摩利支天 幻影斬
今まで力を貸してくれた仏神たちに感謝し、再び俺は刀を構える。
片手での立ち回りで、腕の疲労がきつい。
「来るな! アンデッドが迫ってるんだ、セラたちは守りを!」
唐突に叫んだのは、セラと若い騎士が援護に来てくれようとしたから。
だめだ。
二人では一撃もらうだけで体が腐り落ちるかもしれないほどに、奴の穢れ、呪いは強力だ。
そうこうしているうちに、ダルキュリスはぐぐっと背中を丸めるとそこから昆虫のような腕が生えだしてきたのだ。
肉が裂ける嫌な音を立てながら、その手からさらに鉈のような刃物が生えだしてきた。
「次から次へと」
【 あの背中の腕は、さらに伸びる。 】
そうだ。
え?
今の感覚は……右目が反応する。コキコキと首を鳴らすダルキュリスの背中から、折りたたまれた関節のようなものが見え隠れしている。
気だ、気を練り上げる! 左手から流れ込む熱く気高き闘志、恐怖を塗りつぶすほどの迸る感情、それは 生きろ という脈動。
はっと気付いた。
見捨てられていなかった。縁を断っていたのは自分。
生きることを諦めてなるものか、そう意識したとき——それは戻った。
今の俺は刀を鞘に納め、左手で鞘を握り軽く鯉口を切っている。
すっと腰を降ろし、右手は柄に軽く添えるだけ。
『 待たせたなと言いたいところだが、貴様も左手が使えるようになったのだな。これで思い残すことなく殺戮できよう』
「 殺させない。俺は俺の犯した罪を背負うため、人を助ける。てめえの理屈なんざ知ったことか 」
ダルキュリスは両手剣を縦に裂くように二つに割ると、両手に握り不敵な視線を送ってきた。
『 先ほどまでとはうって変わって漲る闘志、これは別物、いやお前に何があった? その決意とは何や?
殺すには惜しいほどの傑物よ。
だがそのような可能性を潰すこともまた、至高の悦楽、享楽、邪神の眷属としての喜び。
殺させないするならば、俺様を止めてみるがいい! 』
ダルキュリスは4本腕で襲い掛かってきた。
ぐっと溜めた気を、思いを込めて解放する。
「練気一閃!」
低く潜り込むように飛び込んだ俺は、奴の上段からの振り下ろしに対し、下段から飛び込び様に切り上げた。
鈍い音をたててダルキュリスの両手首が宙を舞う。
と、同時に背中の腕に生えた鉈が俺を叩き潰そうと振り下ろされる前に、後方へと跳躍。
だが、折りたたまれた腕がにゅっと伸びて二本の鉈が俺を串刺しにしようと伸びてきた。
その攻撃は、文殊法眼が教えてくれた!
俺はくるりと回転しながら狙いを定め、二本の鉈を鬼凛丸で切り落としたのだ。
『 ぬう! 見事! なんという剣技、なんという見事な剣! 俺様は喜びに打ち震えている!
だからこそ貴様を微塵に刻んで失った悲しみを味合わねばならぬ 』
「腹を壊すから諦めろ」
『 ふん! 』
一瞬で手を元に戻したダルキュリス。あれだけ苦労したのになんてことだ。
だが文殊法眼の観察力が教えてくれた。
切断部位からの再生ではなく、根本から自切し、新たに生え変わらせている。
つまり、気による攻撃は有効であり確実に奴へダメージを与えたのだ。
ダルキュリスはあんな見た目ながら、戦闘の天才だろう。
俺の気を萎えさせるために、あえて派手な再生をしたのだ。
全然効いてないって脅しをかけるために。
「おいおい、なんで再生できんだよ」
『 くくくく、こんなことで怯えてもらっては困るのだがな。
もっと俺様を楽しませるがいい! 』
ダルキュリスの猛攻が始まった。
恐るべき身体能力、跳躍力、避けに徹してもかすり傷が増えていく。
刀で弾くたびに気力が削がれていく。
防戦を続ければ負ける!
「オン マリシエイ ソワカ」
本能的に俺は摩利支天真言を唱えていた。
ぼうっと自身がどのように相手に見えているかという情報と、周囲がクリアに見える視覚情報が同居する。
『 こしゃくな! 貴様魔術を使えたのか!? いや、魔力ではない? 幻術か、くくくくやりおる! 』
今まで奴の饒舌な弁を聞いてきたが、今の言葉が一番感情に溢れていた。
「摩利支天 陽炎陣」
周囲が陽炎に包まれていく。
ぼうっと浮かぶ陽炎の人影が十数体にまで増え、ダルキュリスを包囲していく。
『 幻術など俺様には効かぬ! それに幻術と分かってしまっておるぞ、幻術とは相手にそれと分かってしまえばもう効果はないと同義。
剣の腕は見事ではあるが、幻術は修行が必要であったな』
摩利支天 不知火 とは、光の屈折により己の身を揺らぎとして認識させ、その隙をついて攻撃に転じる摩利支天の秘術だ。
今回も俺はその不知火によってダルキュリスを圧倒しようと決断したのだが、右目の文殊法眼が俺に伝えたイメージは異なったものであった。
さらに、左手が求める気力の量が尋常ではない。
何を為せというのか!?
