選択権をラルズたちに残している。


「被害者という単位で考えても、遡ればかなりの数となるだろう。・・慈悲などという恩情すらも、向けることすら間違いな人間だろう」


 ラッセルのしてきた行為は、当代のラルズたちだけでなく、過去何件にも渡って続いてきた悪行だ。武勇伝のように語る口ぶりの軽さからも、罪悪感など奴の辞書には記されていない、彼の特筆さが悪い意味で目立つ。


「黒い感情を抑えろなどと、非関係者の俺からは口にできない。どんな決断をしても、俺はそれを肯定する」


 後押しする――とは違う。だが、この件に関して、ラルズたちの決断を尊重すると、ミスウェルが補語を添えて援護する。


 どんな決定も受け止めて承諾する姿勢のミスウェル。だけど、その一方で――。


「でも、もし仮に【それ】をしてしまったら、私の心はきっと黒く染まる。嫌っていたあいつに近付いてしまうような気がして、そっちの路線に進んでしまうのを、拒んでいる私もいます」


「悪口通り超えて、死語を何度も呟きたくなる。けど、黒い言葉や想いすらも飛び越えて、行動に移したら、それこそあたしはもう戻れなくなるような気がする」


「「だから――」」


 それぞれの想い。それらを言いきり、同一のタイミングでシェーレとレルが選択を口にする。


「私は干渉しません。抜け殻となったあいつの遺体には、何も――」


「あいつのこと、考えない……考えたくない。それだけで、後はどうでもいい」


「・・・・・・」


 醜いと称した、己の心。それらを全てを赤裸々に告白して、その上で下した決断。


 不身に余る悲惨な時間と最悪の待遇。それらを受けて、シェーレとレルも、ラッセルには不干渉を貫く姿勢を見せる。気持ちに嘘はつかず、全部を話してくれた上での、道に添った解答。


「――ミスウェルさん。・・ラッセルの遺体は、身を清めてから、そちらで供養してもらっていいですか?」


「いいのかい? 変な言い方に聞こえるかもしれないけど、彼は君達に裁かれて当然の行いだ。助長するつもりはないが、それでも……」


 裁く役回りが、確かにラルズたちにはある。これまで、ラッセルの手によって殺された人たちの想いを汲み取り、その意に善処して考えるなら、遺体でも抜け殻でも無茶苦茶にするのが、同じ立場にいて旅立ってしまった、被害者たちの集大成なのかもしれない。


 ――それでも、


「いいんです」


 ラルズはミスウェルの薄赤の瞳を真っ直ぐ捉えて言葉を遮る。それが、もう揺ぎ無い答えであることを。シェーレとレルの意も含めた、本人らの意思であるとラルズは瞳で訴える。


「・・わかった。希望通り、こちらで処分することにするよ」


 瞑目し、ミスウェルが了承する。


 過去との隔別。踏み越え、決意した顕れ。至らぬ点を認めつつも、過去の悔恨を残しつつも、後悔のない選択を行う。


 ――ラッセルとのいざこざは、ここで終了だ。


「・・話が逸れてしまったね。話を戻そうか」


「はい」


 逸れてしまった話を軌道修正する試みを行い、再び話は事実確認という本筋へと舵を傾け始めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「じゃあ話を戻すよ。簡単に調査を終えた俺は、一度オルテア森林を後にして、屋敷に戻ってから再度戻ってこようと考えていたんだ。竜車の手配や、素材の報告も兼ねてだったりと、諸々。手持無沙汰なままでは、色々不都合が働くだろうと考えてね」


 ラッセルの件より後の話へと脇道が軌道を修正しにかかり、本筋の内容を追っていく。


「考えも纏まって、家を出ようとしたところで、玄関口から大きな物音が聞こえたんだ。最初は魔獣だと思って警戒したんだけど――」


「その物音の正体は、私とレルによるものです。偶然にも、この瞬間に私とレルは、ミスウェルさんにお会いしました」


 そこからが、ラルズの知らない記憶。意識を失っている間に繰り広げられていた、現実での時間運びだ。


 シェーレとレル、そしてミスウェルの出会いの運びを聞いたが、そこでラルズは首をひねる。動作に示してそのまま、ラルズは疑問の種を口にする。


「・・ってあれ? その話だとさ――」


「だよね、兄貴。実はあたしたちも、兄貴が今思ってるように、直接聞きたいことがあったんだよ」


「実を言うと、俺もその点を聞きたいと思っていたんだ。どうやら、気になっているのは俺も、ラルズ君たち全員もみたいだね」

 

