修羅
◇
ファントムクロースとの戦闘は、迅気一閃の精度と練度を磨くには非常に良い経験となった。
それ以外にも、斬撃の種類を練習するにはこれ以上ない相手だったと思う。
腰が引けていれば切れぬし、気の練りが甘いと半分までしか切れない。
こういった修練も兼ねた戦いは、明らかに剣の腕が上達したと思わせる経験となれた。
何より鬼凛丸が俺にこたえてくれるような、手に吸い付く感覚が深くなっている。
そして何より、アストラルフィルムに関しては、60数枚も手に入れることができた。
ストーンサーバントとポルターガイストの魔石もまた大量に。これらはそれぞれ100を超える。
心地よい疲労でセーフルームで休憩していると、シルメリアがある提案をしてきた。
「これから帰還するわけだけど、今回これほどの稼ぎを得たのだから私から提供させてもらいます」
鞄から取り出したのは、奇妙な形をしたクリスタルだった。
「え? それって転移クリスタル?」
「うん。買うと50万レーネもするからあまり気楽には使えないけど、今回は稼ぎもいいし使いましょう。あと、ここで休憩しても魔力回復はしにくいし、正直ぎりぎりかなって」
「よしそれで帰還しよう。代金は折半するから」
「うんうんもちろんだよ」
「はぁ、二人ともお人好しね、あエルフ良しか」
シルメリアの掲げた転移クリスタルを一緒の掴むことで発動するという、転移魔方陣。
これが使えない高難度ダンジョンも存在するらしいが、今回は甘えておこう。
眩暈がするほどの重圧と回転する感覚が数秒続いたのち、どさりとした地に足がついた。
「ここは」
街中にあるローデリアダンジョン入口の脇にあった奇妙なスペースだ。
円形の広場のような場所であり、集合ポイントなのかとも思っていたが、どうやら転移スペースだったようだ。
フォートボレアは既に夜で、この周辺に人の気配はない。
初めての体験であったのか、フィオは乗り物酔いにあったかのように顔色が悪い。
「う、気持ち悪い」
「すぐに治るわよ」
それぞれが背負ったバッグには今回の収穫物が収納されている。
いったいいくらになるのだろう?
清算が楽しみでもある。
じっとりこみ上げてくる心地よい疲労感を味わいながら、繁華街の近くにある宿屋への近道に足を踏み入れる。
「多少資金は余裕出るだろうから、そろそろ弓を買い替えようかな~。でも王都のリシュタールにはすご腕の弓職人がいるって話だし、あっちにいっ」
繁華街まで後1ブロックというところだった。
「ん? フィオ?」
話が途切れたことで何気なく俺とシルメリアが振り返った時だった。
月明りと、遠くから漏れる街灯の光がフィオを照らし出した。
ごふっ
フィオの腹部から何かが突き出ていた。それがバックとか弓ではないことはすぐに分かった。
「フィオ!」
ギラリと光る金属の反射が、彼女の腹から出ているそれの正体であった。
フィオの頭の上にもう一つの頭が浮かびあがって見える。
ひどく、そうひどく非現実的な動画を見せつけられているかのような、感覚がマヒしてしまっている。
「きひひ、街の中なら襲われねえって思ってる奴等が多くて、ほんと仕事がはかどるぜ」
自分でも気づかず反射的に斬りかかるも、襲撃者はフィオの体を蹴って後方に飛び下がる。
思わずシルメリアが受け止めるも、出血が夥しい。
「シルメリア、俺のポーションが余ってるから!」
バッグを手渡すと、答えるよりもさきに手持ちのポーションを飲ませ始めている。
怒りで、怒りで頭がおかしくなりそうだ。
いつも笑顔で励ましてくれたフィオ。明るく前向きなフィオ。
どれだけ救われたことだろう。
ユルサナイ
「ほうほう、兄ちゃんたち、大分儲かってるみたいだねえ」
路地から現れたのは、10人ほどの男たち。
盗賊かと思いきや、皆それぞれ装備が充実している。剣やら槍、斧、弓は魔法使いまでいる。
「お前たち!? まさか、マンティスエッジか」
「覚えていてくれて光栄だねぇ。俺たちが倒したサイクロプスの報奨金もらいやがってよぉ、そのせいで雇い主から面子を潰されたって俺たち首にされたんだよ」
あんなことで!? あたりを火の海にしておいて、それで反省もなく他人をうらやんで殺そうとするのか?
奪おうとするのか!?