僅か1秒にも満たないその刹那にかけるべきものを、俺は右目と左手から示されたのだ。
俺の姿を模した揺らぎが、漁火を彷彿とさせる不知火から陽炎へと増殖していく。
陽炎陣の中で、俺の陽炎幻影たちが配置についたのが分かる。
「オン マリシエイ ソワカ…… 摩利支天 幻影斬」
最初の一体がダルキュリスに斬りかかる。
『 ちょこざいな! グあっ! くっ最初から本体とは! だが次はそうは、ぬあっ! こしゃくな! 』
幻影が斬りかかるたびにダルキュリスが黒い体液のようなものを吹き出しながら、その身に斬撃を受けていた。
実体が本体のみの摩利支天 不知火と異なり、一つ一つの幻影の刃がダルキュリスへ叩きこまれていく。
その斬撃の間隔は一刀ごとに早まり、十数体もの幻影が早回しでも見ているかのような斬撃をほぼ一瞬で叩きこんだ。
『ぐああああああああああ!』
ダルキュリスの両腕、背中の腕、片足、そして頭の半分に、胴体が千切れかけるほどの斬撃が決まった。
ダルキュリスが石畳に倒れながら、苦悶の呻きを吐いた。
『 ぐぬう! レイジよ、見事であった。ここで呻き声や悲鳴を漏らすようでは、殺した者どもへ顔向けできぬであろう。
ごはっレイジ、頼みがある』
ダルキュリスの割られた目玉だらけの兜の中に顔があり、その中の本人の目が俺を見つめていた。
最期に何かしてくるかとも思ったが、気が込められた斬撃を無数に受けたことによりその身体は崩れつつある。
『 お前の手で俺様にとどめを刺すがいい。
邪神ワグニール様にお仕えする身ではあるが、誇りある者の手で最期は終わりたい 』
一瞬迷った。
お前が残虐に殺してきた人間と同じように、苦しんで死ね、と言いたかった。
返事とばかりに俺は鬼凛丸を構えて、首を切り落とすために振りかぶった。
『 礼を言う レイジ。いつまでも壮健なれ 』
その目は、間違いなく人間のそれであった。
俺が気を込めて首を落とそうとしたときだった。
『 キシャアアアアアアアア! 』
突風と共に何かが通り過ぎていき、気が付くとダルキュリスの姿が消え失せていた。
夕暮れの空には、巨大な怪鳥が足に何かを挟んでいる。
「逃げられたか! 邪神の眷属め、卑怯な!」
若い騎士は怒りを露わにしていたが、個人的にはダルキュリスのあの言葉は本心であったと思う。
何かが邪魔をしたのだろう。
俺はその身に受けた傷を穢れ、呪いから防ぐため、再度、全身に気を循環させた。
「ふぅ、さすがに、疲れた」
一瞬よろけた俺を、セラが抱きしめた。
力一杯。
涙声でセラが告げる。
「無茶をしおって! それにしてもレイジ、お前はそこまで強かったのだな。単体で邪妖種の、しかも邪妖将を退けてしまうとは」
「すごいっすよ! 俺感動しました! 生きてるのはレイジさんのおかげっす!」
若い騎士が興奮していたが、逆だった。
「いや、あなたが恐怖を必死に乗り越えて奴に挑もうとしていた姿に、俺は勇気をもらったんです」
「え? そんなぁ 照れるなぁ」
呪いを気の力で浄化できても、ダルキュリス戦で負った傷は癒えていない。
フィオたちのテントに戻った俺は、セラから治癒魔法をかけてもらった。
傷口が閉じていく様子は見ていてもすごいと思わず声をあげてしまう。
「お前も血を失っているからな、増血剤は飲んでおくのよ」
「ああ」
水分と軽い食事を詰め込むと、再び戦況が変わってきているとのことだった。
城門に取りついていた魔物たちが撤退し、破られた城門の応急修理も終わったという。
いたるところで負傷した冒険者や騎士、兵士たちの治療が行われ、不幸にも戦死した者たちの遺体が運ばれていく。
外も激戦であったのだろう。
俺は知らなくてはいけない。
この世界に起きていることと、真由のいる地球との関係を。
そして、ワグニール…… なぜかこの名が気になって仕方がない。
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