生きることを
セラがかけた安静化の呪文のため、フィオとシルメリアは後二日は目を覚まさない。
大量に失われた血の再生処置が必要だからだ。
俺はただ、茫然と過ごしていた。
再び動かなくなった左手は、わずかに軽いものなら握れる程度ではあるが、かなり力を入れないといけない。
左手で刀を握ることはもう無理だろう。
以前に戻っただけ、そう思っていても不自由さは否めない。
宿屋の一階へ定期的に飯を食べに降りるだけの時間が過ぎていた。
考えてみれば、こうしてただ何も考えず惰性で過ごしていたのなんてどれくくらいぶりだろう。
街の様子が慌ただしさを見せていたが、この際どうでもいい。どうせ祭りやら稼ぎ時とかそういうことなのだろうと気にも留めていなかった。
そんな時、物静かな宿屋の主人が話しかけてきた。
「お前さんも冒険者だろう? あまり無理するんじゃないぞ、生きて帰ってこその冒険者なんだからな」
「え? は、はい」
「今年で3度目になるなぁ、魔物の大量発生(スタンピード)で近隣の村人たちが逃げ込んできてるからさ、冒険者もDランク以上は強制参加らしいじゃないか、Dじゃ死人も出ちまうだろうなぁ」
そうだったのか。
だが、この体でまともに戦えるのだろうか。
そう思い、刀を抜こうとしても、右手一本では抜くのも難儀することに、思わず苦笑した。
コンコン。
「レイジいるか? 避難準備がある手伝え」
セラの声だった。力強く迷いのない凛とした発言に、俺は尊敬の念が膨らんだ。
招き入れると、セラは武装していた。
あの赤い軽鎧にニーハイブーツ、燃えるような赤髪と背中に背負った盾、腰には鞘に入ったメイスロッドがぶら下がっている。
「スタンピードの件で、戦えない冒険者や負傷者は大地母神神殿に避難するようにギルドと領主からの指示があった。セラは来たばかりで地理感に欠けるというのでな、神殿の護衛任務につくことになったんだよ」
セラが俺の尻をバンと叩いた。準備を急げということらしい。
「それと治療院で入院しているフィオとシルメリアを神殿へ移送するからお前も手伝え」
俺が荷物を背負ったところで、返答に困っていると有無を言わさずセラが右手をとる。
「右肩にかつげばいい。シルメリアと荷物はセラが背負うから、フィオはお前がかつげ」
俺はただ指示に従った。
セラがいなければどうなっていただろう。
彼女のように強いリーダーシップと、カリスマ、そういった要素が自分にないことがひどく情けなく思えてくる。
だが、フィオとシルメリアの元気そうな寝顔を見て、思わず涙が零れた。怖くていままでこれなかったことを深く恥じた。
シルメリアの右手は、血色の良い健康的な肌色をしている。安堵の溜息をはくと、セラが背中をバンと叩いた。
「はよ背負え、いくぞ」
「あ、ああ、すまない」
フィオの着替えは治療院の看護師がしてくれていたので、俺は右手で彼女の腰に頭を近づけると右肩に背負った。
軽い。
エルフということもあるだろうが、こんなに軽かったのか。フィオの明るい笑顔がふっと脳裏を通り過ぎる。
「すまない」
小声で謝罪すると、俺たちは大地母神神殿へと急ぐ。
既に内部は埋まっていたので、外の敷地にテントが張られておりそこのベッドに二人を寝かせる。
「どうやら戦況があまりよくないらしい。騎士団と魔法中隊が迎撃に失敗して撤退中、籠城戦は確定だろう」
「こんなときに俺は」
「ええい、こっちにこい! ああもう、なんでお前は兄様にそっくりなんだ!」
セラが俺を引きずってフィオたちのテントに蹴り込んだ。
「その左手と右目、セラが治してやるから! 多少元気だせ、なんか落ち込んでる姿が兄様に似ていて、もうなんかああもう!」
セラは並みのプリーストでは扱ないほどの高位呪文、再生 を扱うことができる。
