邪妖将 ダルキュリス

 どれくらいの時間が経ったのだろう。さっきは昼頃であったのに、今はもう日が沈み始めていた。


 俺はフィオとシルメリアが寝かされている毛布の横で眠ってしまっていたようだった。

 

 何かがぶつかりあう音、金属音、悲鳴、魔物の叫び、かなり近くまでそれらが迫っていた。


 そうだ、セラは? 


 左手の感覚は多少戻ったが、まだまともに動かせない。右目の視野も戻らぬまま。


 でも構わない。俺ができることを。


 激しい戦いの音がかなり近くで聞こえる。

 一瞬、フィオとシルメリアを見た俺は、その方向へと走った。


 神殿へ逃げ込んでくる人が途絶えている。


 入口ではセラの気合の入った声が聞こえてきた。

「おらあああああああ!」


 セラがメイスロッドで殴り倒していたのは、スケルトンの集団だった。

 アンデッドが街に入り込んでいる?


 悲鳴、絶叫、街の石畳には犠牲になった人々の骸と、血が染みのように散らばっている。

 

 一緒に防衛にあたっていた騎士がゾンビ数体に組み付かれ倒れされていく。

 

 俺は不器用に、大根でも引き抜くかのように鬼凛丸をなんとか抜くと、悲鳴を上げる騎士に組み付くゾンビを斬りつける。


 弱い。

 斬撃が弱い。


 気もうまく練れていないから、ゾンビが崩れるほどのダメージを与えきれていない。


 慣れない右手一本の戦いであったが、なんとか騎士が抜け出してくれた。


 「助かったありがとう!」


 俺と騎士は二人でゾンビを切り伏せ、神殿への侵入を防ぐことができた。


 セラもスケルトンを叩き潰してほっと一息ついていたが、そんな安堵をうち砕くような絶叫が響き渡ったのだ。


 「邪妖種だああああああああ! 邪妖種がきたぞおおおおおおおお!」

 

 「邪妖種だと!?」あのセラでさえ表情が険しくなり、騎士にいたってはガタガタと震えだしている。

 でも逃げないのは、彼の誇りが許さないからだろう。


 「あわわあああ、あれはああ!」


 金属鎧をガチャガチャと震わせながら騎士の若者が指をさした。


 数体のグールを引き連れた異形の存在。

 

 一目で邪妖種と分かるそれが、小集団の先頭で猛烈な存在感を放っていた。


 人型である。


 2m程の巨躯。


 細身ではなく、野太い手足と胴体を包むのは人の頭骨や肋骨などの人骨が乱雑に固まった鎧を身に着けていた。


 オオォーン オオォオーン とその鎧に埋め込まれた骨からは無数のすすり泣くような声が漏れてきている。


 さらに異様なのは頭部であった。


 かろうじて人の頭のような形状をしてはいるが、表面にはぎっしりと目玉が浮き出ておりそれぞれがギョロギョロと周囲を探っているかのように蠢いていた。


 手には黒いオーラを放つ禍々しい俺の背丈ほどもある両手剣、

 

 アンデッドではないと、本能で分かるほどの異形、異種、生命の尊厳から外れた存在。


 今まで何度か戦ったことのある邪妖種と同種の臭いがするが、圧倒的に濃密で精神を凍り付かせるほどの絶望を放っている。


 若い騎士は、震える膝を拳で叩きながら、必死に耐えていた。

 既に小便を漏らしながらも、彼は逃げなかった。

「ぼ、ぼくが、逃げたら、誰が、み、みみみ、みんなを守るんだ、た、たたかう、んだ」


 この若い騎士の思いが、胸を焦がす。


 これほどの恐怖と絶望の波に襲われながら、人びとを助けるために己を鼓舞しようと足掻く姿が、美しいと思った。

 かっこいいと。


 そう思ったとき、すっと足が前に出た。


 すたすたと、自分でも驚くほど自然に、あの邪妖種に向けて歩を進めていく。

  

 「グールたちは任せます」


 セラと若い騎士が何か言ったように聞こえたが、自身の心拍音が大きすぎたのか聞き取ることができていない。


 右手しか動かなくても、右目が見えなくても。


 俺は体に流れる気を多少は制御できるようになっているんだ。


 時間稼ぎぐらいはさせてもらうさ。


 「よう、随分と機嫌が良さそうじゃねえか。何かうまそうな獲物でも見つけたのか?」


 『フォフォフォッ これは珍妙な人間もいたものだ。俺様を見た奴は糞尿もらして逃げるか、気絶するか、がほとんどであった。


 おもしろい。


 ならば、お前を切り刻んで骨を切り出し、磨き上げ、この胸に埋め込んでくれようか』


 話すとは思わなかった。


 「へぇ、お前話せるのか? じゃあついでにどこに住んでる? 好きな食べ物は? 好きな女の子のタイプは?」


 『戯れるな小僧。


 俺様は邪神ワグニール様にお仕えする 邪妖将ダルキュリスなり。


 蒙昧なヒトノコごときが、ほざくな』


 ワグニール?


