ローデリアダンジョン⑤ ~摩利支天~

 レッドオークジェネラルが見せた不敵な笑み。

「まずい!」


 それが何を意味するか。

 正面で起こりうる事態に自分の想像が正しかったことで、逆に冷静になりつつあった。


 奴の足元に複数の魔方陣の文様が出現。


 フィオがマルチショットのフレイムシュート、シルメリアがサンダーボールの呪文で複数攻撃と、範囲攻撃で対応しようとした。


 出現したのはオークファイターとオークメイジ。


 それぞれ5体ずつ。


 レッドオークジェネラルは、10体もの同族を召喚できるのか。


 かろうじて迎撃が間に合ったが、オークファイターは2匹が生き残り、オークメイジも3匹が生存。


 召喚された魔物には痛覚がないのか、奴等は怯むことなく襲い掛かってくるしオークメイジは杖を突き出し詠唱準備に入っている。


 襲い掛かるオークファイターを切り伏せ、オークメイジの呪文攻撃をなんとか避けようとしたものの、ファイヤーボルトの呪文が着弾し一発を背中に受けてしまった。


 衝撃と炎の爆発でうめき声をあげてしまうが、あのコートのおかげで軽傷で助かっている。


 フィオとシルメリアも呪文を繰り出して援護してくれているが、レッドオークはさらに同族召喚を続けている。


 本能が警鐘を鳴らしている。


 「てったっ!? なっ!」

 

 撤退を叫ぼうとして絶句がそれを上回った。

 ボス戦はいざとなれば撤退することが可能だ。


 だが、そのボス部屋の扉がたった今閉じるところを目撃してしまった。


 扉が閉まる重厚な音と振動に思わず二人も振り返るが、言葉を失ってしまっている。


 倒す以外に道はない。

 だが、どう攻略すれば。俺は諦めない! 生きることを諦めるわけにはいかない!


【 となえよ……となえよ……陽炎の如く、陽炎になりきり、唱えよ……】


 優しい中性的な透き通る声が脳内に? いや霊的感覚なのか?


 そういったものに触れ、精神に呼び掛けている声だった。


 僅か、1秒にも満たないその濃密な呼び声。


【 オン マリシエイ ソワカ 】


 俺は鬼凛丸を構えたまま、口にした。

 「オン マリシエイ ソワカ  摩利支天まりしてん 陽炎陣」


 ずんっと視界が奇妙な光景を映している。


 周りから自分がどう見えているかという客観的視点と、自分の体が知覚できている視点。


 オーク共は、突然俺とフィオ、シルメリアの3人の姿がとらえられないことに狼狽し、当たりをきょろきょろしている。


 オークたちから俺たちは、まさに陽炎のゆらめく幻のような姿で映っていた。


 ゆらゆらと遠い道の先で揺れる 光の屈折。


 ぼんやりと人型に見えなくもないそのゆらぎが、周囲に5体以上浮かび上がっていく。


 「オン マリシエイ ソワカ」


 陽炎が揺れ動き、音もなく分裂していく。

 さらに俺、フィオとシルメリアの3人の陽炎がボス部屋へいくつも出現した。


 戸惑うオークたちに対し、レッドオークジェネラルは手近の陽炎を攻撃し始めているが、勢い余った大ナタが床を砕くだけだった。


 俺本体の動きに合わせ、陽炎たちがそれぞれオークたちに斬りかかる。

 攻撃を受け止めようとするもすり抜ける陽炎たち。


 だが、本体たる俺の斬撃だけがオークたち斬り飛ばしていく。


 結局、ジェネラルが呼び出したオーク共は陽炎に惑わされている間に、連動して動いてくれたフィオとシルメリアの援護もあって全て倒されていた。


 レッドオークジェネラルは怒り狂うままに俺の陽炎をただ闇雲に攻撃し続けている。

 そんな時、奴の左手首が宙を舞う。


 空中に置き忘れたかのようにゆっくりと落下する自分の手首に視線を奪われて動けないジェネラル。

 

 奴に飛び掛かる陽炎とフィオとシルメリアの攻撃。


 ライトニングアローが顔を集中的に狙って動きを止め、さらにシルメリアのペネトレイト ストーンランスがジェネラルの足首を貫いた。


 「グモオオオオオッ————」


 動きが止まったレッドオークジェネラルの苦悶の叫びは、その半ばで途絶えることになった。


 自身の認識すら陽炎と同一化し、溶け込みながら放たれる必殺の一撃。

 潤沢な気力がのったその一刀は、斬った手応えすら微妙なほどの感覚しか感じられなかった。


「摩利支天 不知火」


 ずり落ちたレッドオークジェネラルの首が砕けた床の上をころころと転がり、やがてダンジョンへと吸収されるかのように消えていく。


 どしゃ、べちゃあと嫌な音を立てて転がるレッドオークの体は、やがて消滅していき、大きな魔石へと姿を変えた。


 俺は荒い息を吐くことしかできなかった。

 やがて陽炎陣が薄れいき、俺も不知火と化していた実態が元へ戻っていく。


 それと同時に襲って来たあまりの疲労に、思わず倒れ込んでしまうほど。

 「レイジ!」 シルメリアが駆け付けてくれ、膝枕をしてくれたが、その太ももの感触を味わうような余裕はない。


 「疲れた~」


 術は強力ではあるが、気力の消耗が大きいことは覚悟しなくてはと肝に銘じた。

 そういえば、夢の中で阿修羅王が言っていたことを思い出す。

 「霊力を磨かないと、でもどうすれば」

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