一日の使用制限があるらしいが、それでも欠損部位の再生や切断部位を繋げるなど、卓越した能力を持つ。
「あっ! くっなんだ、これ……あ……」
セラが何かに弾かれたように尻もちをついた。
そして、数分虚ろな目でぼーっとした後、はっと意識を取り戻す。
「……左手、治ってないだろ?」
「その、すまない」
「なあ、その左手に宿ってる存在って、相当高位でやばい、えっと気遣いとかしてもらったけど、なんか、伝言があるらしい」
「で、伝言?」
「えっと、たしか 『 自分で勝手に決めつけて縁を断つなボケ、我らが見捨てるわけなかろう 』 って感じの言葉だった気がする」
「そんな、俺……勝手に!? 断つ?」
混乱気味の俺の意識を覚醒させるようなどよめきが起こる。
近くの通りを多くの人が悲鳴を上げながら逃げており、負傷した騎士や兵士たちが多く搬送されていた。
その数分後には、あちこちの城壁で衝撃音が響き渡り、数種類に及ぶ正体不明の咆哮がいたるところから聞こえてきた。
「もう始まったのか。セラは神殿の防御につく、レイジ、お前も敵が迫ったら戦え」
「あ、ああ」
腰には脇差と鬼凛丸。
あのダークコートも羽織ってるが、戦えるのか俺が、街の危機なのに何もできずにただ殺されるのか?
阿修羅王、文殊菩薩。
それに力を貸してくれた水天神、摩利支天。
申し訳なさが先に立ってしまう。
俺は、解決に、何かを為すための方法に、【殺し】を優先させてしまう罪人だ。
理由や言い訳を考えたところでそれは変わらない。
そんな罪だらけ、血まみれの男が、誰かを助ける? 守ることなんてできるのか。
気づいたとき、俺は真っ白な世界に佇んでいた。
『バカが、お前は考えすぎなんだよ』
力強く、渋く、そして男らしくたくましい声が大音響で響き渡った。
「あなたは、阿修羅王!」
『いかにも。てめえはバカだ。自分の一挙手一投足全てのタイミングで、裁きを受けてそれをはいはいと聞くつもりだったのか?』
「え?」
『あのとき、あの状況で、戦って殺す以外の選択肢があったか? あることはある。自分と仲間が殺されることを選ぶか、もしくは、一人だけ逃げるか』
「逃げる!? 一人で!?」
ここで阿修羅王が優しく微笑んでくれた。
『恐らく半数以上はしっぽ巻いて一人で逃げるだろうさ。残りは恐怖で動けぬまま、そしてお前は戦った。
まずはな、二人を守るために自分の命を賭けたことを、この阿修羅王、見事なりと褒めてやろう』
がくんと、膝をついた俺は、気付けばただ、泣き出していた。
わんわんと泣いた。
認めてもらえたこと、肯定されことが、こんなにもうれしいのか。
阿修羅王がそっと右肩をなでる。
『誇ってよい。
この阿修羅王が左手を貸し与えた男なのだ。
だから己を責めすぎるな、貴様が私利私欲、肉欲や物欲支配欲にとらわれ、他者を害して情欲を満たそうとするならば、俺はお前を見限ったかもしれぬ。
ギリギリのところで戦いに我を忘れることなど、ありえることなのだ。
我もそれで過ちをおかした過去があるから余計に分かる。
貴様はすぐにそれを罪として、自身を責めた。あのようなクズゴミ共の命に対しても。
良いのだ。
精一杯生きろ! 生きることを諦めるな!
レイジ、お前が今悩み考えていることの答えなど、出ることはないと知れ。
大切なのは、悩み、苦しみ、それでも前を向こう、生きようとする意志。
そういったことは死んでから誰かに教えてもらえばいいのだ。
だからこそ我は改めて言おう。
人を助けよ。人を愛せ。
小さくとも目の前で助けを求める人々に手を差し伸べよ、闘争とはそういった弱き者を守るためにこそ振るわれなければならぬものだ。
改めて貴様に授けよう、阿修羅王の力を』
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