己の中にどろりとした暗く重い、そして灼熱の何かが零れ落ちたのを感じる。
以前感じたアレに近い、何か。
「だから殺すのか」
「いいや、どうやってぶっ殺そうかと思ってたが、どうやらお前さんたちがオークジェネラル倒して6階へ行ったいうじゃねえか、こりゃ儲け話の匂いがするってな。その分だと大分御稼ぎの様子じゃねえか、ぎゃはははは!」
シルメリアがポーションを飲ませ終わったようだが、「血は止まったけど、すぐに治癒師に見せないと……!」
シルメリアは右手を上に掲げると、赤い光弾3発を発射した。
「てめええ!」
背後に隠れていた男がなぜか激怒し、フィオを抱きかかえるシルメリアに斬りかかる。
「え!? あっ」
その瞬間の映像を、俺は一生忘れることができないだろう。
奴等の持つランプの灯りが宙に舞う何かを照らし出していた
白く、細い、シルメリアの右手。
「!?」
線が細く色白なシルメリアの腕が、やけに軽い音を立てて石畳の上に落ちた。
「てめえ! 何やってやがる! 女は娼館に売り払うって決めてただろうが!」
「でもよお! あいつ救援信号を撃ちやがったんだぞ」
「ちっ! じゃあ早いとここいつをぶち殺して荷物を奪うぞ」
シルメリアは出血に赤く染まりながら、フィオに覆いかぶさるように気絶していた。
感情が、自分がどうにかなりそうだ、それはきっとあのときみたいな。
そうか。
そうだったのか。
真由をスナッフムービーの素材として殺そうとしたあいつらと同じ、クズというのはどこまで行ってもクズだし、どこにでもいる。
また奪おうというのか、俺の仲間たちを。
死線を共にした二人の仲間を。
左腕が熱い。激しい感情が、怒りの、どうしようもない怒りの思いが全身を駆け巡る。
それは阿修羅王の遠い記憶であったのだろうか。
大切にしていた一人娘。
帝釈天と婚約していた娘。
だが、突然帝釈天が娘と無理やり体の関係を結んだという。
泣く娘の姿を見て、阿修羅王は。
帝釈天相手に戦争を起こした。
太陽と月を自在に操るとさえ言われた阿修羅王と帝釈天との戦いは熾烈を極めた。
のちに、娘は帝釈天と結ばれることを選んだと知らされる。
阿修羅王は、何を、何のために戦っていたのか、そのことさえ分からなくなっていた。
こうして阿修羅王は、長い償いの時間を過ごし、今では仏法の守護者たる八部衆として悪鬼邪妖から守る存在となった。
これらの感情の流れが、僅か一瞬で俺の中で弾ける。
【 怒れ! 戦え! だが見失うな! 守るべきものを! 】
激しい怒りが巻き起こる中でも、僅かな阿修羅王の呼びかけが楔となって繋ぎとめる。
奴らが斬りかかってきたが、やけにスローに見える。アドレナリンが放出されているからか。
斧で頭をかち割ろうと大振りで振り上げてきた男に対し、俺は正面から斬りかかる。
「そんな片刃の細い剣じゃどうにっもっご」
斧で鬼凛丸の一撃を受けようとした男が、斧ごと真っ二つにされて石畳にどちゃりと倒れる。
だが、くらやみでよく見えなかったであろう連中が怒涛のように切りかかってきた。
激しい怒りで爆発しそうだったのに、やけに冷静な一点がある。
阿修羅王の楔が俺を繋ぎとめていた。
激しい気合の咆哮を発しながら、剣で斬りかかってくる男たちを容赦なく切り伏せた。
一刀ごとに、奴等の体の部位が宙を飛んだ。
両手首が、片足が、首が、そして上半身。
左腕に引っ張られるように体がくるり石畳の上を前転すると、その上をファイヤーボールが飛んでいく。
そのまま呪文の発動地点まで一気に踏み込んで杖ごと術者を右袈裟一刀。
ずるりと滑り落ちる魔法使いの半身。
俺はひたすらに奴等を切り伏せた。
叫び、そして泣いていた。
金属鎧を着た用心棒らしき男が喚きながら両手剣を叩きつけてきたのを、剣ごと切り裂いて両の二の腕を切り落とす。
「はぁはぁはぁ……、そうだシルメリア!」
俺は落ちていたシルメリアの腕を持ちかけよるも、彼女の出血もひどい。
慌てて傷口をしばろうとするも、左手が刀から離れない。
「ど、どうして、なんで、離れてくれよ、きずぐっち、し、しばれない、じゃないかあああああああああ! うあああああああああああ!」
叫ぶしかできない己の無能さに涙と鼻水を出しながら、いったいどれだけの時間、混乱していたのだろうか。
突如いきなり胸倉を掴まれた俺は、赤い、そう赤い人に、額を触られて意識を失ったような気がする。
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