 四者統一。口にしていないが、シェーレもレルの後に頷き、同じ疑問を持ち合わせていると示唆する。その内容は、至って簡単で複雑な代物。


「シェーレ、レル。・・魔獣は?」


「そうですよね、兄さん。私たちも、その点が解明されていないんです」


「口ぶりと様子から察するに、兄貴が助けてくれたわけでもないんだ。・・じゃあ、あの魔獣の【死体】の説明がつかないよね」


「え、死体……?」


 まさかの単語が飛び出し、ラルズの疑問は更に大きく広がりを見せる。シェーレとレルはそれぞれ「はい」「うん」と口にし、


「私とレルが目を覚ましたのは、ミスウェルさんの話から逆算しても、恐らく半日後。魔獣たちに襲われた嵐の日の次の日。お昼手前の頃だと判断しています」


「丁度、その時間帯では俺もオルテア森林の中腹地点。そこから家を発見――シェーレ君とレル君と鉢遭わせたのが数時間後だから、認識にずれは生じていない」


「でさ、さっき言った通り、あたしとシェーレが起きたら、魔獣たちが全員死んでたんだ。こう、身体の各所に大小様々な穴が空いてたんだ。一匹残らず、みんな……」


「穴?」


 ラルズの短い問いにシェーレが頷き、


「何か鋭利な代物で貫かれたような傷跡で……。相当な威力だったのか、皮膚を貫通して、傷穴の向こう側まで伺えるぐらいのものでした」


 話を伺うに、魔獣たちの命を奪った傷跡。鋭利な代物で貫かれたという一点だけ聞けば、槍のような武器に該当するだろうか。だが、


「俺は覚えがないんだけど……シェーレとレルは――」


「ありません」


「同じー」


 ぴしゃりと、あっけらかんと両者が答える。覚えがない魔獣の死。それについては、追い込まれて命の危機に瀕していたラルズたちにも知り得ない。従って、


「魔獣の話は耳にしていたが、三人とも知らないんじゃ、確かめようもない、か」


「ミスウェルさんは……違いますもんね」


「さっき話した通り、君達が魔獣に襲われている最中、そもそもオルテア森林に立ち寄ってもいない。シェーレ君とレル君が目を覚ましたときも、俺はまだ家の存在すらも把握できていないからね」


 その件については、ミスウェルは先で解答を提示してくれている。魔獣に命を狙われている時間帯に対して、介入できる箇所は何処にもいない。


 あくまで、ミスウェルがシェーレとレル、そしてラルズを助けてくれたのは、悪天候統べる嵐の後日。魔獣の脅威が完全に退けられてからに結論づけられる。


「・・色々疑問は残るけど、シェーレとレルは目覚めてからはどうしたの?」


 気にはなるが、魔獣の件は一度蓋をしておいて放置とする。疑問は一先ず置いておき、先に本題を進めることに。


「魔獣のことには驚いたけど、それよりも兄貴のことが心配でさ……。まずは、兄貴を治療したいって考えたんだ」


「森の外に出ようと考えましたけど、森を抜けてから治療に取りかかれるとは限らない。だから、出戻りの形になりますが、家に戻って兄さんの治療をしようと考えてたんです」


 外の地形や人々の生活拠点の把握は情報不足。二人が治療することに重きを置き、自宅で処置を施す方が時間的に早いと判断したみたいだ。


 そして、その判断の結果が――、


「二人して兄貴を運んで、やっとの思いで家に戻れたんだ。そこで――」


「偶然、その場に居合わせたミスウェルさんが、助けてくれた……」


「そういうことになるね」


 成程。事情と経緯に関して、意識が抜けていたラルズにも飲み込めてきた。


 魔獣たちの死。それについては誰も知り得ない天上の謎。目覚めたシェーレとレルは、ラルズを運んで一度家族の家へ向かい、そこで偶然家の存在を確認したミスウェルと鉢合わせし、彼のおかげで救われた――というのが、ラルズの空白の意識の間に起こった出来事の流れ。


「ラルズ君たちを保護してからは、俺の屋敷の方で預かることにしてね。その間、シェーレ君とレル君からも事情を尋ねていた。そして、七日目をもってラルズ君が目覚めて、今に至るって感じだね」


 最後、ミスウェルが総括として締め括り、大まかな事実確認は完了となる。


 ラルズたちを襲った魔獣の死に対しては、誰の話を聞いても明確な答えが生まれてこない、不可思議さを保っているままだが、これ以上は材料も根拠も持ち合わせていない。


 それらも無視できない内容であるが、大事なのは、


「じゃあやっぱり、ミスウェルさんがいなかったら、俺はあのまま死んでいたんですね。本当に、何てお礼を伝えればよいか……」


「確かに助けたのは俺だけど、偶然も偶然だ。居合わせたのが俺ってだけであって、助けたのは人として当たり前の行動だ。お礼を言われるほど、大層な行動をした覚えはないよ」


