アストラルフィルム

 持ち込んだ保存食は乾燥タイプがほとんどで、シルメリアが出してくれる水で戻すことで食べられるようになる。

 

 麦粥タイプ固形ブロックとか、干し肉タイプ、スープタイプなど、冒険者用に改良がなされている。

 そのため水は水筒用だけを持ち歩けばいいので、重量軽減にもなるし長期間ダンジョンへトライすることもできた。


 俺たちはボス部屋から近くのセーフルームで体勢を整えると、食事や休憩、怪我の治療のためにポーションを飲むなどをこなした。


 「ボスって復活しないのか?」

「このローデリアダンジョンのボスは、最低でも2日は復活しないそうですよ。なのであまり焦らなくても良さそうです」

「次はとうとうファントムクロースのいる地下6階だね。倒すのは簡単らしいんだけど、普通の倒し方がじゃドロップしないらしいんだよね」


 「魔法、矢、魔法矢、あとはレイジのカタナでの攻撃。私はレイジに期待しています」

「うんうんボクも」

「ご期待に沿えるようがんばるよ」


 帰還分を考慮にいれても、食料にはまだ三日分ほどの余裕がある。

 無理をせずに挑戦してみよう。


 俺たちは妙に落ち着いた気分で地下6階へと足を踏み入れた。


 「これは」

 思わず漏れてしまう。


 今まではいかにも地下ダンジョンという壁と床、柱の構成ではあった。

 だが地下六階の構造は、発光する外壁ではあるが、レンガや石造りという様相ではなく、大きな一枚の磨かれた壁であり、時折魔法光が脈打つように循環している。


 近未来的でもあり、魔法文明の遺跡のような印象を受ける。


 「へぇこうなってるんだね、なんか不思議」

「古代魔法文明の名残がこういところに出ているんでしょうね、さっそくおでましです」


 シルメリアがが察知した気配は、妙にカタカタを音を立てながら、まるで床面を滑るように移動してくる人型の存在。


 3体のそれが明らかにこちらへ敵意を向け襲い掛かってきた。


 「人形!?」

 人型で、背丈も大人の男程度。


 磨かれたような楕円形の石が繋ぎ合わされたような人型人形の姿をしている。


 頭部には目鼻口はなく、それに見立てた頭部の石があるのみ。

 「ストーンサーバントです」


 石つなぎの人型人形の化け物が手足をばたつかせながら、その手を鞭のように振りかぶり攻撃を加えてくる。


 さっと避けるも叩きつけられた床や壁にひびが入っていることから、まともに当たれば大怪我じゃすまないだろう。


 鬼凛丸に気を流し込み、俺は一気に踏み込んだ。

 脳天から左腰骨にあたる部位までを、叩き割った。


 硬い手応えではあるが、気が流れる鬼凛丸の切れ味の前では敵ではない。


 するとストーンサーバントの崩れたパーツに、半透明の何かがしがみついていた。

 苦悶を浮かべた人の顔と触手のように歪な手足だ。

 反撃前に霊体ごと切り裂くと、遅れてやってきた残り2体の背後から顔を覗かせた霊体の顔に魔法矢 ライトニングシュートが突き刺さった。


 数秒痺れたようにバタついたストーンサーバントがガシャーンと崩れ落ちた。


 「さすがねフィオ」

「魔法で動いてるかと思ったら、亡霊が憑りついて動かしてたのね」

「ここはそういう階層なのかもしれない。破っ!」


 横道からぬっと現れた集合霊体に対し、俺は発勁を放って撃退した。

 確認したかったのもあるが、霊体に対しても気功術は有効。


 さて、件の生きてる布とやらは、果たして俺で倒せる相手なのか。


 とりあえず拠点となるセーフルームを目指そうと、地下6階の近未来的なダンジョン内部を俺たちは歩く。


 セーフルームまで後2ブロックというところまで来たとき、それは現れた。


 風もないのに靡いてうねる動く布。それはカラフルな一反木綿、というイメージが一番しっくりくるだろう。


 だが一反木綿と違うのは、布の一部に血走った目が浮き出ており、それが布のあちこちを移動している。

 不気味であり、奴の視線の気味悪さに背筋が寒くなるのを感じた。


 「俺が行こう。もしもの時は援護頼む」

「あい」

「はい」


 ファントムクロースは全身をうねらせながら敵意をむき出しにして俺に襲い掛かってきた。


 どうやら全身に巻き付いて首を絞めるのが奴の攻撃方法だろう。


 左腕が熱い。

 気づくと左手が刀の鞘を握り、鯉口を軽く切ろうとしていた。

 つまり、そういうことか。


 俺は柄に手をかけると、すっと軽く腰を降ろし左脚に力を入れる。


 バタバタと布がうねる音が近づく。フィオとシルメリアは俺が刀を抜かないことに驚いている様子ではあった。


 奴は俺が剣を抜いていない事をチャンスと踏んだのか、全身を広げ包み覆いつくそうと不気味な布を前面に広げたのだった。


 左手から闘志が電流となったかのような合図が迸る。


 反射的に右手が反応し、一気に踏み込む。


 練り上げた気を一気に解放する天魔封神流 剣技 迅気一閃じんきいっせん  


 放たれた鬼凛丸の剣気は、ファントムクロースの体たる布の感触を微塵も感じることもなく、ただ切り抜けた。


 絶命の声をあげることもなく、両断されたファントムクロースはただ、ゆらゆらと自然落下のままダンジョンの床へ舞い降りた。


 コロンと、透き通った魔石と、さらに半透明なバスタオルほどの大きさの布切れがふわりと落ちてきた。


 あのうねった布はすーっと闇に溶けるように消え去っていく。


 俺は静かに鬼凛丸を鞘に納めた。


 うまくいったと振り返ると、そこには口を開けたまま驚いている二人の姿。


 「ちょ、ちょっとレイジ今の何!? い、一撃であのファントムクロースを!?」

「おかしい。レイジはおかしい、剣って柔らかいモノを切れないって聞いたことあるのよ?」


 俺は拾い上げたファントムクロースが落とした布、アストラルフィルムを入手できたのだ。

 

 「あと、二人分だな」

「そ、そうだけど、疲れてない? 大丈夫なの?」

「問題ないが、一応セーフルームを拠点にしよう」


 その後はストーサーバントとポルターガイストをフィオとシルメリアが、俺がファントムクロース担当で狩った。


 いや狩りまくったと言ってもいい。

 

 シルメリアとフィオの魔力が厳しくなってきたところでセーフルームに戻る。


 幸いにも同業者はおらず、俺たちはさすがに飽きてきた保存食を食べつつ、フィオの洗浄魔法で身を清めながら次の日も狩りにいそしむ。


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