 どこかで聞いた名だが。


 「ならこちらも名乗ってやる。


 都立台間高校2年3組 出席番号15番 風間レイジだ」



 『……レイジか。まあよい、これから小僧の断末魔の叫びを肴にするのも一興。


 まあ一太刀で片付く儚き命であるのは断言できるのは、悲しいことではある』



 邪妖将ダルキュリスがあの長大な両手剣を上段に構えた。


 俺は右手で鬼凛丸。


 両者が睨みあう。


 数秒静寂がフォートボレアを支配した。そして、瓦礫が石畳に落ちた音を合図に俺たちは斬りかかった。


 『ヌアアアアア!』


 正面から叩きつけ、だがその速度が尋常ではなく右に避けるのがギリギリだった。

 

 そのまま胴を払うも、脇腹付近を数cm あの骸骨鎧を切り裂いたのみ。

 

 切り抜けたその背後から迫るダルキュリスの剣戟を、俺は気を込めた鬼凛丸で受け流すしかできなかった。

 「ぐっ!」

 振り返りながら両手剣の薙ぎ払いを下方向へと受け流す。


 手が痺れるほどの衝撃、さらには大量の気を持っていかれるような脱力感。


 さらに数歩飛び下がって構えるも、この数合での戦闘による疲労感が凄まじい。


 『これは驚いた。俺様の剣を受けて生き延びた者など、いまだかつておらなんだ。


 一撃で貴様ら人間の剣などへし折れ、砕け、腐り落ちるものであったが、何だその剣、そしてレイジ! お前の歪な剣の腕は何だ! なぜ片手しか使わぬ! 俺様を愚弄しているのかああああああああ! 』


 ダルキュリスから放たれる咆哮と瘴気の余波に、思わず意識が霞む。


「ちょっと訳ありでね」


 『美しいが細すぎて軟な剣だと思ったことは、その剣に対して謝罪しよう。


 だが貴様はなんだ、ぐっ 俺を傷付けることができたのは、後にも先にもレイジお前だけだ。


 しかも、塞がらぬ、あのような生っちょろい斬撃で…… 


 そうか、そうであったか。


 俺様はお前の出会いは運命であったのだ。


 この高揚感、充実感、もっと俺様を楽しませろ!』


 無数の目が一斉にこらちを向いた。


 その瞬間、気を失いそうになるほどの圧を受けたが、なんとか踏みとどまって俺は再び斬りかかる。


 受けに回れば死しかない。


 あの巨躯で、あの大剣を器用に扱うダルキュリスの猛攻はすさまじい。


 間合いを呼んで尚、風圧剣圧で意識を持っていかれそうになる。

 攻撃に回る余力など微塵もなかった!


 防ぐためになんとか鬼凛丸で剣を弾くも、持っていかれる気力が体力を奪う。


 荒い息を吐きつつ、俺は避けきれなかった傷を手足に数か所もらってしまっていた。

 

 そのことに気付いたセラと若い騎士は、グールを始末したのちに、悲鳴を上げている。


 そう、邪妖種につけられた傷は適切な処置である神聖魔法の浄化を受けないと、腐って死んでしまう呪いを受ける。

 

 だが、俺は全身の気力を振り絞って循環させ、その穢れた呪いを消し飛ばすことには成功している。


『 むぅ。我らの呪いが効かぬとは、これはおもしろい。貴様が片手なのが腹立たしいが、使えぬのは本当らしい。


 ならば、遠慮は無用。


 俺様も本気を出させてもらうとしよう』


 おいおい、また何か隠し玉があるのかよ。


 冷や汗が尋常でないほど首筋を濡らしていくのが分かる。

 この期に及んで中のインナーを着替えたいなどという思いがこみ上げることに、どこか笑えてきた。


 諦めてないんだ、体は、そして俺の心も。


 見ていてください。

 

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