 手を振り、大したことはしていないミスウェルは恩意を否定するが、謙遜以外の何物でもない。


 偶然という要素があったとしても、助けてくれた事実に相違はない。命の淵から救ってくれただけでも感謝の念は大きく募る。加えて話の内容からして、目が覚めない間のラルズと、シェーレとレルの身元の安保を保証してくれていたのは、他でもないミスウェルにあたるだろう。


「ミスウェルさんには、感謝しかありません。兄さんが目覚めるまでの間、食事にお風呂、加えて綺麗なお洋服と、何から何までご準備なさって頂きましたから」


「美味しいご飯なんて、食べたの久々すぎて、あたし手が止まらなかったもん! 大浴場も凄く広くて、あたし思わず泳いじゃった! ほんとに、ミスウェルさんにはお礼しか出てこないや!」


「レルはもう少し自重しなさい……」


 謙遜するミスウェルに対して、厚意を受けていたシェーレとレルが擁護を行う。一部、レルの振る舞いが心配になる描写が映ったが……。


 シェーレとレルとの間の雰囲気の打ち解け具合からも、この七日間、随分とお世話になっていたのだろう。食事に加えて洋服も用意してもらったのか、泥と雨と血で汚れていた二人の衣装との記憶が異なり、シェーレは水色、レルは黒色を基調とした無地のワンピースを着ている。


 ちなみに、ラルズも眠っている間に衣装を変更されており、今は灰色の寝巻衣装に衣替えられていた。生地も薄く、寝ていて息苦しい感覚に陥る気配のない軽装具合なものだ。


「何だかむず痒い感覚だが、素直に受け取っておくよ。・・とにかく、三人とも無事でよかった」


 ラルズに続き、シェーレとレルからも感謝の言葉を受け取る。尊宅のない清潔なお礼をそのまま伝えられた反動か、ミスウェルは頬を掻き、照れ臭さを笑って誤魔化していた。それから、


「――さて、と。話も一段落ついたことだし、急な話ばかりでラルズ君も疲れただろう。もっと細かい話を交えるのは、ゆっくりと体調を戻してからでも遅くはない」


 手を叩き、一度話し合いを閉幕とするミスウェル。


「ラルズ君の生命力が強かったおかげが、無事に危険域を脱することはできた。・・とはいえ、万全には程遠い。その様子だと、まだ自分で歩くことも厳しい状態だろう?」


「手とかは辛うじて動かせますけど、ミスウェルさんの言う通り、歩いたりするのは少し厳しいみたいで……」


 ラルズの自己看過という名の容体報告に、ミスウェルは「だろうね」と前置きし、


「いくら傷の治療をしたとはいえ、傷の深さが深さだ。目に見える傷は減っても、内部を侵食して残り続けている痛みが完全に消え去った訳ではない」


 ミスウェルは更に「加えて……」と続けると、


「閉鎖された檻という空間。満足な食事も取れず、身体に十分な栄養も運べていない。体内環境の異常から、後遺症が生まれる恐れも考えられる。生命機器の修復に身体的機能復旧と、本当の意味での全快はもう少し先の話だね」


「・・いつ頃に治るか、見通しはありますか?」


「不安になるような言葉を並べてしまったが、深刻に考える必要は無いよ。グラムからの言伝通りなら、ちゃんと食事を取って安静に療養すれば、恐らく数日の内に本調子にまで回復すると思う。経過具合にもよりけりだが、三日以上は絶対安静が義務と考えてもらえればいいかな」


「はい」


 暫くは、この寝台の上がラルズの拠点地となるだろう。多少不便に感じるかもしれないが、無茶をすれば回復に更に時間を有してしまう可能性も。迷惑をかけてしまう関係上、治療に専念するのが一番だ。


「それに、絶対安静なんて告げたけど、車椅子を引けば移動も難しくはない。不便を感じるだろうけど、俺を含めて、執事のアーカードもラルズ君の身の回りのお世話をするから、遠慮なく頼ってほしい」


「わかりました。重ね重ね、お世話になります」


 傷の手当ても継続し、且つ身の回りの世話までもを買ってくれたミスウェルに、ラルズは深々と頭を下げ、それに続いてシェーレとレルも続けて頭を下げる。


 今後のラルズたちの生き方だったり、怪我が完治してからの諸事情諸々、話し合うことは沢山残っている。


 ――ただ、今は身体を治すこと。それが、ラルズの最優先事項だ。


 提供された優しさに甘えることとし、話し合いは一度ここでお開きとなった。



 






 


 


 


 


 


 慣れ親しんだやり取りであり、何度も目にしてきた双子の口演。


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